第6話 赤の地にて

ーーー

「あと二つ。」


 赤髪の男は悪魔のような笑みを浮かべる。傍から見れば整っているであろうその顔は、不気味につり上がった口と白いシャツに染み付いた赤色によりまともに直視されることは無いだろう。


 ぴちゃ。


 男が足を踏み出すと、足元の水溜まりが大きく跳ねる。黒いズボンに夜ということもあり、それはどんな染みを作っているかも分からない。


 ぴちゃ。ぴちゃ。


 十や二十程度ではない赤黒く不気味に潰された様な肉塊がそこには転がっていた。


 ぐちゃり。


 男が踏み潰したそれは湯気を残し、水溜まりへと溶けて行く。とても尋常ではないはずだと言うのに、男の表情は酷く歪んだまんま一切変わらなかった。

 そう、それはまさに地上に存在する悪魔だった。


 どれほど歩いたのだろう、そこまで長くはないのかもしれない。しかし、ようやく。ようやくという表現が正しいであろう、月明かりに照らされた茶色い床がようやく現れる。

だがそれも男が足を踏み出す事に赤に染って行く。


 ギシギシと軋む床を抜け、男は何事も無かったようにその建物を後にした。


 その右手にはジャラジャラと硬く小さなものが二つ。男はズボンのポケットから一本の長い紐を取り出すと、右手に持っていたそれを器用に結びつけ石の二つ付いたブレスレットとなる。


 どこか満足げにそれを腕に着けると、男はその場で立ち止まり左目を右手で覆った。

五分、いや十分だろうか男の周りだけ空間がゆっくり流れているようだった。


 男はだらりと右腕を力なく下ろす。かと思えば獣のように駆け出した。

夜の道を赤が過ぎる。時折飛び散る赤い色は残像を残しているようにも見え、それが本当に人間であるかとすら疑いたくなるだろう。


 夜の静寂を切り裂くようにコンクリートで埋められた地面を軽快に駆け続ける。いつしか濡れた赤色はどす黒い染みへと形を変え、なびくシャツについた不気味な紋様へと変わっていた。


「おい、そこのお前止まれ!」


 男の進行方向から声が飛ぶ。黒い服に黒い帽子に身を固めた二人組の男は、ここで言う警察というものだ。右手に持ったライトに照らされた男のその姿が余りにも異質だったからだろう、二人共短刀を持ち身構えた。


 男は速度を緩めることはない。


 止まれ。という怒号だけが虚しく響く。二人の表情には明らかな恐怖の色が浮かび上がっていた。


 男は、左の目を手で覆う。そして、右手を正面に突き出した。不気味なその光景。

そして声もなく笑うと右手を握り込んだ。距離にして30メートルはあるだろう。


 謎の行動に見える。しかし、その握り込んだ手の先に居た二人の体がぐしゃっと潰れる。それはまるで異形の巨大な手で横から握り潰されたような、いやそうとしか表現の出来ない光景。

声を上げることも無く息絶えたそれは冷たいコンクリートの床に転がり、その周囲を赤色に染め上げた。


 男はその上をグチャっと踏み潰し、当たり前のように走ってゆく。



 どれだけ走ってたのだろう。男が立ち止まったとき、空は明るくなっていた。辿り着いた場所は大陸の端付近、流通が盛んな大きい街だった。男はゆっくりと、街の内部へと歩いて行く。


