カッコカリ(もしくは俺がお前をラノベ作家にしてやるからその性格を直せ!)

吉城チト

(仮)×1 お前が書くんだよ!!

『期待とは、責任の押し売りである』

これはかの高名な──まあ、俺の言葉である。この言葉を贅沢だとか傲慢だとかケチをつける奴も、まあ、いる。

たとえばそう、俺の後頭部に拳銃の銃口を押し付けて筆を強制的に運ばせているこいつ、とか。




季節は冬。天高く……は秋か。しもやけおててがもうかゆいこんな時期に、俺は決して安くない手土産をひっさげて、鉄の扉の前に立っている。

鉄の扉、なんて言うと仰々しいものだが、早い話がアパートの扉だ。別に牢獄に来たとかそういうやつではない。まあもっとも? 中にいる奴の破天荒っぷりと来たら下手な囚人なんかには負けやしないだろうが。



……さて、気は乗らないがさっさと上がらせてもらうとしよう。マジで寒い。


コンコンコン、三度ノックする。

家主はアホみたいに人嫌いで、インターホンを律儀に押す奴は一見さんだとか言って無視しやがる。どこまでもアホなアホっぷりではあるが、残念ながら俺はこいつに逆らう力を持ち合わせていないので、あえなく従っているのだ。


「どこの誰よ」

「愛しの俺だけど?」

「愛した人間は生憎といないんでね。不審者は帰ってくれる?」


ほらな? ジョークをたしなむ愛想もないときたぜ。まあいつものことだ。


「んだよもーつれねぇなぁ。寒いから早く開けてくれよ」

「凍死しろ」

「なにがそんなに怒りを買ったのっ⁉」

心外すぎるんだが。至ってチャーミングな冗談しか吐いた覚えはないぞ?

だがここで引き下がっては完全敗北というものだ。そのための備えもある。

「なんだ。チーズケーキごと俺が凍っても良いんだな?」

「…………早く言え」

 

ゴソゴソと音がしたのち、カチャリと解錠の音がした。

「やーっと開けてくれたかぁ。寒かったぜぶらッ」

俺の愛くるしいほっぺに何故か某民間向け拳銃の初期型を小型にしたアレらしきものがぐりぐりされている。注釈するまでもないがエアガンってやつだ。


「あのぉ、これは一体?」

「G19Cだけど」

「見たら分かるわ。どっかのうるさい先生のおかげでな」

「……。いや、お前の手土産っていつも地雷だから検品させてもらおうかと」

「え、こんな山賊みたいな検品ある?」

「死にたい?」

「どうぞ検品なさってください御大臣様!」


うむ、と一瞥して俺の右手から荷物をひったくる。


「ふぅん、ちゃんとしたケーキじゃん。珍しい」

「えー? そんなに珍しい?」

「前科がな……」

そう言いつつ慎重に箱を開封していく。俺は爆弾を渡した前科でもあるのか?

「……へえ」

「うまそうだろ!」

「‼ うるさい! 人の心を読むな!」

「言わなきゃ図星だってわかりゃしないのに」

こういうところが、こいつの数少ない可愛さってやつだ。


そういえば読者諸君には説明がまだだったか。さっきから汚い言葉かつ攻撃的な態度で人に噛みついてくるこのちんちくりんな少女『砂宮』は俺の友人で──。


まあ、友人だ。


短い髪を赤く染め、よくわからん英字のややオーバーサイズのシャツに短パン、イキりたい盛りの生意気貧乳低身長なこいつだが、二次元によって耐性を得た俺でが見ても顔〝だけは〟良い。薄い唇は桜を映し、髪は自我に染められても尚も清流をたたえる艶やかさには思わず見とれてしまう。そしてその猫のようなややツリぎみの大きな目。こいつに見つめられると──


「なんだよ」

「……なんでもねえよ」

──つい、ほだされそうになる。


「ブツは確認した。入れ」

裏取引かよっ! まあようやくこの寒空ともお別れできるんだ。とりあえずは良しとしよう。


お邪魔します、と踏み入れた玄関は物が少なく寂しい様相だ。趣味の露呈したやたらとゴツいブーツを除けば靴も見当たらない。趣味の少ないこいつらしいといえばらしいのだが、もう少し飾り気があっても良いのではないだろうかと思う。

 つめたい廊下を抜けうながされるまでもなくリビングへの扉をくぐる。


廊下トンネルの向こうは、魔窟ふしぎなまちでした。


「なんじゃこりゃあー⁉」

床は本やらよくわからない紙やらで踏み場はなく、机の上はカップラーメンのゴミが山になっている。情報量が多すぎて頭が処理しきれない。クオリティを三くらいまで落としてエフェクトをオフにしたい。ワンエルディーケーってなんだっけ……。

