授業四十 宴会

 その日の夜。

 おでこに大きな絆創膏を張った俺はせっせと宴会の準備をしていた。

 薫さんの歓迎会と母さんの帰還祝いをすることになったのだ。

 「鈴! そこの料理速く運べよ!」

 エプロン姿の青姉がお玉を振り回して俺に命令する。ドSな料理長だ。

 「は、はい!」

 俺は料理長の命令に従い、料理を持ってリビングに向かった。頭突きの後から青姉の当たりがきつい。

 「ふふふっ、りっくん大変ですね」

 忙しくなく動く俺を見てソファで寛ぐ母さんが笑う。

 「そう思うなら少しは手伝ってよ」

 「あっ、私が手伝います」

 俺が非難すると、母さんではなく隣の薫さんが立ち上がる。

 「か、薫さんは今日の主役なんだから座ってて下さい」

 「でも早希さんの言う通り、鈴君すごく大変そうですよ?」

 「このくらいへっちゃらです」

 心配してくれる薫さんに俺は告げ、自分の胸をドンと叩く。

 「ゴホッ、ゴホッ」

 強く叩き過ぎてせてしまった。

 「だ、大丈夫ですか?」

 薫さんが背中を擦ってくれる。

 「ふふっ、私にだけ手伝えって言った罰ですね」

 俺が苦しむのを見て母さんは楽しそうに微笑を浮かべていた。

 「鈴、なにしてんだ! さっさと戻って来て手伝え!」

 青姉がキッチンから俺を怒鳴る。

 「は、はい!」

 俺はピンと背筋を伸ばして返事をした。

 「それじゃあ私も」

 「きょ、今日は俺が働きますから薫さんはそのまま寛いでて下さい!」

 働こうとする薫さんをソファに座り直させてから俺はキッチンへ戻った。

 「遅い!」

 キッチンに入るとすぐに青姉に叱られる。

 「ご、ごめんなさい!」

 俺は謝罪して食器棚から皿を取り出す。

 「バカ、なにしてんだ! それはこっちに盛り付けろ!」

 「は、はい! すいません!」

 そんな感じで青姉に怒られては謝るを繰り返し、俺は宴会の準備を続けるのだった。

 途中、青姉に怒られたくてわざとミスをしていたことは秘密だ。


 ●●●


 「疲れたぁぁぁぁ」

 全ての準備を終え、母さんによる乾杯の挨拶も終えた後、俺はソファに深く座って脱力している。

 部屋の飾り付けから始まり、料理の盛り付けや調理の手伝いだけでなく、その前のスーパーから家まで大量の荷物運びもやった。配送業者の大変さが今日身に染みてわかったよ。

 俺以外の三人はというと、シャンパングラス片手に立ったまま青姉の作った料理を摘まんでいる。行儀が悪いわけではなく立食形式なのだ。

 横目で三人が楽しそうにしてるのを確認して、俺は嬉しくて微笑む。

 頑張って良かった。

 「りっくんも食べましょう」

 母さんが料理の乗った小皿を手渡してくる。

 「ありがとう」

 俺は受け取り、それをソファの前の机に置いてからお礼を言った

 小皿にはフライドチキンとポテトサラダが盛られている。

 「はむっ」

 俺はフライドチキンを手に取って齧りつく。

 「おいしい」

 皮はパリッとして身はジューシーだ。味付けもシンプルながらどこか深みがあった。

 「青ちゃん、りっくんがフライドチキンをおいしいって言ってますよ」

 母さんは俺がおいしいと言ったことをわざわざ青姉に伝える。

 「そ、そうですか」

 青姉は少し困った様子で頬を掻いていた。

 「ふふっ、青ちゃん可愛いですね。んっ」

 母さんはニヤニヤしながら俺の隣に座り、手に持ったグラスを口につけてシャンパンを飲む。

 その姿は子供がお酒を飲んでいるみたいでついつい止めてしまいそうになった。

 「りっくんも飲みますか?」

 口から離したグラスを俺の方へ突き出して聞いてくる。

 「だ、大丈夫。俺にはこれがあるから」

 俺は目の前の机に置いてあるコップを手に持って言う。中身はオレンジジュースだ。

 「そうですか。可愛い息子と間接キスがしたかったのに残念です」

 「はいはい。残念ですね。全く、ほどほどにしときなよ」

 酔ってバカなことを言う母さんを窘める。

 「むー、息子が冷たいです」

 母さんは不満そうに頬を膨らませてぶーたれていた。

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