スキルトレーダー【技能交換】 ~辺境でわらしべ長者やってます~

伏(龍)

プロローグ

第1話(プロローグ) 技能交換〔スキルトレード〕

「ねぇ、お父さん」


 くりくりっとした大きな目をしたはしばみ色の髪の少年が夕食の席で向かいに座っていた父親へと声をかけた。


「ん? どうしたリュー。食事中だぞ」


 やんわりとした注意の言葉だが、まだ幼い息子に話しかけられるのは、それはそれで嬉しいものらしくその顔には優しい笑みが浮かんでいる。


 リューと呼ばれた少年の髪よりも日に焼けたこげ茶色の髪を短く揃えた父親は少年にとっていつも自慢の父親だった。袖のないシャツに身を包んだ父親の体は、よく鍛えられており少年の視界に映る父親の腕はいつも太く逞しかった。


「どうしたのリューマ。お父さんに何か聞きたいことがあるのかしら?」


 父親の隣で微笑む母親は淡いブルーの長い髪がとても美しい、これまた少年にとっては大好きな母親だった。


「うん、お父さんはポルック村の『しゅごしゃ』なんだよね」

「おお! リューは難しい言葉を知っているな。そうだ、お父さんはこの村を守るのがお仕事だから確かに守護者と言えるな」


 自分の仕事のことを幼い子供が知っていたことに嬉しくなった父親が少年に力こぶを見せる。その様子を母親も微笑ましく見守っている。

 ここは、エンチャンシャ王国の辺境。その辺境からさらに僻地。モンスターが支配する魔境『ジドルナ大森林』にほど近い開拓村だった。


 名をポルック村。少年が五歳になるまで生まれ育ってきた村だった。


「お父さんはいつもおっきな『けん』を持ってお出かけするけど、どうして『やり』を持っていかないの?」

「ん? まあ、父さんは昔から剣を練習してきたからなぁ。これでも剣の腕前は冒険者の中では有名だったんだぞ。槍はむしろ母さんが得意でな、父さんの剣と互角に戦えるくらいの達人だぞ。リューを授かってからはしばらく振ってなかったけどな」

「あら、リューマが手のかからない良い子だから私もここ一年ほどは大分動けるように戻ったのよ」


 父親の真似をして白く細い腕に力こぶを作る振りをする母親に少年は無邪気な笑顔を見せる。


「うん、お母さんの『やり』も凄いよね。でもなんでお母さんは『けん』を使わないの?」


「え?」


 ここに来て少年の両親は顔を見合わせる。自分の息子が、なにをいいたいのかわからなくなったのだ。最初は剣や槍に興味を持ち始め、自分も使ってみたいと言い出すのだろうと思っていた。実際に、最近はそうだと思わせるような兆候が見え始めていた。だが、息子の問いかけは本当にただ疑問に思っていることを聞いているように思えた。


「……どうしてといわれてもな。父さんはずっと剣を使ってきたからなぁ」

「お父さん、『さい』って才能のことだよね。それがあると、なんか凄くなれるんだよね? 今日、村長さんに聞いたら教えてくれたんだ」

「お前の言う『さい』が才能の才のことなら確かにその通りだが、それが剣や槍と何か関係あるのかリュー?」

「だって、お父さんには『そうじゅつのさい』があって、お母さんには『けんじゅつのさい』があるのにお父さんが『けん』を使って、お母さんが『やり』なんだもん。変だなぁって思ったんだ」


 そう言って可愛く小首をかしげる息子を父親と母親が固まった表情で見つめる。


「リュー、まさかお前、お父さんたちのステータスが見えるのか?」

「え? ……うん、見えるよ」

「あなた……」

「ああ……」


 自分を見る妻に頷きを返すと、席を立った父親はメモ代わりの渇いた木皮と墨を持って来て食卓に置いた。


「リュー、父さんが書くから父さんと母さんのステータスを読み上げてくれないか」

「うん、いいよ」


名前: ガードン 

状態: 健常

LV: 35 

称号: 村の守護者(村近辺での戦闘時ステータス 微増)

年齢: 28歳

種族: 人族

技能: 剣術4/弓術2/採取2/解体2/料理1/手当3/狩猟3/育児1

特殊技能: 気配探知

才覚: 槍術の才



名前: マリシャ

状態: 健常

LV: 28

称号: 守護者の伴侶(守護者の近くでの戦闘時ステータスUP 小)

年齢: 25歳

種族: 人族

技能: 槍術3/弓術1/採取2/解体1/料理3/手当4/狩猟2/裁縫2/掃除2/育児2/回復魔法1

特殊技能: なし

才覚: 剣術の才



「なるほど……リュー、おまえのステータスも教えてくれるか?」

「うん……えっとね」


名前: リューマ

状態: 健常  

LV: 2

称号: 村の子供(なし)