 そして、目的地と思われる街の中でも一際目立つ大きな家の前で足を止めた。


「おい、ナウルとかいうゴミクズはここに居るんだろ?悪いことは言わん、直ぐに呼べ。」


 男は大きな門の前に立つ男にそう言う。門番の男は怪訝な目をする。しかし、その様相から異常を感じ取ったのか言葉を無くす。


「おい、どうした。

俺はお世辞でも気が長い方ではないぞ。」


 赤髪の男は地面を踏み鳴らす。その様子にビクリと門番は震える。


「……貴様……何用だ?」


 門番は振り絞るようにそう口に出した。しかし出してはいけなかった。門番も気づいたであろう、一瞬にして男の雰囲気が変わったことに。


「気は長くない……言ったはずだ。失せろ。」


 男が突き出した右手を握り込む。その腕からは一瞬、ほんの一瞬だが鱗に包まれた巨大な竜の鉤爪が見えたような気がした。

門番の体はプチンと、まるで水風船を力づくで圧縮したように行き場を失った内部が勢いよく飛び出した。

周囲にあるものが、内部の液体によって染め上げられる。


 濃厚な死の匂いは辺りを埋めつくし、賑わいと活気は悲鳴に変わり街を駆け巡った。


「下らない犠牲が増えぬうちに、姿を現せ。逃亡にはそれ相応の地獄が待つものだとだけ言っておくぞ!」


 赤髪の男が叫ぶ。その白い皮膚にも赤い色がこびり付き、既に元の姿を想像することすらも容易では無くなっている。叫んで数秒。辺りの喧騒に消されたせいか、反応は一切ない。


 周囲には数人が遠目から男を睨んでいるようだが、其れを意ともしない男はブレスレットの石を齧る。

そして、左手を門の前で引っ掻くように振るう。


 標準的な大きさなはずだと言うのに、有り得ないような程の豪風が吹き荒れ門は五本の大きな裂け目と共に崩れ去る。

サッと空を裂くように左手を軽く振るうと男は腕をポケットに突っ込み、ガシャガシャと壊れた門を踏みつけて中へと入っていく。


 門の奥にも人間は居た。使用人だろうか。

ただその使用人は既に呆然と立ちすくすことしか出来ないようで、男もそれに敵意を持っては無いようだ。


「開けろ。」


 使用人は感情もなく何かを差し出した。チャリンという音と共に、男に手には鍵が渡される。


「素直で結構。」


 男は渡された鍵を使い大きなドアの鍵を開ける。そして、内部へと入っていった。

昼間だと言うのに内部は若干薄暗い。しかし、慌てるように聞こえるドタバタとした音。


 男は薄く笑みを浮かべると、正面のドアを開け入っていく。


「ナウルは何処だ?」


 中にいた女に問いかける。モップを持ち部屋の隅に小さくなっていた女は声も出すことが出来ないのか、怯えるように上の方を指さした。


「そうか。」


 男はそれだけ聞くと、部屋を後にし入口から見える大きく目立った螺旋階段を上がっていく。

二階は広場のようになっていて、横に広がる空間には襖を挟んで畳がひかれている。そして、階段を登った正面に大きな二枚扉があった。

そして惹かれるように男は扉の前まで歩く、そしておもむろに開いた。


 そして何故か男は扉を締める。

直後凄まじい炸裂音。何重にも響いた銃声だった。

男はまるでそこで待ち伏せされていることを知っているかのように平然と身を隠す。


「勘がいいようだなぁ。盗っ人風情が。」


 火薬と壁を撃ったために出た煙の中から声が聞こえる。細身で金髪身体中を銀色のアクセサリーで飾った男が短刀を片手に携え、部屋の中央に置かれた椅子に煩わしそうな表情をして座ってる。

組まれた足からもジャラジャラとしたアクセサリーをつけた男はそれまで上げていた左腕を無気力そうに下げる。


 周囲を囲んでいた銃を持つ男達が部屋の奥の方へと後ずさる。


「人の宝ばかり狙いやがって。しかもよりによってこの僕のモノばかり。

もういい加減にしてくれないか?」


 金髪の男は、やれやれといった様子だ。しかし、表情はどこか楽しんでるように口元には笑いが込み上げている。


「そんなこと、こちらが知ったことではない。

たまたま狙っていたモノを所持している貴様が悪いのだ。つまらないコレクターめが。」


「なんて理不尽な。珍しいモノを集めるのがコレクターの本望なんだから仕方が無いだろ?

別に僕のじゃなくてもいいじゃないか、他を当たれよ。いい加減こっちとしても使用人も、別宅も壊されてばっかりでイライラしてるんだ。


これ以上僕を追うなら本当に殺してしまおうか?」


「殺す?貴様が?

