第26話 不動産屋?の情報

「お、お客ささま、店長と相談しますので少しお待ちください」

 営業マンは首を傾げながら、奥の部屋へ入って行った。

 すると、店の中央にある応接ソファーに座っていた一人の婦人が立ち上がり、路子の所へやって来た。

「こんにちわ」

 四〇才ぐらいの婦人に声を掛けられた路子は、首を振ってその婦人を見上げる。その身なりは質素な服装でふくよかな顔をしているが、首に掛けられたネックレスが高級品であることを路子はすぐに気づいた様だ。

「あら、なんでしょう? 奥様」

「あなた方はこの辺のお部屋を探していらっしゃるのでしょう?」

「ええ、まあ」

「あそこの家はやめた方がいいわよ」

 路子はいきなり変な事を言う人だという目で婦人を見たが、あの家の情報が聞けると思い直した様ですぐに愛想笑いをしている。

「おほほ、奥様はあの家のこと何かご存じなのですか?」

「そうなのよ、あそこのすぐ近くにアパートを持ってるの、私」

「あの家のどこが良くないのですか?」

「それがねえ、大きい声では言えないけど、呪われている家なの」

 夫人は右手を口に当てながら、小さい声で話しかけて来た。路子はいい情報源が転がりこんで来たと思ったのだろう、目をパチパチさせている。

「奥様、くわしく教えてくださいますか?」

「その前に私のアパートの説明を聞いて欲しいのよ、一部屋開いているものですから。あなたたち、ご新婚さんなんでしょう?」

 それを聞いた路子と啓太は顔を合わせる。この婦人の話の展開をどうするのかお互いに迷っている様であったが、路子はウインクで合図する。

「はい、来月結婚するんです僕たち」

「ええ、できるだけ新しい所を探してますのよ」

「路子、どんなお部屋か聞いてみようか?」

「おほほほ、私は一軒家がいいって言ってたでしょう? 隣の人の音が聞こえないから」

「うちのアパートの防音は完璧よ、ちょっと行ってみない?」


 そこへ、さっきの営業マンが戻って来た。


「あれ、小暮さん。またですか? 商売のじゃまをしないでくださいよう」

「む、あなたに任せていたら、いつまでたっても部屋が埋まらないじゃないの。もう三か月以上も空いているのよ!」

「はいはい、わかりました。とにかくそちらのソファーでお待ちになってください、あとでお話を伺いますから」

「わかったわよ」

 婦人は不満げな表情のまま、応接の所へ戻って行った。

「お客様、大変失礼いたしました」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「売り主様とはまだ確認が取れておりませんが、店長が先方に賃貸を勧めると言っておりました。また、ガレージの扉の件ですが、車庫入れをしたときにぶつけた扉を取り外したと聞いています。いつごろのご入居予定でしょうか?」

「来月ですけど、お家賃はおいくらになるの?」

「今すぐに答えられませんが、明後日までに書類を用意いたします。ご連絡先をお教えて下さいますか?」

「それなら明後日にまた来ますわ」

 路子はすっと立ち上がって、啓太の腕を引っ張る。

「それでは、ごめんあそばせ」

 と言いながら店を出ようと振り向くと、ソファーに座っている夫人の前に立った。それに気づいた婦人が目を合わせると、駐車場のある場所に二回ほど目配せをする。夫人が小さく頷いたのを確認してから、啓太と共に店を出た。

 路子と啓太が駐車場に置いてある車の前で待っていると、程なくして婦人がやって来た。

「あーら、随分変わった車でいらしたのね?」

「奥様のアパートのお部屋を拝見したいので、お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「もちろんよ、私の車に付いて来て」

