怪我の功名


「私の住む国では昔、人間以外は人じゃない、みたいなおかしい差別があって。もちろん、今はそんなこともなく、平等に仕事もできるし買い物だってできるんですけど……それでも、古い考えを持つ人っていうのは少なからずいるんです」


 自分たちエルフは、人間と姿が似ていることからそこまでの差別はされていないけど、獣人や見るからに人間とは違うとわかる種族なんかは、いまだに偏った目で見られることも多いのだという。同じ仕事をしていても、人間より給料が少ないだとか、人間以外禁止の職場や店なんかもちらほらあるらしい。なんか、つくづく人間て腐った生き物だなって思ってしまう。


「あ、でも私は人間は好きなんですよ? みんながそんな考えじゃないって知ってますし、優しい人は本当に優しいですから。たくさん助けてくれようと手を差し伸べてくれるのもまた、人間なんです」

「ま、人間は数が多いからね。いろんな人がいるさ。考え方だって千差万別だし」

「あなたがたも、良い人間です。私を助けてくれようとしてくれていますから!」


 なんだかくすぐったいな。それに、そんな大層なやつでもないし……できることなんかほとんどなくて、特に僕や斗真なんかはただこの場にいて話を聞いてやることしかできないんだから。良い人間か、と言われれると自信はない。悪い人間であるとも言えないけど。


「えっと、それでですね。今の王様はそういった差別を廃止しようと動いてくださった素晴らしい方なんです。でもその反面、反発する人も多くて、しかも結構、過激で……」


 なんとなく読めてきた。つまり、現国王を引きずり降ろそうという動きがあるってことだよな? それにしても異世界、こんなんばっかりだ。ルルのとこも差別があったし、ついこの前のゴーストなんかまさにそんないざこざの被害者だったし。まじ怖い。異世界怖い。


「王様が今、体調を崩されているのも……その手の者の仕業なんじゃないかってもっぱらの噂になっているんです……」

「国王が、体調を……?」


 ん? んー? なんだろうこの既視感。あまりにも似てない、か? 異世界っていうから、迷子がやってくるのも、ありとあらゆる世界からくるんだとばかり思っていたけどもしかして。


「ねー、先輩? もしかしてこれまでの迷子ってー、全部同じ世界から来てるんすか?」


 タイミングよく斗真が先輩に質問を投げかけた。僕と全く同じことを考えていたようだ。なんか嫌だ。


「ん? そうだよ? 当たり前でしょう。そんなあらゆる世界と穴が通じていたら、いろんな理が崩壊するよ」

「ほ、崩壊……」

「私だって万能じゃない。もしかしたら他の世界にも穴が空いているかもしれないけど、それを見つけるのは至難の技だし探そうとも思わないよ。ただ、この世界は……」


 そこまで言って、チカ先輩は一度言葉を切る。フッと一瞬、なにかを思い出すかのように目を細めた先輩は、少しだけ悲しげに吐息を吐き出しながら続けた。


「縁が。そう、縁ができてしまったからね。私がどうにかするしか、ないんだ」


 縁、か。思えば、僕らと先輩との間にも縁ができてしまった、と表現していたよな。切っても切れない、運命のようなものていう認識だけど……なんだろう。どこかそれに縛られているように感じた。


「な、なにか事情をしっているのですか?」

「あー、ごめんごめん、話を遮って。前にきた迷子たちも、似たようなことを言っていたから気になっただけなんだー」

「前にも?」


 そうだよー、と言いながら軽い調子で斗真が説明していく。悪魔の子やゴースト。それからフェンリルなど。フェンリルからはそんな話を聞いていないけど、守るんだと意気込んでいた王女様っていうのが今の国王の娘とかそんな感じかもしれない。


「はっ、そういえば、少し前に騎士団長がゴーストになって帰ってきたと大騒ぎになってたような気がします!」

「そうなの? よかったー、ちゃんと戻れたんだねー」


 軽い感じで言うけどさ、斗真。こっちは本当に安心したよ。これまで帰した後のことを知る術はなかったからね。


「ゴーストとなった騎士団長が戻ってきたことで、なんだか動きがあるみたいではあるんですけど……もしかしたら王様が変わって、また私たち人間とは違う種族が差別されるんじゃないかって、みんな怯えていて」


 リアスは引き続き話を始めた。そうか、あのおっさn頑張ってるんだなぁというのが知れて感慨深い。あれほどの覚悟を持ってゴーストになって戻っていったんだ。当然といえば当然だけど、彼がゴーストとなったことは味方に受け入れてもらいつつあるんだなって思ったからさ。


「いつそうなっても良いようにって、大人たちは私たちの住む村全体に強力な結界と隠蔽の魔法をかけたんです」

「あー、なるほど。一気に大量の魔力の放出があったわけか」

「はい……私はその時、その、村からいない方がいいって思い込んでいたから……その……村をこっそり出て行くところで」

「たまたまその魔法を浴びてしまったってとこだね。なるほど、だから狭間に迷い込んだってわけか」


 君はある意味魔力がなくて良かったよ、とチカ先輩はため息を吐いた。え、どういうこと? 僕も含めて斗真とリアスの3人で首を傾げていると、チカ先輩は事も無げに言い放つ。