年齢: 5歳

種族: 人族

技能: 採取1/掃除1  

特殊技能: 鑑定

固有技能: 技能交換

才覚: 早熟 /目利き




 家族全員のステータスを書きとったガードンは視線を木皮とリューマの顔で2往復させてから大きく息を吐いた。


「間違いない。リューマは【鑑定】スキル持ちだ。しかもおそらく、才覚? の欄にある【目利き】の効果で普通の鑑定とは比べものにならないほど情報量が多い」

「そうね……状態、称号の効果、スキルのレベル……それから才覚。どれも普通の【鑑定】では出てこない情報だわ」

「【鑑定】自体は珍しいスキルではない。あれば便利なスキルという程度だ。本来ならリューにそんなスキルがあることを喜ぶべきなんだがな……」

「……幸いなのは、【目利き】のほうは普通では見えない情報だから、黙っていれば普通の【鑑定】と変わらないってことね」


 食卓に置いてあった木皮を手に取って眺めながらマリシャは視界を遮るように流れてきた長い髪を掻き上げる。


「お父さん、お母さん。手を……僕と手をつないでくれる?」


 深刻そうな表情をしている両親に不安になってしまったのかリューマがそっと両手を伸ばしてくる。


「ああ、すまんなリュー。お前はなにも心配することはない」

「そうよ、リューマ。あなたは人よりほんの少し良い力を授かっただけなのよ」


 ガードンとマリシャは自分たちの動揺が可愛い一人息子に伝わってしまったのだと思い、優しく微笑みながらリューマの手をそれぞれ握り返した。

 お前は何も心配することはない。お前は俺達夫婦の宝物なんだ、と思いを込めて。


「うん、知ってるよ。お父さんもお母さんも僕は大好きだもん! だからお仕事で怪我とかして欲しくないんだ。だから『さい』が使えるように『けん』と『やり』を交換しておくね。明日からはお父さんはお母さんのやりを持っていってね」


 にこっと笑うリューマの顔を、この日最大の驚愕を浮かべた顔で見たガードンは、ぎぎぎと音が鳴りそうな動きで顔を妻であるマリシャの方へと向ける。すると同時にこちらを向いた妻の顔も同じように驚愕に彩られていた。


「……まさか、そんなことがある訳ないよな」

「そ、そうよ。リューマの冗談に決まっているわ」


 と言いつつもふたりは食堂を出ると、自らの武器を手に持ち庭へと出ていった。リューマはそんなふたりをにこにこと嬉しそうに見つめ、庭の見える窓へと移動しふたりが対峙するのを見守る。


「駄目だ……今日まで腕の一部のように使ってきた自分の剣が」

「私もよ……いままで培った技術は覚えているのにうまく使える気がしないわ」

「これは立ち会うまでもないな……マリシャ」

「ええ」


 そう言うとふたりは互いの武器を相手に向かって放り投げる。訓練用ではない実戦用の武器をそんな風に受け渡すのは常識知らずもいいところだが、ふたりは互いの力量を誰よりも信じているためなんの問題もない。

 宙を舞う槍を危なげなくキャッチしたガードンは、その瞬間に「むうっ」と低い唸り声をあげた。

 そして、ほぼ同時に剣を手にしたマリシャも「あらっ」と思わず声を漏らす。


「「……」」


 その言葉を最後に、互いに握りしめた武器を眺めたままふたりは押し黙ってしまう。


「く、くく……くく」

「あらあら……うふふふ……」


 だが、やがてふたりの口からは抑えきれなかったのか楽しげな笑い声がこぼれてくる。


「これは……たまらないな」

「ええ……この感覚、どれだけ槍の修練を積み重ねても、どうしてもあと一歩届かなかったものだわ」


 そう呟いたふたりはどちらからともなく武器を構えると、誰よりも信頼している最愛の伴侶へと斬りかかっていった。







「リュー、【鑑定】のことと【技能交換】のことは人には絶対に言わないと約束してくれ」

「あなたの力は素晴らしい物だけど、もし知られたらそれを利用する人が必ず出てくるわ」


 窓から眺めていたリューマをそっちのけで三十分ほども模擬戦闘を繰り返していたふたりは、どこかすっきりとした顔で戻ってくるなり、リューマに告げる。


「うん! わかった。誰にも言わないようにする」

「よぉし、偉いぞリュー。ご褒美に明日から剣と槍の使い方を教えてやろう」

「先生が逆になっちゃったけどね」

「やったぁ! 僕、お父さんとお母さんみたいな強くて格好いい冒険者になりたい!」

「そうか! じゃあ、頑張らないとな」

「うん!」


 笑いあう三人の姿は誰が見ても幸せな家族だった。

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