暗殺者、二度目の人生を始める

「――何とも可愛らしい顔をしているなあ。これが私の息子か!」


「ふふふ。興奮しすぎですよ、あなた。もう三人目なんですから、いい加減慣れたでしょう?」


「いやいや、新たな命の誕生というのは何度経験しても慣れるものではないよ」


「それもそうですね……ふふふ、本当に可愛らしい顔」


 男女が楽しげに会話している声が聞こえる。


 目を開けると、二十代後半と思われる男女の顔が視界に収められた。


「おお、目を覚ましたようだぞ、アンジェリカ!」


「もう、あなたがうるさいからですよ。……起こしちゃってごめんなさいね、ベルン」


 女性が優しげな瞳をしながら俺の頭を撫でる。こんな目を向けられたのは始めてだ。


 今まで俺に向けられた視線といえば、大抵は恐怖か憎しみが込められたもの。


 なので少しだけむず痒いような気持ちにさせられる。


 だが同時に、俺は自分が転生したことを理解した。


 その証拠に俺の身体は死ぬ前のものではなく、赤ん坊のそれだ。かつての鍛え上げた肉体ではなく弱々しい赤ん坊の肉体になったことが、転生したという実感を深く抱かせる。


「あら? 泣き声をあげないなんてどうかしたのかしら? どこか具合でも悪いのかしら?」


 しまった。赤ん坊というのは、喋れない代わりに泣くことでコミュニケーションを取る生き物。


 それがないとなると、この母親らしき女性も心配になるだろう。ここは嘘でもいいから泣いておくか。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


「あら泣いたわ。良かった」


 女性は心配そうな様子から一転して、安堵の笑みを浮かべた。


 ……しばらくは赤ん坊らしく振る舞うしかないか。


 少なくとも二、三年はこのままだろう。これからの生活を煩わしく思いながら、俺は赤ん坊らしく泣き続けた。






 この世界に来て三ヶ月が過ぎた。赤ん坊の身であるため自由に動き回ることもできないが、それでも情報収集は可能だ。


 どうやら俺は貴族の次男、ベルン=グライシスという名前で生を受けたようだ。


 自分の名前も知らず『死神』という二つ名を名乗ってきた俺としては、自分の名前というのは少し変な気分になる。


 家族構成は両親、それに姉と兄が一人ずついる。最近姉と兄は毎日のように俺の顔を見に来ているので、家族の中では母親の次に接する機会が多い。


 女神はこの世界は魔法と呼ばれるものが存在すると聞いていたが、今のところ俺は一度も魔法を目にしていない。


 どうも日常的に使うようなものではないようだ。俺はてっきり科学技術に代わる高等技術かと思っていたが、違うようだ。


 俺が見た限りだと、この世界の文明レベルはそんなに高くない。元の世界で言うところの中世ヨーロッパに近いだろうか?


 赤ん坊の俺が集められた情報はこの程度が限界だ。早く自由に動けるようになるまで成長したい。


 そして女神の依頼遂行のために、魔王に関する情報を集めたい。


 一応赤ん坊の身でも集められる範囲で魔王の情報を集めたいとは思っていたが、今のところ誰一人として魔王の名を口にした者はいない。


 女神が暗殺を依頼するほどなのだから、もっと切羽詰まっているのかと考えたが、どうやらそうではないらしい。


 まあ今知ったところで、この身体ではどうしようもないのだ。時間はまだたっぷりある。ゆっくりと情報収集していくとしよう。


「あら? また静かになったわ。眠くなってきたのかしら?」


 そう言うと、母親は子守唄を歌い出した。知識として知ってはいたが、実際に聞いてみると穏やかな気分にさせられる。


 これが母親というものか。まさか暗殺者の俺がこんな形で親を知ることになるとは。


 女神の依頼を受けたのは、俺にとってかなり得のある話かもしれない。


 母親の子守唄で眠気を誘われながら、俺は転生したことを少しだけ嬉しく思った。

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