第2.5話 青い理想郷

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 青い長髪の女がゆっくりと歩く。長い髪は腰まで伸び嫋やかな白い着物姿を青く染めている。


 夕暮れだが街並みはオレンジよりもネオンや街灯の様々な色が目立つ。広い道路、高く伸ばされたビル。鉄筋コンクリートで造られた複数の建造物はきっと他の地域の追随を許さないほど進歩が著しく見えるだろう。


「イーディア様!王が謁見したいとの事なのですがいつ頃でしたらお都合良いでしょうか?」


「ん?あ〜君か。僕の事はイディアでいいよ。別段今の僕は忙しくないんだ。今すぐでも良いかい?」


「ありがとうございます、え〜それではイディア様と呼ばせて頂きます。ではこちらに。」


 イーディアと呼ばれた女性を連れ、近未来的な街並みからは一歩浮いた軍服姿の男が歩く。濃緑色を纏った男のせいか、青い髪の女のせいかは分からないが街を行く人々は皆道を譲ってゆく。

それは海が分断されてゆくが如く、波を立てて彼らは大通りを抜けていった。


「僕にはそんなに気を使わなくてもいいんだよ。」


 イーディアが溜息混じりに言うものの、周囲の雰囲気が変わる様子は一切無かった。男達は大通りの突き当たりにある周囲のビルより一層大きな建物へと入っていく。壁面はコンクリートで固められているものの、使われている素材は見た目で明らかに分かるほど高価に見える。


 一階は広いロビーとなって居て幾人もの人々が何かを待つようにして腰を落としている。


「こちらに。」


 軍服の男はイーディアを呼ぶと、小さな部屋のようなものに入り何かを押す。扉が閉まり機械的な音と共に内部には重力が強く感じられるだろう。エレベーターというものだ。


 ガタンっと勢いの良い音と共に止まるそれは同時に扉が開く。上にある電光掲示板には五十との表記があった。二人は部屋から出ると、軍服の男の案内で廊下を歩く。

そして歩いた先には明らかに厳重であろう鉄の扉がある。男は胸ポケットから小さなカードのようなものを取り出すと、徐にドアノブの辺りへと宛てがう。


 ピピッという電子音と、ガチャりというアナログ音が響き、男がドアノブを捻るとドアが開いた。そしてその先にはまたドアがある。


「毎度思うけどここの扉二枚も必要なの?」


「ええ。王はとても用心深いお方ですので、一枚では心配との事なのです。あのエレベーターも王が許した八人のカードでないと使うことが出来ないのですが。」


 軍服の男もどこか苦笑混じりに笑みを浮かべつつ答える。


「王、龍神様をお連れしました。」


「了解した。」


 ガチャりという音と共に今度は自動で扉が開いた。


「お待ちしておりました。どうぞお座り下さい。」


 王と呼ばれた男は黒いスーツに身を固めておりキリッとしたその黒い瞳に対してまだ幼さすら感じる童顔は王と呼ばれるには些かばかりに威厳が足りないだろう。


 イーディアがソファーへと腰を下ろすと軍服の男が隣で固まる。イーディアが手招くようにして、その隣に男も座る。


「突然お呼び立てしてしまって申し訳ありません。しかし、急な要件が入ってしまいどうしてもお力添え頂きたく。」


「うん。まぁいつもの親父さんじゃないって事はなんとうなく事態は察したよ。話してみて。」


 イーディアは飄々としているが、対称的に王と呼ばれる男は緊張してるのか動作の一つ一つが驚く程に重苦しく固い。


「もっと楽にしていいよ。僕と君のお父さんは友達のようなものだったんだ。別に君が多少失礼って思うような行動をしたところで僕はなんとも思わないさ。」


 息を吐きながら両手でジェスチャーを送るイーディアだったが、男の様子は変わらない。


「申し訳ありません。ええ、それでは話させて頂きますがまずは自己紹介から。

私は先代の息子のネティアと申します。先代.......アーネスは既に齢が五十となってしまったこと、そして未だ続く体調不良から先日王位を私へと移譲して今は療養中でございます。」


「あ、やっぱりネティアだったんだね。昔は綺麗な黄色の髪だったのに真っ黒になって大人っぽくなったから分からなかったよ。」


 あははと笑うイーディア。その姿は久々に甥っ子に会った叔母そのものだろう。実際竜として統治していた頃から積極的に人々に関心を示していた彼女からすると、王家の息子として生まれ育った彼とは縁も深い。その為か、イーディアの表情は心無しか柔らかくなったように見える。


「ええ。先代からはお話伺っております。しかし幼子であった頃の記憶がほとんどありません.......そのため、龍神様の記憶がほとんどないのです。申し訳ありません。」


「いや、いいよ。人間からしたら十年ちょっと前.......君が五つくらいの時だもんね。覚えてないからって怒ったりしないさ。」


「本当に申し訳ありません。えぇ.......っともう事態を隠す必要性もないことかと思いますので、単刀直入に言います。イーディア様、どうか私の代わりにこの地の王として統制して頂けませんか?


