第四話 おいしい勧誘

「陸上部って、大変なのね」


 わたしは、小学校時代の親友に泣きつくことにした。

 困ったことがあると、なんだかんだと彼女に頼み込むことが常だった。

 いい加減にしてよね、といいつつ、力になってくれるのは毎度のこと。協力してくれるのは、わたしができる努力をした結果、他にどうしていいかわからず困った状況にあるとわかっているからだ。


「でも、今回ばかりは力になってあげられそうにない」

「なぜ? わたしたちの友情はそんなものだったの?」


 まさか、彼氏でもできたのか! そうなのか、そうなんだな。

 かわいい顔して、やることがはやいんだから。このこのー、うらやましいぞ!


「女の友情より男の愛情というけど、二人の友情はこれまでとは……」


 彼女の肩に手をかけ、うなだれる。

 ショックで足に力が入らない。もう、立てないよ。


「おおげさな。それに、つきあってる子なんかいないし」

「片思いも?」


 わたしの問いかけに、小さくうなずく。

 意外だ。

 目鼻立ちも整っていて、同性からみても、憎らしいほど笑顔がかわいい。

 面倒見がよく友達思いで、成績もいいときてる。それに小学校のとき、わたし以上にバスケ部で活躍していた。完璧少女。うらやましすぎるぞ、こんちきしょー。

 男だったら、絶対ほっとかないのにな。

 わたしと一緒に、あらたなグラウンドラインに向かって突き進んでみる?

 しげしげ容姿を確認しながら、なんとなく、勝ったような気がして顔をあげる。


「それならなぜ、わたしの切実なる頼みを断る? クラスが違うから? そうなんだな、だから断るんだ。朱里がそんな薄情な女だったとは、いまのいままで知らなかったよ」

「わたしも、あんたがそんなに聞き分けない子だって知らなかった」

「なにをいうか、わたしは小さいころから、ひとの話をよく聞く素直な子だと褒められてきたのだ。いいたいことがあるなら、はっきりというがよい。聞いてやるぞ」


 誇らしげに胸を張ってやる。わたしには片思いの彼がいるんだぞ、と自慢したい気持ちを胸の奥にぐっと抑えて。


「それは、わたしがバスケ部で、レギュラーだから」

「レギュラー満タン入りまーす……って、まじ? もう一度いって」

「だからわたし、バスケ部のレギュラーなの!」


 そういえば彼女の体操着の上に、白い字で「6」と書かれた、メッシュ生地でチョッキ状の青いビブスを着ている。その手には、顔より大きなバスケットボール。足元には白いバッシュを履いていた。ちなみにここは体育館で、まわりにはシュート練習やパス練習している子たちの姿があった。


「小学校で一緒にしてたから、中学もてっきりバスケすると思ってたけど、陸上部に入ったとはね。走るの嫌いじゃなかった?」


 わたしは即答した。


「もちろん、嫌いだ」


 走りすぎると腹は痛くなるし、喉が血の味してくるから。筋肉痛はだいぶ慣れてきたけど、疲れ切った方がやりきったみたいに、がんばった実感が持てるようになってきていた。習慣とは、恐ろしいね。


「とにかく入ってよ。お願いだからさ、友達見捨てないで」

「ほんとにしょうがないんだから」

「入ってくれるの?」

「それは、無理」


 彼女の話だと、ソフトテニス部人気に部員がとられて入部が少なかったのに、練習のきつさに退部者がでたところ。廃部に追い込まれる心配はないけど、部員は確実に減った。そんな理由もあって、レギュラーになれたという。


「むしろ陸上部辞めて、うちにきたら? わたしは歓迎するよ。経験者なんだし、バスケも陸上並みの練習量だから、土台できてる。うまくいけばレギュラーになれるかも」


 うわぁ、なんておいしい話。

 魅惑的な言葉に、心が揺れる。勧誘しに来たのに、逆に勧誘されてるよ。

 そうしたいのはやまやまなんだけど、彼に嫌われたくない。いまのわたしは、女の友情よりも男の愛情の方が大事なのだ。

 

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