逃げ回るしか能のないちゃちな人間如きがこのわたしを殺そうなどと下らない戯言をほざくか。よろしい、ならば先程の屋敷のやつらのように潰してやろう。」


 男は右手を突き出す。

そして勢い良く握り込んだ。


 ぐしゃっ。物凄い音が鳴り響く……が、それは乾いた音で。例えるならばまるで木材をプレスしたような音。


「なっ……。」


 男は驚愕の声をあげる。


「あっぶないなぁ。やっぱり君、人間じゃないでしょ?」


 ぐっちゃりと潰れ元の面影すらない椅子の後方で男はしゃがんでいた。


「ナウル……だな?

貴様、何者だ。」


「何者?面白いことを言うんだね化け物。

僕はただ珍しいモノを集めるのが好きなだけの下らない人間さ。」


 ナウルという男はニヤニヤと笑いながら軽い足取りで右側へと歩く。


「そんで、化け物。君の名前はなんなんだい?

僕だけ知らないなんて不公平だろう?」


「貴様如きに名乗る名は無い……と言いたいところだが、我の攻撃を避けた貴様には特別に名乗ってやろう。ネルヴァだ。そして私は残念なことに人間だ。」


 ネルヴァは真っ赤な髪を掻き上げながら面倒くさそうに右手を振る。


「へぇ。化け物の中での人間の定義ってやつは随分曖昧なんだねぇ。

隠す気も無いんだろうけど、みえみえのその気色の悪い異形の腕を両手として扱ってるようなヤツが自分を人間って呼ぶなんて本当に、僕を笑わせようとでもしてるのかい?」


 ナウルはわざとらしく笑った仕草をする。そして、携えていた短刀を抜いた。黒い片刃のそれを右手で遊ぶ姿はまるで無邪気におもちゃを振り回す子供のようにすらも見える。


「下らない。」


 ネルヴァは、左手を横へと薙ぎ払う。

物凄い突風が巻き起こる……が、ナウルはまたも予期していたかの様にガラクタになった木材の後ろで伏せていた。


「こんなの当たってたらひとたまりもないよねぇ……。」


 ひょこっと立ち上がると、ナウルはまた短刀を弄ぶ。それと対象的にネルヴァは空いた口も塞がらないようで、呆然と立ったまんまただナウルを見つめていた。


「貴様……何が見えている?」


「何って、ただの人殺しの化け物だけど?」


「そういう事を聞いてるのではない。貴様にはどこが見えている?

何故ワタシの攻撃を避けることが出来るのかと聞いているのだ。」


 ネルヴァは声を荒らげる。先程までの余裕が失せているのは傍目から見ても明らかだろう。


「化け物の言葉はどうやら僕には分からないみたいだね。なんで避けられるって、何となく危ない気がしたから避けてるだけさ。」


「ならば、冥土の土産として教えてやろう。ワタシにはな、未来が見える。

貴様が潰れる未来が、貴様が切り裂かれる未来が。

ワタシは最速、最善のワザをもってして貴様を狙っていたのだがな。

このことを話す人間は貴様が初めてだ、光栄に思え。」


「アッハッハッハッハッ!

何それ?本当なの、ふざけてるの?

