第10話 俺の邪魔をするな

 俺の人生はいままさに最高潮にある。生井にはその実感が確かにあった。


 自分を止められる者は誰もいない。何故なら生井の能力は最強だからだ。生きている奴は、生井が手に入れた異能力に対抗することができない。そういう生井の異能力はそういう力なのだ。この能力を使えば、この街でお高くとまっている異能力者どもだって簡単に殺せる。それを思うだけで、言いようのないほど気分が高揚した。


 力を持つというのはなんて素晴らしいことなのだろう。心からそう思った。この東京で生きていくには力が必要だ。力のないものは搾取されるしかない。異能力を得た生井は、もうすでに力に怯え、搾取されるしかない側ではなくなった。自分は奪い、殺し、搾取をする側になったのだ。このクソみたいな街では、異能力者は絶対的な存在なのだから。


 今日はなにをしてやろう? 生井はあたりを見回しながら、自分の餌食になるクズを見定めていく。どういう風に追い詰めてやれば醜い本性を見せ、それから絶望して死んでいくのかを考える。その点から考えると、昨日の奴らは最高だった。人数がいるからいい気になっているところを、叩き落としてやった。ただ痛めつけただけではああドラマチックな展開は望めないのだ。できれば、ああいう奴らが望ましい。どこかに、そんな馬鹿がいないだろうか?


 あたりにはいるのはアホ丸出しの連中ばかりだ。この力が支配する東京という街で、力に怯えながらクソみたいに暮らしている連中。はじめから怯えている連中を痛めつけても面白さに欠ける。ただ、痛めつけたところでドラマは望めない。醜い本性を吐き出させた挙げ句、絶望の淵に突き落とすには、それなりのシナリオが必要なのだ。


 どうしてやろう? そんなことを考えながら雑踏を進んでいると、あることを思いついた。


 天啓を得た生井は足を止める。そして――


「ぎゃああああああ!」


 適当に見定めた人間に火を点けた。


 それなりに人通りのある場所で、いきなり発火したのを見て、馬鹿どもはざわめき出した。ひな鳥みたいな鳴き声を上げているものもいる。なかなか愉快な光景だった。


 もう一人、生井は適当に見定めた人間に火を点ける。二人目が燃え出すと、今度は大混乱が始まった。やっぱり、燃やすのは最高だ。凍らすよりいい。


 混乱が渦巻く中、生井は再び歩き出して、三人目、四人目、五人目に火を点けていく。燃える脂の匂いが心地よかった。


 多少平和だった街並みは、一気に混沌の渦に包まれた。絶叫、絶叫、絶叫。あたりを満たすのはこの混乱を巻き起こした生井を讃えるかのような絶叫の嵐。なんて愉快な光景だ。


 たった五人に火を点けただけなのに、随分と愉快になった。もう少し趣向を凝らしてみよう。六人目は、一気に全身を発火させるのではなく、足に狙いをつけた。足を燃やされた男は、のたうち回りながら叫び声をあげている。もっとだ。もっと叫び声を上げて、俺を讃えろ。そうしないと、次に燃えるのはお前だぞ。


 七人目、八人目の足を燃やしていく。足を燃やされた奴の末路は実に愉快だった。逃げることもできず、燃えて燃えて燃えて、苦しみながら死んでいく。


 だがどうせ、ここにいる連中などたいした価値もない連中ばかりだ。生井のように異能力もない持たざる者たちでしかない。そんな連中、いくら死んだところでなんだというのだ。生井の愉悦の糧になれて死ねるだけ燃えた連中は光栄である。奴らは、誰かを愉悦させることすらできなかった連中なのだから。


 九人目を燃やした。今度は片足にしてみた。片足でも結果は同じだ。いずれ全身に届く炎に焼かれ、苦しみながら死んでいく。片方が無事なのだから、もう少しあがいてみせろよと思う。


