ドラゴンの事情


 チカ先輩と暴れないという契約を結んだ後、ドラゴンはようやく解放された。縛られていた部分が窮屈だったのだろう、ググッと翼を広げて伸びをするドラゴン。ちょ、待っ、それだけで風圧がやばいんだけど?


「……契約通り、別に暴れていないからノーカウントなんだろうね」

「いや、そうなのかもしれませんけど、机とか魔法の道具とか散乱しまくってますよ?」


 このドラゴンに教室はどう考えても狭い。かといって外に出すわけにもいかないしままならないな。こりゃ、帰還したあとは片付けに時間を取られそうである。……てかあの魔法具見るからに脆そうなガラス製なのに全く割れてないしヒビすら入ってない。さすがはチカ先輩作である。


「ここって、倉庫?」

「うん、違うよ」


 一方のドラゴンはキョロキョロと辺りを見回して教室内を観察してそんなことを言った。あっさりチカ先輩が否定したけど、よくわからないいろんな道具が置いてあるし、今は散らかってるしでそう思うのも無理はない。道具を置きっぱなしにしたりもしているし、あながち間違いでもない気はするけど黙っておく。


「君も早く帰りたいだろうし、早速だけど、対価を支払ってもらうよ」


 チカ先輩はいつものように、ガガッと音を立てて椅子に座りながらドラゴンに話しかけた。いつのまに淹れたのだろう、紅茶の注がれたカップも手に持っている。


「えっと、お話すれば、いいんだよね? なんでもいいの?」

「お、よく覚えていたね。そう。できれば、ここにくる前の話なんかを聞きたいかな」


 ドラゴンは翼を畳んで伏せ、の姿勢をとった。ふぅ、やっと落ち着いた。正直座った高さだと威圧感がすごい。狭いしね。


「あんまり楽しい話じゃないんだけど、いい?」


 ドラゴンは控えめにそんなことを言う。チカ先輩は、君が話すことで辛くなったりしなければね、と答えた。やっぱり優しいんだよなぁ。それを受けてドラゴンは、大丈夫と答えて話し始めた。対価の支払いが始まったのだ。


「ボクたちドラゴンは、基本的に人里に下りたりしないんだ……平和に暮らしていたいだけなのに、時々、人間がボクらを狩りにくるんだよ」


 ドラゴンは静かに語り始めた。その瞳はとても悲しそうで、どうしてそんなことをするのかという人間に対する不信感が見て取れる。


「ボクらはわざわざ人間を襲ったりはしないよ。でも、平和を荒らす奴は許さない。縄張りを、家族を守るためにドラゴンは戦うんだ。そのために人間を、その……殺してしまうこともあるよ?」


 自分たちにも悪い部分はある、と言いたいのだろうか。でも僕に言わせてみればそれは正当防衛だと思う。勝手に侵入してきて荒らされたらそりゃ戦うし、ドラゴンなんだから加減だって難しいだろう。いちいち気遣って戦ったりなんてできないよな。

 僕だったらある日突然、自宅に不審者が侵入してきて遭遇したらがむしゃらに逃げるなり戦うなりすると思うし。恐怖で動けるかはわかんないけど。仕方ないだろ、僕はただの高校生で、武芸の嗜みだってないんだから。


「ちょっと前に、いつもみたいに人間が襲いかかってきた。ボクたち子どものドラゴンは、一箇所に集まって隠れていたんだけど……ちょっとの隙をついてボクだけ攫われちゃったんだ……」


 ブルリ、とドラゴンが身体を震わせたことで、教室の壁がやや揺れる。壁に寄りかかって寝ていた斗真がバランスを崩し、盛大に床に頭をぶつけて呻いていた。不運なやつ……。

 それにしても、ドラゴン攫いか。子どもを狙って捕まえるなんてほんと、卑怯だよな。生きるための狩りならわからなくもないけど、絶対そんな理由じゃない。まぁ、子どもでこのサイズだから、大人はもっと大きいことが予想される。捕獲するには子どもがちょうどいいんだろうことは予想がついた。でも気持ち的になんかこう、嫌だ。


「すごく怖くて……人間たちはボクを縛って叩いて……あの村を襲えとか、あの人を襲えとか言ってくるんだよ」


 魔法使いの通訳によってそんな指示を出されたという。えぇ、村を襲わせるとかクズかよ。人間が人間を襲うためにドラゴンを利用するなんて。


「ボクは嫌がった。そんな時に、臆病者のドラゴンだって言われて……けどね、言うことを聞かないと、ボクらの仲間がどうなっても知らないぞっていうから……!」


 ドラゴンは悔しそうに目に涙を浮かべた。脅迫かよ! ほんっとどうしようもないな、人間!? 同じ人間として恥ずかしい。僕は思わず感情移入して、ドラゴンと一緒になって怒りを感じていたと思う。


「ボクは、言われた通りに襲った。そうしたら、人間たちはボクを見かけるだけで怖がって逃げたり、怒って襲いかかってきたりするんだ。すごく怖くて、悲しくて……」


 ああ、なんて優しい子なんだろうな。なんだか泣けてくる。見た目がドラゴンだから理解しにくいかもしれないけどさ……でも、見た目で判断したらダメなんだよ。偉そうに人に言えたりはしないんだけどさ。