「少しでも魔力があってその魔法を浴びたなら、君は大ダメージを負っていただろうから。最悪、死んでたんじゃないかな」

「ひっ……!」


 あっさりと言い切るには恐ろしい内容に、リアスは思わず小さく悲鳴をあげた。無理もない。一歩間違っていたら死んでいたとかシャレにならない。


「そ、そういえば、私が出て行く前は誰も家から出ないようにって御触れが……私はそれがチャンスだと思って……」

「うん、今回は本当に良かったよ。ただし、これに懲りたら二度と勝手な真似はしないこと」


 チカ先輩が目を据わらせてリアスに凄むと、彼はコクコクと何度も首を縦に振った。あれだけ脅せばさすがのリアスも言うことをきくだろう。わかるけど、先輩まじで怖い。


「それと、怪我の功名とでもいうべきか……君はそのおかげで新たな力に目覚めているみたいだ」

「え、新たな、力……?」


 チカ先輩はそう言いながらリアスの手を取り、何やら集中して目を閉じた。きっとなにかを調べているんだろう。僕にはわからないけど、たぶん魔法的な何かだろうとは察しがつく。


「うん。たぶん、受けた魔法の影響だね。君は相変わらず魔力はないけど……」

「うっ、やっぱり魔法は使えないんですね……」


 先輩の言葉にまたしても最後まで聞く前に勝手に落ち込むリアス。手を取ったままチカ先輩はそのままリアスに頭突きをかました。ゴッという大きな音がここまで聞こえたけど、それ、先輩も痛かったんじゃ? というほどの見事な頭突きであった。


「いっ、痛……!!」

「話は最後まで聞く。いいね……?」

「ひゃ、ひゃいぃぃ……!」


 至近距離で睨まれ、凄まれ、痛いわ怖いわで泣きそうなリアスだったが、律儀に約束を守り、涙は流さずにいる。お見事だ。


「いいかい? たしかに君は魔法を使えない。けどね、君はあらゆる魔法を跳ね返す体質になったんだよ」

「跳ね返す……?」


 そう、と言いながら先輩はリアスの手を離し、再び椅子に腰掛けた。ガガッと椅子の音がする。


「たぶん、かけられた魔法も無力化できると思うよ。そう望めばね。これはある意味で君だけの魔法と言えるけど、要するに魔力を一切受け付けないわけだから魔法は使えない」

「よ、喜んでいいのかどうなのかわからない気分です……!」


 喜ぶべきだろう、とチカ先輩は驚いたように目を見開いた。僕も、そう思う。だって、これまで自分に何もできないと思っていたわけでしょ? でも、その体質によってできることが増えた。というか、リアスにしかできないことが出てきたってことなんだから。


「受け入れたいと思えば魔法も受け入れられる。治療とかね。でも、攻撃の魔法は一切君には通じないってことさ。かけられた隠蔽の魔法や、幻術なんかも効かない。君にしかできないことが探せばいくらでもあるってことだ。それでも、喜べない?」

「え? えっと、えっと……」


 説明を聞きながらも、やはりまだどこか戸惑っているようだ。僕もそっと後押しをするべ口を開く。


「エルフとして、魔法が使えないっていうのはたしかに君にとっては辛いかもしれない。でも、村の誰にもできないことがリアスにはできるんだ。君だけだみんなを守ってあげられることだって、あるはずだよ?」

「わ、私が、みんなを……?」


 魔法のことも、その体質のことも、僕には結局のところよくわからないけれど……でも、力というのは使いようなんだ。どんな才能だって、使い方次第でいくらでも道は開けるものだ。可能性は無限にある。


「帰ったら自分の力を確かめるといいよ。何が出来るか、出来ないか。その力をどう使えば良いか。仲間たちにも相談してみたらいいんじゃないかな?」

「そーそー。出来ないことはダメなことじゃないんだぞー。どうしたって出来ないことに目を向けるより、出来ることを見つめ直すのは大事なことっ」

「……トーマに出来ることってあったっけ」

「酷ぇ!」


 お前はいつも俺に対して冷たい、だのギャーギャー喚く斗真の叫びをいつも通りスルーしていると、突然リアスがクスクスと笑い始めた。思わず2人揃ってリアスの方に振り向いた。


「仲が良いんですね」

「良くないよ」

「良いんだよ! 昔から一緒にいるんだーっておい王子、仲良いだろうがよ、俺ら」

「意見の相違だな」


 なんてことを言うんだ。こいつが絡んでくるから側から見れば仲よさそうに見えるのかもしれないけど。腐れ縁なだけで、仲は別に良くないからな。


「ふふ、なんだか元気が出ました。そう、ですよね。私に出来ること……それが見つかったんだから、私はがんばれそうです」


 不本意ではあったけど、リアスが前向きになれたのなら良かったと思うとしよう。斗真と仲良しってのは認めないけどな!

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