 さて、次は十人目だ。もっともっと色んな奴らを燃やして、混乱を拡大させてやろう。この東京を、自分を讃える声で埋め尽くしてやる。そんなことに思いを馳せながら、十人目に火を点けた。


「……あ?」


 十人目は、何故か火が点かなかった。生井が狙いを定めたのは、自分とそれほど変わらない歳と思われる、病人のような顔色をした若い男だった。


「ふーん。火を点ける能力ってわけか? 俺に火を点けられなかったところを見ると、ただ発火させるってわけじゃなさそうだけど」


 混乱で右往左往するゴミをかき分けながら、その男は生井に向かってくる。その歩みには迷いがなかった。


 生井は混乱に襲われていた。何故、あいつは燃えていないのだ。間違いなく、燃やしてやったはずなのに、どういうわけか燃えていない。なにが、どうなっている。


「それにしてもここの連中って抑圧されてるよなあ。ちょっと特別な力を手に入れた途端これだもん。異能力なんてなけりゃそれでいいもんだと思うんだけどな」


 若い男はなおも近づいてくる。その歩みに、恐れはない。いや、それどころか、生井の異能力に警戒する素振りすらなかった。


「いや、それは持っている奴の理論なのかな。まあいいや。どっちでも。俺には関係ないし」


 かさかさかさ、という音が聞こえてきた。見ると、白いなにかが地面を這い進みながら生井の足もとを覆っていた。


「てめえ……異能力者か?」


 生井は若い男に怒鳴り声を上げた。だが、生井の脅しに、まったく応える様子はない。


「そうだけど。だからなに?」


 若い男は飄々とした態度で生井の質問に質問で返してきた。そのあまりにも無礼な態度に、生井のボルテージは上がっていく。


「俺の邪魔をして、どうなるかわかってんだろうなあ?」


 俺は異能力者だ。異能力を持つ俺に、逆らうなど微塵も許されない。ふつふつと、生井の中にこの若い男に対する殺意が湧き上がってくる。


「さあ知らない。どうなるの?」


 やってみろよ、と言うように、生井に対し挑発するかのような若い男。生井のボルテージはさらに上がった。


「舐めてんじゃねえぞ、このクソガキが!」


 生井はさらなる力を込めて、若い男に働きかける。しかし、いくら力を込めても、若者は燃え上がる様子はない。


「くそ……どうなってやがる」


 一向に燃え上がる様子のない若い男を見て、生井の焦りは加速していく。


 なにが、どうなっている?


 生井の異能力は生体に作用する力である。人間であるならば、生井の能力には絶対に敵わないのだ。生井が念じるだけで、狙った相手は燃えて、凍る。そのはず、なのに――


 そこまで考えたところで、自分の足もとに這い上がってきた白いなにかのことを思い出した。白いなにかは、生井の足を拘束しようとしていた。それを見た生井の怒りは爆発する。自分の足の温度を急上昇させ、白い何かを一気に溶かし尽くす。


「へえ、そんなこともできるんだ。便利なもんだね」


「ふざけてんじゃねえぞてめえ!」


 生井は近くにいた中年の女をつかんで、若い男に投げつけた。中年女は空中で発火し、若い男を炎に飲み込んでいく。


「はは、燃えろ燃えろ」


 これで終わりだ。あれだけの炎に襲われれば、生きているわけが――


「で、これで終わり?」


 しかし、あの若い男はそう言って、真っ赤に輝く炎の中から、平然と姿を現した。それを見て、生井は驚愕するしかない。


 なにが、どうなっている? 奴はいま燃えたのではなかったか? 燃やされて死なない生物などいるはずがない。奴の異能力で防御したのか? わからない。その異様なまでのわからなさが、生井の中にあった常識が壊れていくような気がした。


「もう終わりならそろそろこっちからも行くけど。ちょっと話を訊きたいんだ。大人しくしててくれない?」


「ほざくなこのガキが!」


 怒りの限界を超えた生井は、視界に入っている人間すべてを燃やし、この場を焦土に変えた。

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