 婦人は駐車場の一番奥に止めてあるグレーの高級セダンの施錠をリモコンで開けながら近づいて行く、路子たちは丸っこい車に急いで乗り込んだ。

 婦人の乗る高級セダンが走り出して駐車場を出て行くと、路子たちもその車の後を追っていった。

 不動産屋から五、六分程走ったところで停車した婦人の車は、さっき路子たちが調べていた『ボーヌング・コグレ』の目の前だった。

「あら、このアパートだったの?」

「さっきの不動産屋の営業マンがあのご婦人のことを、小暮さんって言ってましたよね」

「私たちラッキーね、小暮さんにいろんな話が聞けるわよ」

「それじゃあ、婚約者の役を続けるってことですか?」

「そうよ、ばれないように上手く芝居して頂だいね。啓太さん」

 路子は目を閉じて横を向くと唇を前に出した。啓太はこのチャンスを逃せば後悔すると思ったのか素早く横を向いて、路子の左肩に手を伸ばそうとしたその時、

 ――コンコン。

 運転席の窓ガラスを叩く音がした。

「このアパートですよ」

 啓太は慌てて正面を向き直す、路子は窓ガラスに顔を向けた。

「はい、今降りますわ」

 路子はエンジンを止めてキーを抜き、外に出る。啓太は気の抜けた表情で、しばし助手席にもたれかかっていた。

「啓太さん、早く降りてね」

「……路子、今出るよ」

「お二人はとても仲が良いのね、羨ましいわ」

 啓太が外に出て路子の横に並ぶと、

「この『ボーヌング・コグレ』が私のアパートです。私は小暮理恵と申します、どうぞよろしく」

「私は椿坂路子と申します」

「僕は釘丸圭太です」

「姉さん女房になるのかしら?」

「ええ、まあ」

「お二人は美男美女でお似合いの夫婦になるわよ、きっと」

「は、はい。ありがとうございます」

「このアパートもまだ新しいでしょう、早速お部屋にご案内しますわ」

 小暮がアパートの入り口へ歩き出すと、路子は咄嗟に左腕を啓太の左わきに差し込んで、腕を組んでから後を追った。


 路子たちが案内されたのは、アパートの二階の角部屋である。

「このお部屋よ」

 と言いながらマスターキーを取り出して鍵を開け、ドアを引きながら中へ入って行った。その部屋は六〇平米ほどの2LDKで、入るとすぐに廊下の扉がある。その扉を開けて中に入ると、突き当りは広々としたダイニングとリビングで、ベランダも見える。廊下の左側にキッチンが右側には和室があった。

「どう、広くて見晴らしもいいでしょう、このお部屋」

「ベランダは南向きですか?」

「そうよ、日当たりもいいわよ」

「路子、ここ良さそうな部屋だね」

「そうねえ、ただお隣の音が気になるわ」

「どうしてそんなに音を気にするの」

「だって私、静かな所でないと眠れないのよ」

「うーん、そうなんだ」

「椿坂さん、このアパートの壁は厚くて防音対策もしてあるわよ」

「ここの隣に住んでる方ってどの様な方ですか?」

「独身のサラリーマンで電機メーカーに勤めている真面目な方よ」

「お名前は?」

「柳さんって言う方よ」

「……ああ、そうですか」

 路子は『しめた!』という顔をしている。

「お知り合いですか?」

 路子が少し驚いた様子を見て、小暮は不審に思った様だ。

「いえ、どんな方が住んでいらっしゃるのかなあと」

「路子、そんなに心配だったら一度ここに泊めさせて頂いて、音を確認してみたらどう?」

「そうね、啓太さん。あのー奥様、一晩だけお泊りしてもいいかしら」

「そんなに音をお気になさるのでしたら、構いませんよ」

「え、本当ですか?」

「ちょっと掃除しないといけないわね、明日かあさってでいいかしら」

「はい、ありがとうございます。良かったな路子」

「でも、あの一軒家のことも気になるのよねえ」

「私はここの一階に住んでるから、あの家の事を良く知っているわよ」


「小暮さん、あの家のどこが呪われているんですか?」

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