暗殺者、五歳になる

「「「「お誕生日おめでとう、ベルン!」」」」


 男女の入り交じった祝福の言葉が、食卓に響く。


 実は今日は、俺――ベルン=グライシスの五歳の誕生日なのだ。なので今日はテーブルに普段とは比べ物にならないくらい豪華な料理が並んでいる。


「ベルンもとうとう五歳……早いものね」


「そうだな。生まれた時のことはつい昨日のことのように思い出せるというのに……月日が経つのは早いものだ」


 両親がしみじみとそんな会話をしているのを尻目に、俺はこっそり溜息を漏らした。


 この誕生日パーティーも今回で五回目になるが、正直未だに慣れない。


 前世の俺は物心ついた時から暗殺者として活動していたため、誰かに祝われた経験がない。


 だからだろう。自分を祝う誕生日に何とも言えない違和感を感じてしまう。


 抜け出せるものなら今すぐ抜け出したいところだが、流石に主役がいないとなるとすぐに抜け出したことがバレてしまう。ここは耐えるしかない。


 ちなみに、今この場にいるのは従者を除けば家族のみ。貴族のパーティーと言えば、余所の貴族を呼んで盛大に祝うと思われがちだが、それは次期当主である長男のみ。わざわざ跡継ぎでもない次男を祝いに来ることなどない。


 なので、余所の貴族が祝いに来るようなことはない。


 ……まあ、来られても困るが。


 そんな感じで思考の海に潜っていると、不意に父が声をかけてきた。


「ああ、そうだベルン。明日は私と共に少し街へ出るぞ」


「街へ……分かりました」


 なぜ街へ行くのか。俺はその理由を知っている。


 この世界の人間は、五歳になると教会で神から恩恵ファルナと呼ばれるものが与えられるらしい。


 この恩恵は人によって異なる力を発現するようだ。


 俺が調べた限りだと、戦闘技術や魔法技術を向上させるものが多かった。例えば剣術に関するものや、魔法を行使した際の魔力消費量を少なくする恩恵などがいい例だ。


 基本は一人につき一つしか恩恵は発現しないが、稀に複数発現する者もいるらしい。まあ、複数発現したからといって、それが有能な恩恵とは限らないが。


 恩恵はその者の将来を左右するほど大切なものだ。何せ、この世界の仕事の中には特定の恩恵を所持していないと就職できない職業もあるくらいだからな。


 まあ俺は暗殺者なので、どんな恩恵を授かろうと関係ないが。


 そんな感じで、俺は恩恵には大して期待などせずにいるのだった。






 誕生日パーティーの次の日の朝。俺は父に連れられ、馬車で街まで来ていた。


 目的地は街にある教会。そこで恩恵を授かるための儀式を受けることになる。


「ベルン、緊張していないか?」


「はい。大丈夫です、父上」


 馬車に身体を揺られているところ、声をかけてきた父に俺は作った笑顔で応じた。


「そうか。かつての私は恩恵を授かると聞いて、前日からかなり緊張していたものだがな……」


 父が苦笑を浮かべながら、どこか遠くでも見るように馬車の窓から外を眺める。


 俺はそもそも恩恵なんぞどうでもいい。便利なものだったらいいな、程度しか考えてない。役に立たないなら立たないで別に構わない。


 そんな心境で緊張しろというのが無茶な話だ。


 その後しばらく父と他愛ない話をしていると、不意に馬車の揺れが止まった。どうやら目的の教会に着いたらしい。


 父と共に外に出ると、教会の前には神父らしき初老の男が立っていた。


「ようこそいらっしゃいました、領主様」


「ああ、神父殿。今日はウチの息子をよろしく頼むよ」


「ええ、こちらこそ」


 深々と頭を下げた神父。しかし次の瞬間には顔を上げ、俺の方に向き直った。


「初めまして、ベルン様。私はここの神父をしているライアーと言います。今日のあなたの儀式をお手伝いさせていただく者です。よろしくお願いします」


「こちらこそ。私はベルン=グライシスと言います。今日はよろしくお願いします」


 俺も神父に応じる形で頭を下げる。


 俺はこの挨拶というのがどうも肌に合わない。というのも、前世では挨拶なんてまともにしたことがないからだ。


 暗殺者に求められるのは殺しの腕のみ。だから依頼人相手だろうと、礼儀なんて知ったことではない。


 かといって、別に礼儀知らずというわけでもない。しかし挨拶をするのは大抵の場合、暗殺対象を油断させる時ぐらいだ。


 当然、目の前の神父は暗殺対象ではない。なのに挨拶をするというのは、ちょっとばかり違和感を感じてしまう。


 まあこればかりは慣れるしかない。次男とはいえ俺も貴族。貴族はある程度の社交性が求められる立場なのだから。


 そんなことを考えながら、俺は神父に案内されて父と共に教会に足を踏み入れる。


「そういえば、お前が外に出るのはこれが初めてだったな」


 神父先導の元、教会内を歩いている俺に父が声をかけてきた。


 しかし残念ながら、俺が外に出るのはこれが初めてではない。四歳の時に初めて外に出て以降、俺は何日か毎に周囲の目を盗んでは屋敷を抜け出していた。


 大抵は森の奥で訓練をしているが、たまに倒した魔物の素材を売るために街に顔を出すこともある。


 当然売る相手は、マルダム商会の会頭を務めているビルクスだ。かつて娘を助けた恩ということで、取引相手になってもらっている。もちろん父には内緒で。


「ん……? どうかしたか、ベルン?」


「いえ、何でもありません。ただ、初めての外の世界を目に焼き付けておこうと思って」


「そうか。なら今のうちに存分に見ておきない。次外に出られるのはいつになるか分からないからな」


「はい、父上」


 多分明日辺りに出ると思うが。


「さあ、着きましたよ。ここが儀式の間です」


 足を止めた神父が、こちらを振り返りながら言った。


 儀式の間と呼ばれた場所は最奥に女性の像。その背にはステンドグラスがあるだけの簡素な造りだった。


「神父様。あの像は何ですか?」


「あの像はこの世界を創造した女神様の像です。とても美しいお姿でしょう?」


「ええ、まあ……」


 正直美化しすぎてる気がしないでもないが、そこは言わぬが華か。


「おっと、いけないいけない。今日は雑談をしに来たのではありませんでしたね。ではベルン様。私に付いてきてください」


「はい」


 神父の指示に従い、女神の像のところまで向かう。


「では女神様の前で片膝をつき、祈りを捧げてください。そうすれば、女神様から恩恵をいただくことができます」


 そんなに簡単なのか。女神からの恩恵なんて言うから、もっと厳かなものだと思っていたが、案外大したものでもないな。


 少し呆れながらも、神父の指示に従って片膝をつき、両手を合わせて祈る。


「…………」


 不思議な感覚が全身を襲う。一瞬身構えそうになったが、きっとこれが恩恵を授かるための儀式なのだろうと思い体勢を維持する。


 そうしている間にも謎の感覚はどんどん強くなっていき、最後には……。

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