第24話 フルーツの代償
「椿坂さま、なんでそんなに驚いているんですか。渋山町に誰かお知り合いでもいるんですか?」
前川が不審そうな顔をする。すると、
「はい、ピンクの子……痛い!」
前川たち三人は、啓太の叫び声に驚いている。路子が啓太の足を思いっ切り踏んだのだ。
「何でもありませんのよ、おほほほほ」
「ピンクの子ってなんですか?」
「ピピ、ピンクの中古車を探しているんですのよ、ねえ啓太」
「は、はい、今乗っている車は車内が狭くて……渋山町の中古車販売店を……」
「あそこに中古車販売店なんかあったかなあ、新しく出来た町だけど」
「そ、そんな事より、里中さんはマイホームを建てたばかりの時に会社を辞めて秩父へ引っ越してしまったんですか」
「そうなんです、先輩は今回のタブレットの開発を着手するときには『俺がこのタブレットで業績をあげて会社を立て直してやる』って意気込んでいたのに、急に辞めちゃったんです」
「何があったのかしら、安田さんは知ってるんでしょう?」
「……ご家庭の事情があった様です」
奈々子は下を向いたまま喋っている。
「どんな事情なのよ」
「詳しい事は知りません」
路子は、奈々子が里中の家庭の事情を良く知っている筈だが、まだ突っ込んだ話をしない様だ。
「ところで里中さんと早川さんの関係はどの様なものでしたの?」
「喧嘩する前の二人の関係はとても良かったと思いますよ」
「どうしてなの前川さん?」
「早川部長は里中さんが入社した時から大変目をかけていて、難しい仕事は全て里中さんにやらせていました。彼も早川さんの事を慕っていましたし、早川さんの家の近くに自分の家を建てたんですよ」
「あらまあ、早川さんも渋山町に住んでいるの」
「そうですけど」
「だいたいの話はわかったわ。前川さんと南野さんは職場へ戻っていいわよ、ただし安田さんはもう少しここに残ってね」
奈々子はハッとして顔をあげた。前川と南野は席を立った。
「椿坂さま、面談が終わりましたらご連絡ください」
「あのー、プリント配線板の調査報告書は出さなくてもいいですかね?」
「それはちゃんと提出してください。障害が無かった事の証明になりますから」
「はい、わかりました」
前川と南野は去って行った、一人残った奈々子は肩幅を狭め増々身を固くしてうつむいている。
「あなた、コーヒーと紅茶どっちが好き?」
「コーヒーですけど……」
「啓太、コーヒーを買ってきて」
「はい、わかりました」
啓太は席を立ってコーヒーを買いに行った。
「ところで安田さん、あなたフルーツ好きでしょ?」
奈々子は路子の意外な質問に戸惑っている。
「果物は良く食べますけど、それが何か?」
「あんたパパイヤが大好きなんでしょ?」
奈々子は路子が何を言っているのか、わからない様だ首を傾げている。
「この前ラボトライ社へ行った後、あんたが三〇〇〇円のパパイヤを食べに行った事を知ってるのよ私は」
それを聞いた奈々子はみるみるうちに耳が赤くなる。里中と一緒に行った秩父のラブホテルの部屋が、パパイヤルームだった事を思い出したのだ。
「な、なんで知っているんですか!」
「里中さんとあんたの行動が怪しかったから後をつけたのよ」
「いやーん」
奈々子は腕を組んでテーブルに置くと、おでこを腕の上に載せ、わなわなと震えている。明らかに動揺している奈々子の姿をしり目に、路子はさらに追い打ちをかける様だ。
「悪いけど、あの部屋に二人で入った証拠を持っているわ」
「うえーん……」
「泣いたってだめよ、他の人に知られたくなかったら私の質問に全部答えなさい」
その時、啓太が紙パックのコーヒーを二つ持って帰って来た。
「あららロコさま、また安田さんを泣かしちゃったんですか」
「ここから大事な話を聞くんだから、啓太も座りなさい」
そう言いながら、路子は胸の内ポケットの中にあるボイスレコーダーのスイッチを入れる。啓太はコーヒーをテーブルに置くと奈々子の隣に座り声を掛けた。
「安田さん、大丈夫ですか?」
「うううっ」
「安田さんの証言がこの事件の解決にどうしても必要なんです。どうか話してください……お願いします」
啓太は奈々子の耳元にやさしく囁く。
「……はい、わかりました」
奈々子はもう話すしかないと腹をくくった様だ、涙をぬぐいながら顔をあげた。
「それでは安田さん、里中さんとはいつから親しくなったの?」
「一年前からです」
「きっかけは何?」
「彼と二人で夜遅くまで仕事をする事が多かったので……」
「あなたも旦那さんがいるんでしょう?」
「うちの主人はダメな人間で、仕事もしないでギャンブルをやったり酒を飲んだりしてるんです」
「里中さんは優しかったのね」
「ええ、仕事の帰りに飲みに誘われた時、うちの主人の愚痴を漏らしてしまったらとても優しく慰めてくれて、このまま帰りたくないと思ったんです」
「里中さんにも奥さんがいるわよね」
「はいそうですが、新しい家を建てたのに、いつも帰りが遅いので喧嘩ばかりしているって言ってました」
「里中さんのご家庭の事情って、奥さんと仲が悪かった事かしら」
「いいえそうではありません」
「何が原因なの?」
「娘さんの事で問題が起きたんです」
「あなた、どんな問題が起きたか知ってるの?」
「はい、中学校のいじめ問題に巻き込まれたって言っていました」
「え、いじめ問題! 娘さんがいじめられていたって事?」
「いいえ違います、その逆の様です。そのいじめにあった子は自殺未遂したんです」
「でも早川さんの娘さんは転校してきたばかりよね、それなのに誰かをいじめるっておかしいわ」
「実は早川部長の娘さんも同じ学校に通っていてお友達になったそうですが、早川部長の娘さんは不良グループのリーダーだったようです」
「あらまあ、それで早川さんと何か問題を起こしたのね」
「それから、里中さんの娘さんがいじめの主犯だって騒ぎになって、奥さんもノイローゼになってしまったと言っていました」
「なるほど、段々話が見えて来たわ。ところで里中さんはわざとタブレット火災を起こしたんじゃないの?」
「……知りません」
「あなたもそれを手伝ったんでしょ?」
「……」
「しゃべらないと、パパイヤの証拠を旦那に見せるわよ。あんた、それでもいいの?」
路子は啓太に目配せする。啓太はその意味を理解した様だ。
「まあまあロコさま、そんなに怒鳴らないでください。安田さん、うちの会社はこの案件を警察に持ち込まないで解決しようとしているんです。その為には事実を正確に調べた上で、この事案に関わった方々が納得のいく解決を見出そうとしているんです。早く解決すればするほど被害を最小にできるんですよ」
「……わかりました、話します。彼に頼まれてソフトを改ざんしました」
「どんな改ざんよ」
「CPUの温度上昇信号が入力されたらメッセージを出して、その確認信号を3Dユニットに送信するように変更しました。それと、タブレットの位置情報を里中さんが見れるようにしました」
「タブレットが燃える事は知っていたの?」
「ええ、知っていました。でもちょっと煙が出るだけだって言っていたので、あんなふうに火をふくとは思っていませんでした」
「里中さんは何故タブレットに細工をしたの?」
「復讐だって言ってました」
「誰に対する復讐なのよ」
路子は語気を強めた。
「……それだけは教えてくれませんでした」
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