本当だとしたらやっぱり化け物じゃないか。本当に君は面白いねぇ。」


「面白いのは貴様の方だ。ワタシは今の貴様を潰しているのではない。未来の貴様を握り潰していると言っているのだ。

しかし、貴様はそれを勘だけで避けることが出来ていると言っている。


もうそれは貴様も立派に人間としての器を超えている筈だ。ワタシを化け物と呼ぶのならば貴様も十分に化け物であるということを知れ。」


 腹を抱えるナウルとは違い、ネルヴァは静かにそして不気味に嗤う。


「ふぅん。まっ、君がいくらなんと言おうと君が化け物で僕が人間っていうことは普遍の事実だからね。

僕は人間として、化け物の盗っ人である君を殺すよ。」


 ナウルはそう言い終えると、ネルヴァへと一気に距離を詰める。かと思えば、ジグザグと方向を連続で変えながら走る。

その動きは完全に獣のものだった。急速にダッシュの方向を変えるのだがその速度は落ちず、その展開のうちの一度が完全にネルヴァへと向く。


 咄嗟に身構えたネルヴァは右手の石を奥歯で噛む。ガリっという音が、その体の口元と首元から鳴る。


「えええ、かっっったぁぁ!」


 ナウルは驚くように絶叫し、距離をとる。そして、刃先を撫でるようにして確認している。

そして危ない危ないと、囁くようにして短刀を握り直す。


「やっぱり化け物じゃないか。」


「師範代、これ以上は危険かと思われます。」


 部屋の奥の方にいた一人が、ナウルの方へと声を上げた。その声は震え、足元も定まってない様子だった。


「んー、それはそうなんだけど。

逃げたいなら君は逃げてもいいよ。こんな化け物の相手をするのはいくら弟子でも強要させたくないし、その様子じゃまともに対面すら出来ないだろ?」


 その言葉を聞き、弟子は腰が抜けたようにストンと腰を落とす。


「すみません……師範代……。」


 聞こえないほどの小さな声。案の定その声はナウルの耳には届いてないようだった。


「狡いよなぁ。化け物はさ。

近づいてもまともに刃も通らないくせに、離れたら変なところから握り潰される、切り裂かれる。

こっちは全く、気を抜く暇すらないっての。」


ナウルはそんなことを言いながら、短刀を回しステップを踏む。その姿に威厳は無く、それほど脅威を感じるようでも無いだろう。

しかし、目を離してしまえばいつの間に間合いまで詰められてしまうような、そんな不思議な怖さを内包しているようだった。


「癪だが、長引くのも面倒だ。

もし貴様が大事にしているその赤い石をワタシに差し出すのであれば、今回は身を引くことも考えてやるが大人しく渡す気はないか?」


 ネルヴァは左手を突き出す。

疲れというものは平等に全ての生き物に適用される。それはどんなものにも例外はなく、許容量や感じ方に違いはあるものの確実に蓄積される。

 ネルヴァには確実に疲れの色が見え始めていた。元より人の身に余る程の力。上手く使っているのかもしれないだろうが、彼はその他にもかなり疲労を貯めるような行動をとっていたのだから。


 そして、きっとこの行動は自身の体調に気づいた彼なりの回避行動だったのだろう。


「僕を降参させるくらいやってくれれば考えないこともないけど、いま僕はね楽しいんだ。

折角楽しんでるんだし、そんな水を差すようなつまらないこと言わないでよ。」


 ナウルはゆらゆらと短刀を揺らしている。少なくとも簡単に逃がす気も、当然自分が逃げる気も無いようだった。コツコツと足元を確かめるとまた横にゆっくりとステップを始める。


 ネルヴァは小さく息を吐き、身構える。


 ダッと、ナウルが距離を詰める。ネルヴァに触れる……かと思えば、一気に引く。

 人間の瞳が動く速度を越えて動く人間などいるはずはない……が、彼のその動きは正面に居たとしても僅かにでも気を抜けば視界から完全に消えてしまいそうなほどに疾い。

その動きは一体どんな技術を会得すれば、一体どう鍛えれば身に付くのかすら分からないだろう。

そして、彼の殺意はまたネルヴァの首元を捉える。


 ガキィィィィという金属が衝突するような酷い金切り音と共に短刀の先端が弾け飛ぶ。

くっ……と小さくナウルは声を上げると一瞬飛び退き、また飛びかかる。

狙いは脇腹。刃の腹を撫でるように切りつけた……が、ガガガとまるでコンクリートを擦るような音が鳴り今度こそナウルは大きく距離をとった。


「くっそ。折れちまったか……。

外装が硬すぎる……本当に。」


 ナウルは悔しそうに短刀を見つめると、後方に優しく放り投げた。


「仕方ない、本職じゃ無いんだ。上手くいかなくても仕方が無い。」


 ナウルはそう言うと、素手で構える。先程までの身軽さは無い……が、どっしりと足をついて構えた姿は先程までより圧倒的に型にハマってるようで重厚な圧力は周囲の弟子達もたじとぎ恐怖していたようだった。


