第4話 商業ギルドに行こう

 “白い泉”

 これが宿の名前だった。街の東に澄んだ泉があって、夜明け頃によく濃い朝もやがかかる。スニアス湖といい、宿を建てた先代が好きだったそうだ。


 アレシアが荷馬車を共同の馬車小屋に入れに行っている間に、キアラと一緒に宿に入る。

「こんにちは、女将さん!いつものお部屋空いてますか?あと、イリヤお姉ちゃんたちのお部屋も……」

「キアラちゃん、お帰り!無事で良かったわ。お部屋は空いてるから、大丈夫だよ。お客さんも連れて来てくれたのね、ありがとう」


 四十歳くらいだろうか。短い薄茶色の髪、柔らかそうな黄緑のトレーナーの上からエプロンをかけてた女将さんは、こちらを見てにこりと笑った。

「あら! すッごい美形さん……!! 偉いわキアラちゃん、こんなカッコイイ人が泊まってくれるなんて!」


 ……ベリアルですね、そうですね。

 一瞬、美形と褒められたと思った自分が憎いわ。ベリアルはまんざらでもなさそうな表情で女将さんに近づくと、手をスッととって指先に軽く口付けをし、

「正直なご婦人であるな。我にはこの宿で、最も高価なシングルルームを用意するように」

と、ルビーを思わせる双眸で相手の目を見つめ、ニヤリと口端で笑った。

「も……勿論でございますうぅ……!!」

 女将さんはもう真っ赤になっている。確かに顔はとても整っているので、間近で見つめられたら破壊力は相当なものだろう。しかし、高価って……お金払うの私なんですけど! 現在、絶賛無職なんですけど……!

 あとから来たアレシアは有頂天になっている女将さんを不思議そうに眺めて、一階にあるツインルームへ妹のキアラと向かった。


 私の部屋は二階だ。角にベリアル、隣が私と並んでいる。角の方が景色が良く、部屋も広めらしい。高価と言っても、値段は他より少し高いだけだった。

 部屋には扉の脇にクローゼットと棚があり、大きめな金庫も置いてある。清潔なベッド、テーブルとイス、荷物を置く為の台。洗面台は共同で二階にもあるが、シャワーは一階のみ。ちなみにシャワーは別料金らしい。


 というかベリアルは地獄に帰れば宮殿があるので、別に宿を取る必要などないのに。必要な時に召喚すればいいのだけれど、地獄に居るのも飽きたから人間で遊びたいと言っていた。勿論、人間で遊ぶというのは控えてもらうよう伝えてある。

 これからは二人分の生活費を稼ぐのね……!

 休んでいる場合じゃない! 商品を作って売らねば……!


 

 宿を出て町の中心部に向かうと、建物がだんだんと密集して人通りも多くなる。中には獣人もチラホラ混ざって見える。

「あの大きな交差点の手前にあるのが、商業ギルドです」

 アレシアに案内してもらって進めば、石造りの立派な建物が存在を現した。入口に掲げられた丸い看板は五角形の図があって、中に十字が書かれていた。図の下には商業ギルドとの表記もある。ちなみに五角形は指の数だそうだ。

「こんにちは~」

 元気なアレシアの声に続いて、私もギルドの扉を潜った。今は二人だけで行動している。


 正面に受付があり、女性が二人カウンターに立っている。同じ淡い黄色のシャツにカーキ色のベストを着用していた。

「こんにちは。本日はどういった御用件ですか?」

 水色の髪の女性の前にアレシアが向かう。私と同じくらいの年齢に見える。

「あの、こちらのイリヤさんが魔法薬やポーションを作って、私が売ろうと思ってるんですけど……」

「まあ、それは助かりますわ。最近は冒険者の方が増えて、色々と品薄になりがちなんです」

 女性は嬉しそうに手を胸の前で合わせた。


「見本はお持ちですか?」

「いえ、この街には先日到着したばかりです。取り急ぎポーション作製に必要とする材料の入手方法について、伺いたく参りました」

 仕事と思うと、余計緊張するなあ……。受付の女性も、人懐っこいアレシアに対応する様子と比べて、私に対しては少し身構えたように思える。


「材料ですね、方法は色々ありますが……、当ギルドでは登録している会員の方しか売買はできません。ですが、販売店を紹介することができます。足りないもの、取り扱いのないものは冒険者ギルドに依頼としてお願いすることもできます。この場合は期限を自分で設け、前金として半額をギルドに収めることになります。」