「は? リビングだけど」

「ちげーよ! 俺がつい先日汗水垂らして片付けたスッキリルームはどこに行ったんだって聞いてんだよ!」


砂宮は一歩こちらへ近付くと、ぽんと肩に手を乗せてきた。


「なんだよ」

「いいかい佐藤くん」

やれやれ、と一息置いてから、こう告げてきた。

「そんなものはなかった。いいね?」

「汚職上司かてめえは! 納得いくかぁー‼」

「大声上げんな、大家にクレームがいくぞ、私から」

「お前かよっ!」

ぺしっと手の甲で胸のあたりを叩いてやる。ステレオだが良いツッコミが入った。


「そもそもそんなことはどうでもいいだろ。呼ばれた要件を聞きたい頃合いだろ?」

そう、今日はこいつに呼び出されてやって来たんだ。既にお腹いっぱいなほどに情報はいただいたが、一応聞くとしよう。

「……要件は?」

「部屋片付けてくれ」

「だよなぁ⁉」


こいつは前から本当に片付けが本当にできない。部屋というものをプライベートを維持するための区画にしか認識していない。


以前こいつは『作業するための工房なんだから良いだろう』だのと抜かしていたが、研究室や工房こそ整然とするべきだと俺は認識する。

書斎とかならまだ分かるがな。


「まあ、三日もあればなんとかなるかな……」

「は?」

作業の見立てを行った俺に、馬鹿を見たような声が降って来た。

「いや、今日中にやれよ?」

「え?」


待て〝この魔窟を今日中に〟だと? 待て、それはいくらなんでも人っ子一人に成せる偉業ではない。ローマは一日にしてならないのだから。


「待ってくれ。いくらなんでもそれは無──」

「私がやれって言ってんだよ?」

先ほどの紹介を訂正しよう。こいつの目は猫じゃない。ライオンのそれだ……。

「わかった。今日中にどうにかやってみよう」

観念、これが観念か……。強者に屈するという感覚というのはやはりどうにも慣れないものだ。


そして当の強者の表情はと言うと……。

「うむ、良い心がけだな!」

花のような笑顔に変わっていた。


「じゃ、私はお前の手土産でもつまみながらお茶でもしてるよ」

「それって俺が先月くらいに持ってきた茶葉だろ? 俺にもくれよ」

「最近の掃除機は随分と口数が多いんだな」


くっ! 辛辣すぎる! 鋼のハートに亀裂が入るレベルだ。


「わかったよ、じゃあ床の片付けから入るよ」

「さっさと手動かせ」


頼むよとかも言えねえのか! まあ良いが……。

床を埋めているのは多くが本だ。おおかた資料のためだとかと言いながら読み、本棚へ帰ることができなかった可哀想な連中だろう。


ミリタリー雑誌、ファッション雑誌、小説……どれも俺には縁がないため分類がよくわからない。とりあえず五十音順に突っ込んでやる。

本を次々と本棚ほんごくへ送還していくと、今度はタンスへ帰ることができなくなった難民たちを発見した。


「ほう、黒か……」

レースが瀟洒にあしらわれた品のあるブラ。いまどき綿製品とは珍しい。カップは…………あるのか? 平らに見える。匂いは

「見るなバカ死ねっ!」

「ぶべらっ!」

高速の右フックをいただいた俺はフローリングを滑った。ボウリング、行きてえな。


「……見られたくないなら片付けとけよ」

「喋んな言葉が腐臭を放ってる」

えぇ……言葉が腐臭を放っているってどうすりゃ良いのよ……。

そこから俺は本を片付けていき、洗濯物を発見したら砂宮へと速やかに報告をしつつ掃除を続けた。


こくどはみるみる面積を取り戻してゆき、雑巾がけを終えると完全に一カ月前の掃除後くらいには綺麗な状態となった。

砂宮の方は……キッチンの奥で俺が渡したケーキをつついている。


その調子でデスクに着手する。こちらも書類やらエアガンやらで埋まっている。

エアガンを引き出しに流し込み、書類は項目ごとにフォルダに閉じてやって本棚へ。

仕上げに観葉植物を添えてやれば……。

「よし、完璧では?」

このクオリティーはさすがの傲慢姫も文句は言えないはずだ。


「ふむ……」

棚などを指でなぞる『例のアレ』を行い、辛辣姫は仕上がりを確認しているようだ。

「なるほど、なかなか頑張ってくれたようだな。馬鹿と……馬鹿と? まあ馬鹿は使いようと言うしな」

え、ねえなに俺って馬鹿一択なわけ?