 ナウルは駆け出す。しかし、先程までの四足歩行にすら見えるほどの低い姿勢では無くそれより少し腰を上げ、膝下のみで駆けるようだった。

一息を飲む間には既にナウルは距離を詰めており、ネルヴァの肩をナウルの右手が捉えた。

フンっ……と、ナウルは添えるように当てた右手に力を込める。


 すると、ネルヴァの左肩が大きく弾け飛ぶ。その衝撃はバシィという音と共に部屋に響き、ネルヴァは苦しそうに肩を抑えうずくまる。短刀での攻撃をとは違ったその打突は、どうやらネルヴァの護りでは守りきれてないようだった。


「ようやくその身、捉えた。

僕は元々体術にのみ捧げた。この打突、もし通用しなければ本当に降参するしかなかった。」


「貴様アァァァァァ……。」


 ネルヴァは叫んでいた。痛みからか、悔しさからか。その感情は分からない……が、その余りの威圧感からか、きっと誰もそこへは近寄ることが出来ないだろう。

 ただの叫びとは思えぬほどの轟音。それが響き終わると、ネルヴァはブレスレットの石を同時に噛んだ。


 ガリっと言う音が異質に鳴る。砕けたのは石では無く、その歯だろう。白い粉塵がネルヴァの前に広がり、彼は右手を突き出し薙ぎ払いながら握り込んだ。

ギリギリという音と共に少し伸びた爪が、彼の肉に食い込みその足元を紅く濡らす。


 そして、その正面の空間が大きく揺らぎ衝撃と共に両脇の壁が崩れる。引き裂かれるようにして残った爪痕は、ナウルの遥か後方にいたはずの人間すらも引き裂いていた。

 たった数人。その衝撃からすれば少ない犠牲ではあるが、数人かその余波を受けたのか腹部付近を獣の鉤爪で引っ掻かれたような跡と共に赤い液体を撒き散らしその場に倒れた。

断ち切られた訳では無いが、人間の命を奪うものとしては充分だろう。


「アーラル、タウラ、コウタ!」


 大きな声が児玉する。一人二人のものではない声だった。その中にはナウルのものも含まれていた。

しかし、そんなことにネルヴァは一切の興味を示さないようで、それよりも平然と躱していたナウルに対して更に怒りを積もらせている様だった。


「ここに連れてきた僕の責任。逃げていろって言わなかった僕の責任。

だとしても、許せるわけないよね。」


 ナウルの足元が大きく揺れる。ネルヴァは何かを感じ取ったのか、右手を大きく振るった。しかし、虚しく空を切り気づけばナウルの右拳はネルヴァの胸元へとあてがわれていた。

 ダンっという床を強く踏む音と共に、強い衝撃。ネルヴァの胸元で響いた衝撃音が、部屋中へと伝わる。部屋中はまるで生きているかのように呼応し、ネルヴァの身体は入り口の方へと勢いよく飛ばされる。


 ドッドっという音。ネルヴァの身体は壁面にぶつかり、鈍い音と共に階段を転げ落ちていった。


 ナウルは駆け足で倒れた三人の元へと向かう。


「追わなくてよろしいのですか?」


「追ったところで、既にヤツを捕まえることは出来ないだろうなぁ。

それより大丈夫か……アーラル……。」


 倒れた中で最も重症の男、アーラルは既に体を動かすことすらも出来ないようでヒューヒューと細い息を漏らす。


「に、に……いさま……もう……しわけ……。」


 アーラルは振り絞るように声を出す。掠れ掠れのその声に、ナウルは目に涙を溜める。


「だから、お前はここに来るなと言ったのに……。

本当に、ゴメンな……。」


 アーラルは僅かに開いていた瞼をゆっくりと閉じた。仲間が大量に殺されていても全く意に返さない男だったが、たった一人の肉親の死には抗えないようで男の膝は涙に濡れていた。



「クソ……クソ……人間如きが……。」


 赤髪の男はボロボロの身体でひたすらに走る。何度も噛まれている右腕の石はネルヴァの血液と歯の欠片で元の色すら分からない。

文字通りの敗走。見下していたはずの生き物に敗北したネルヴァは木々の生い茂る森の中で遂に力尽き、深い眠りについた。

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