先代は既に亡くなっております。私は先代からの引き継ぎを殆どされておりません。私では先代達が引き継いできたこの地を統制する自信がないのです。


もちろん幼少の頃より得た知識はあります。知識としては国の経営の仕方を知らないわけではありませんが、先代が急に亡くなってしまった挙句にまだ十代の子供である私が王となるには余りにも荷が重すぎるのです。」


 ネティアの頬には涙が伝っていた。王という重圧故のものなのか、それとも父を亡くしたことによる辛さによるものなのかは彼にしか分からないが、その余りにも辛そうな表情は子供のものに見えるだろう。


「ネティア。少し厳しいことを言うよ。僕はね、今は人間の姿をしてるけど人間じゃないんだ。この地はこれまで未熟でもなんでも人間だけの力で成長し形を成してきたんだよ。


きっと、同じ状況ではなくても君のように重圧に押しつぶされそうになりながらも王としての生き方を全うしてきたからこそのこの国があるんだ。

大変だと思うけど、君はもう王族として生まれて育ってしまった。運命を変えることは僕にもできないってことなんだよ。」


 イーディアの声はこれ以上ないと言えるほど優しく、語りかけるようだった。ネティアの涙は止まらない。


「分かってます.......。でも、私は王の器では無いのです.......。お願いします。せめて私に王の自覚が生まれるまで.......三年、三年だけお願い出来ませんか?」


「期限付きかい?う〜ん。あんまり干渉するべきじゃないと思ってるんだけどね。

しょうがないな、でも表面上は君が王としてやるんだ。僕は実務のお手伝いって形でいいならいいよ。これは僕の最大限の譲歩だからね。」


「ありがとうございます。その形をでお願いします。イーディア様の為に一フロア用意させて頂きます。」


 ネティアは元より腰が低いが、既にその低さ故に頭は地につこうとしていた。


「そんなに気を使わなくてもいいよ。」


「いえ、そこまでして頂くのにイーディア様に何もしないとは王として頂けないと思いますので。」


「それだけ言えれば十分さ。分かった。じゃお願いするとしよう。」


 ネティアはそう言うと、一つの鍵とカードを手渡した。


「そちらは五十三階の鍵となってます。五十三回からは五十階まで専用のエスカレーターもありますので何かあればそちらもお使いください。

部屋の構造はこの部屋と同じく広いリビングと奥に寝室、客間、トイレ、風呂、キッチンがそれぞれありますのでご自由にお使いください。」


「流石は王家だね。分かったよ。ん、ちょっと用事が入ったみたいだ。それじゃ何かあったら次は電話してくれれば。」


 イーディアはそう言って番号の書かれた紙を手渡すと忙しなく出ていった。イーディアは部屋を出てエレベーターで下り外へと出る。大通りを行く人々に大きな変化はない。


 しかし大通りの奥、北の方で煙が立ち上っていた。イーディアはそれを見つけると首元のペンダントへと手を伸ばす。四つの石が付いたそれの内、三つへと左手が触れる。


 仄かに青白い光がイーディアを包む。すると彼女の背中から透き通るような青白い翼が発現した。イーディアが跳躍する。そしてその跳躍は飛行となり、空を翔る。


 イーディアは和服を風に靡かせて煙の元へと飛んだ。軽そうなその身は風に乗り一瞬にして降り立つ。


 火の元は一件の家。赤く燃え盛るそれはごうごうと音を立て崩壊の時が刻一刻と迫っているようだ。イーディアは辺りをゆっくりと見渡す。


「イーディア様.......申し訳ありません。妻がまだ中なんです、お願いしますどうか。」


 一人の男が縋るようにイーディアへと駆け寄る。


「分かったよ。ちょっと待っててね。」


 イーディアは小さく息を吐いて目を閉じる。するとイーディアの周囲が歪んだ.......いや、イーディアだけが違う時間軸へと移動していた。


 イーディアは徐に部屋の中に入る。燃え始めた家の中で、女性が一人寝ている。イーディアは彼女を抱き上げると、外まで連れ出した。そして彼はまた目を閉じる。


「イーディア様ありがとうございます.......ありがとうございます.......。」


 イーディアが目を開ける。いつの間にか彼の周囲は到着した状態に戻っていた.......が、一つ違うのは男の隣に一人の女性がいた事。キョトンとした女性と涙を流す男。


「いやいや。僕は特になんもしてないよ。

それよりもこの石を集めてくれた皆には恩返ししないとね。」


 ジャラっと彼女はペンダントを揺らすと髪を靡かせて優しく笑った。そして焼け焦げた草履を片手に持つと街の中へとゆっくりと消えていった。

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