「で、満足か?」

「ああ。これは何かお礼をしてやらないとな……」

何を思ったか、砂宮はするり、と上着を脱いで見せる。

「えっ、は⁉ ちょっと待てその〝お礼〟はレーティング的にダメ……ん?」


上着が飛んできた。

「これは……?」

「次は洗濯を頼む。私の服を洗えるなんて光栄だろう?」

ふふん、とせせら笑ってみせる。こいつ……。


「ああそうそう、私の服だからといって変な気は起こすなよ? 蜂の巣にしてやるからな」

くいくい、と壁を親指で示す。壁に取り付けられたラックにはライフルが飾られている。

「おお、圧政者よ! 何故我が権利を侵害するのか!」

「その口調は苦情が来るからやめろ」

「へいへい……」


 拒否権がないことくらい理解している。このよくわからない英字のプリントされたやや大きめのシャツと短パンのみの軽装でむごい圧政を敷くのだ。こいつは。

まあ良いんだ。洗濯くらいならささっと済むだろうしな。


先ほど床を掃除した際に現れた洗濯物をキッチンの床から洗面所へと運ぶ。

お前さっきのうちに運んどいてくれよ。



「……ふむ」

先に断っておくが、俺は変態ではない。

よって、この鼻腔をくすぐる柔軟剤と、たしかに香るラクトン類の芳香に興奮したりはしないのだ。ああ、断じて興奮などしていない。

短パン、シャツ、シャツ、タオルに……。


「下着……」


……いや、違うんだ。役得っていうの? まあそんくらいの認識はしても別に

「おい」

「ひっ⁉」

後頭部になにか突き付けられているのがわかる。

何か? いや、間違いなくこれは『銃口』だ。

「あ、いや、これは違うんだ。ちが痛ってえ!!!」

こいつゼロレンジで発砲しやがった!! ガスガンの威力分かってんのか⁉


「なにしやがる!」

「こっちのセリフだよ、変態」

ごもっともすぎる正論と冷たい視線が刺さる。さすがの俺も調子に乗り過ぎたか。


「……すんません。改めます」

圧政者はため息をひとつつくと、判決を述べた。

「良い。迅速な謝罪と反省は賢かったな。心を入れ替えて励めよ」

「はっ! 有り難きお言葉!」

素早くひざまずく、見逃してもらえたことは非常に有り難かった。


俺はそれから懸命に洗濯をした。といっても色移りを気にして洗濯を数回にわけるばかりで、洗浄そのものは機械の役目だ。

あとは洗濯ものを乾燥機にかけ、よく振り払い、干す。

そうしてふと、勤勉すぎる自身の行動を顧みて、言葉を零すのだった。


「……交友関係って、なんだっけなぁ……」

見上げた白い天井を超えて、どうやら遠い空さえ望めるようだった。



「こんなもんか」

三十分程だろうか。俺はようやくとても一人分のそれとは思えない量の洗濯を終えた。


干す時などは地獄だった。

美少女の衣服を干しているというのに一切欲情してはならないというのは思春期の健全な男子としては拷問のようなものである。

おかげで背中にはBB弾の痕が複数ついていることだろう。


「まったく、やっと終わらせたか。こちらは弾の備蓄が無くならないものかとヒヤヒヤしたぞ?」

監視をしていた砂宮は小銃ライフルを肩にかつぐようにして構えを解く。

「よく言うよ、そんな楽しそうな顔してさ。第一、んなずっと見張ってるくらいなら手伝ってくれりゃいいじゃないか」

下士官かしかんは麾下の者の成長のためには手を出さないものさ。心苦しいがね」

演じるように肩をすくめて見せる。

補足をするようだが、俺の知る限りこいつに軍歴はなく、ともあれば、もちろん下士官になったという事実もない。そもそも俺と同じ十六歳だ。


「まあいいや、やっと休憩できるわけだな?」

半ば救いを求めるように目線を遣ると、砂宮は満足そうに笑顔を作る。

「もちろんだ。紅茶を淹れてやるから炬燵にでも行ってろ」

「ありがたいね」


こいつの淹れる紅茶はなぜか非常に美味い。いや、紅茶に限らないが、ともかく茶葉のせいなのか淹れ方なのかを知る故はないが、労働後の労いとしてはこの上ないと言えるだろう。


居間で待っていると、ポットとカップをトレーに乗せ、砂宮が現れた。

立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん歩く姿はなんとやらというが砂宮ほどそれが似合うヒトを俺は見たことがない。砂宮の立ち居振る舞いにはいつもどこか品を感じるのだ。ただ、それもあの傲慢で辛辣な口が開かなければ、の話だが……。


そんなことを考えていると、目の前にカップが置かれ、赤い雫が注がれる。紅茶の香りを鼻が認識する頃には、疲れで緊張していた身体は途端に弛緩する。


「さて、紅茶を飲みながらで構わないので聞いてくれ」

「ん?」

珍しくマジメな目を向けてくる。なんだ、こいつにも悩みなんてものがあるのか?


一息ついてから、砂宮は口を開く。

「お前文章書くの好きだろ?」

「苦手ではないが、好きでもないな」

俺はかつて文芸部の代打で短編を書いた時、やたらと評価をいただいたことがある。

短編といってもきちんとした起承転結に則ったそれではなく、フリースタイルとでも言おうか、まあ自由なものだった。


よって、たといそれが「良い」と人に判断されたとしても、構成を練ったでもなし、構造を理解したでもなしのそれへの評価は、偶然の二文字に片付けられる程度のものだと俺は認識していた。

「まあ、そんな細かいことは良いんだよ。お前さ」




「私の代わりに小説を書け」

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