「一度、違う群れのドラゴンには会えたんだ。助けてって呼んだよ。……でも、お前からは人間の臭いがするって助けてもらえなかった。もし、もしこのまま群に帰っても……追い出されたら……!」


 どうしよう、とドラゴンはさめざめと泣いた。確か、人間の臭いがついただけで子育てしなくなるから、野生の動物には触れちゃいけないって話を聞いたことがある。きっとそれと同じなんだろう。うー、モヤモヤする。

 本当に、人間っていうのは身勝手だ。もちろん、その利用しようとした人間に対する憤りだぞ? ドラゴンは怖い、とか怒って襲う人たちは被害者だし、事情を知らないのだから仕方ない。それもこの子を攫った人間のせいだからな。


「わかった。君には、特別に贈り物をしようと思う」


 そこまで話を聞いて、泣き続けるドラゴンに対してチカ先輩が今までにはない提案をしてきた。え、贈り物? チカ先輩が? 意外すぎてチカ先輩を凝視してしまった。あ、目が痛い。

 目頭を押さえて軽くマッサージしながらチカ先輩を見ていると、教室の棚からサッと首飾りのようなものを取り出し、ドラゴンの首にかけてやっていた。不思議なもので、首からかけるとドラゴンにぴったりのサイズになっている。どんな原理だ。いや、考えたら負けだよな。もちろん、蛍光色だけど、黄緑なので緑の鱗にはピッタリかもしれない。目立つけど。


「翻訳機だ。これを身につけていれば、君の声は人間に伝わる。もちろん、君が伝えたい、と思いながら魔力を込めなければ発動しないから安心して」


 翻訳機か……言葉が伝わるだけでだいぶ違うよな。人間からすると驚異に思えるドラゴンの姿は、言葉がわからないからより恐怖心を増長させてる部分もあると思う。でも、自分たちに攻撃意思はないと伝えられたら? それでも怖がられるかもしれないけど、ドラゴンを攻撃しようと言う人は減るかもしれない。


「人々が、ドラゴンを怖がったり討伐対象として見るのは、知らないからだ。少なくとも、自分はわざわざ人間を襲ったりなんかしないと主張すればいい。信じてもらえるかはわからないが、言うのと言わないのとは全然違うんだ」


 チカ先輩は僕が思っていたような内容をドラゴンに伝えていく。ドラゴンは目をまん丸にして聞き入っていた。


「で、でも、ボクが言うことを聞かなかったら仲間たちが酷い目に……!」

「なんだ、君の仲間はそんなに弱いのかい?」


 先輩が意地悪くそう聞くと、そんなわけないよ! とドラゴンが反論する。


「なら、仲間をもっと信じることだね」

「仲間を……信じる……」


 相変わらず焚きつけるのがうまい。ドラゴンは目から鱗、と言った様子でぽかんとしていた。


「それに、君のことは仲間の元に帰してあげると言ったでしょう。もう、嫌な人間に捕まるんじゃないよ」


 ぼんやりとした様子のドラゴンに対し、チカ先輩が霧吹きのようなものでなにかをドラゴンに吹きかける。それはキラキラと輝いていて、蛍光色で、本当に目が痛いんだけど……悔しいことに綺麗な光景だからうっかり見惚れてしまった。


「これで、人間の臭いも消えただろうから。もう気にすることはないよ」

「……すごぉい。魔女って本当に、なんでもできるんだね!」

「魔法少女だ」


 純粋に驚きながらキラキラした眼差しのドラゴンにも、訂正を忘れない先輩は、やっぱり先輩であった。ってか、ドラゴンに魔法少女って言っても伝わらないんじゃね?


「さて、しかと対価は受け取ったよ。すぐにでも帰すことができるけど、何か言い残したり聞きたいことは?」


 腕を組んで、先輩はドラゴンにそんなことを聞く。ドラゴンは、しばしうーんと唸った後、そうだ! と何かを思いついたように声を上げた。


「捕まっている時にね、ボクを助けようとしてくれる人間もいたんだよ!」

「ほう、それは朗報だな。いい人間もいるんだ、ってことがわかってくれたかな?」

「うん。その人は全然嫌な感じがしなかった。ごめんね、って泣きながら、ボクを逃がそうとあれこれやってくれたんだよ。……どうしても鍵が見つからなくて逃げられなかったんだけど。でも、その気持ちが嬉しかった」


 その人は悪くないのに、なんで泣いていたのかなぁ? とドラゴンは首を傾げている。同じ人間として心苦しく思ったんだろうな。でも、そんな複雑な胸中を子どものドラゴンに理解しろって方が難しいよな。


「あのね、実はボク、お兄さんを見たときから、何となくどこかで会ったような気がするなーって思ってたの」

「え? 僕? それはあり得ないよ。だって僕はまずドラゴンに会ったのが初めてだからね」


 突然、びっくりするようなことを言い出したドラゴン。でも僕はそれを即座に否定した。けど、それにはどうも理由があったようだ。


「もちろん、人違いだってわかったよ。それをさっき思い出したんだ!」


 ドラゴンは嬉しそうに言葉を続けた。


「お兄さんって、そのボクを助けようとしてくれた人に、すっごく似てるんだって!」

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