「……私が自ら採取することは可能でしょうか?その場合の制限や禁止事項、可能であれば薬草の採取場所などをご教授頂けると幸いです。」

 受付嬢はさっきより高い声でハイ、と頷いてカウンターの下や後ろにある棚から、何枚かの紙を取り出した。


 その中からまず、街の地図らしきものを広げて人差し指で示しながら説明を始める。

「こちらがこのレナントの街の地図です。看板と同じシンボルが書いてあるのが現在居る商業ギルド、大通りを挟んで向かい側が冒険者ギルドです。建物を出て頂ければ、すぐに確認することができます。」

 受付嬢はカウンターの上にあるペン立てから赤ペンをとり、商業ギルドと書かれた文字の下に線を引いた。

 指先はさらに通りの下に向かう。


「この水色のラインで塗られているある辺りに商店が集まっていて、こちらの黄色のラインはギルド会員になると有料ですが露店を出せる区域です。こちらの裏通りにも露店が並んでいますが、違法なものや粗悪品があるのでご注意ください。」

 そこまで説明して、裏面をめくって見せる。

「商店に振ってあった番号は、裏面で確認できます。お店の名前と、主な取り扱い商品が書かれていますので、こちらを参考にして下さい。また、購入の際のトラブルや困った事がありましたら、当ギルドにてご相談を承っております。」


「それから……」

 説明してくれていた地図をキレイに折りたたんで、次の紙を広げた。そこには周辺の地図が描かれていた。

「こちらは周辺図です。採取できる素材、出現モンスターなどが簡単にですが書かれています。詳しい場所については個人が秘密の採取場所などを持っていたりするので、ご自身で探して頂くしかないでしょう。魔物などについて、もし書かれていない強い魔物に遭遇した場合は、ギルドや警備兵に報告して下さい。こちらは皆の安全の為に、ご協力をお願いしています」

「了解いたしました」

 私が頷くのを確認して、この地図もキレイにたたまれていく。そしてもう一枚はこの国の簡略化された地図で、こちらも一緒に纏めてくれた。


 さらに商業ギルド、冒険者ギルドに関する書類も簡単に説明を受ける。商業ギルドへの入会申込書や入会後の案内、そして“ギルドって何ができるの?”というタイトルの、初心者向けのギルド利用案内もあった。

 冒険者ギルドの書類には、採取に行く時に護衛を雇う為のノウハウのようなものが書いている。冒険者のランクによる値段の変化、採取時の食事や宿泊についてなど、トラブルの元になりそうな事柄の基本契約事項が網羅されている。確かにこれが最初から分かっていると有り難い。

 まあ、冒険者を雇う事はないと思うけれど、それを言う必要もない。


「ご丁寧にありがとうございます、参考にさせて頂きます。ポーションを作製しましたら、申請に参りたいと思います」

「は、はい。いつでもお待ちしています。あと、もう一つ……、当ギルドの会員には、通常のギルド会員登録と、職人登録の二種類がございます。職人登録というのは、講習を受けてテストをするか、既定のアイテムを提出して効能が認められれば、ギルドが認定した職人という事になり、売買がスムーズになります。こちらは通常・上級・マイスターと三ランクあります。アイテムを作製されるんでしたら、是非ご検討ください」

「なるほど。善処いたします」


 そしてお互いにお辞儀をして、話は終了した。とても有意義だったと思う。特にこの丁寧な資料は有り難たい!

 しかしアレシアには

「なんか……すっごい二人とも固かったです……」

と、まじまじと見つめられた。

「仕事だとこんなもの……じゃないんでしょうかね? 初対面ですし」

「いえ、あの人は丁寧だけど親しみやすい、もっと砕けた感じの話しやすい人ですよ?」

「あら?」


 後に受付の女性はこの時のことを、「やたら固くて丁寧で礼儀正しくて……、貴族に関係ある人か、ギルド上層部の抜き打ち接客テストだと思ってものすごく緊張した」と、語ったという。

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