第21話 中華レストラン
タクシーの運転手は一瞬ピクッと肩を揺らしたが、路子の言われるままに数台の車をやり過ごしてから左のウインカーを出す。車を少し発進させるといきなりハンドルを切り、強引と思われる寄せ方で車と車の間に割り込んだ。
「警察の方ですか?」
「はい、そっち方面の者です」
路子は即座にきっぱりと答えた。横に座っている啓太は思わず路子の顔を見る。
「ロコ…… 椿坂さん、前の車は何処へ行くんですかね」
「釘丸さん、私にはさっぱり見当がつかないわ」
「例の男の位置情報は動いていますか?」
路子はハッと気が付いて、すぐさまスマホのアプリを確認する。
「あら、まだあのビルにいるわよ」
「すると、前の車の早川さんと同乗しているのは誰なんですか?」
「誰かしら、とにかく彼らの後を追って確認したいわ。謎が深まって訳がわからなくなるのが嫌なのよ」
「早川さんがスンファン電子と接触しているなんて、どう考えてもおかしいですよね。タブレット開発の総責任者なんだから」
「彼が柳さんを知らないと言ったのはうそだったのかしら」
「この事件、こんがらがってきましたね」
「もーっ、調べる事が増えるばかりだわ、嫌だわー」
と言いながらも路子の目は、猫がネズミを捕らえる時の様に目を見開いて前方の車を追っている。問題が複雑になればなるほどやる気が出てくるようだ。
二、三〇分走行した後、黒塗りのクラ〇ン車は高級ホテルの車寄せに入ろうと右のウインカーを出しているのが見えた。
「お客さん、あそこのホテルに入る様ですが、この車も入りますか?」
「運転手さん、その入り口を通り過ぎてから止まってください」
黒塗りの車はホテルに入り、路子たちが乗っているタクシーはそこから五〇メートル程先で停車する。二人は料金を払い終えると早川たちを見失うまいと、走ってホテルの入り口へ急いぐ。ホテルの玄関に辿り着き自動ドアを開けた時、早川がエレベーターに乗っているのが見えた。
「ロコさま、エレベーターの所にいますよ」
「見つかって良かったわ、早く行きましょう」
路子と啓太は早川の後を追う、早川ともう一人の男はホテルの二階にある中華料理店に入って行く。それを見た路子はレストランの前で一旦立ち止まり、店の入り口前にあるスタンドの上に置いてあったメニューをめくり始めた。
「あらまあ、ここのレストランずいぶん高いわね。ラーメン一杯が二四〇〇円もするわ」
「ここは都内でも有名な中華レストランですよ」
「うーん、どうしても彼らの話が聞きたいわ。仕方ないわ入りましょ」
「やったー」
二人がレストランの自動ドアを通り抜けると、紺色の生地に濃淡のある赤い花柄をあしらった半袖でスリットの深いチャイナドレスを着た女性店員がやって来た。
「いらっしゃいませ、お席は予約されていますか?」
「いいえ、予約してないわ」
「本日は沢山の予約がございます。お席が空いているかどうか確認いたしますので少々お待ちください」
女性店員は店の奥へ戻ろうとした。
「あら、あなたのチャイナドレスとても素敵ね、すごく似合ってるわ!」
路子はすかさず啓太のすねを踵でつつく。
「えええ、すごく可愛いですねー。チャイナドレスってスタイルが良くないと似合いませんよね、もしかしてモデルさんでもやっているんですか?」
「あら、ありがとうございます。おほほっ」
女性店員は路子たちに褒められて含み笑いをしている。自分でもこのドレスが似合っていると思っているのだろう。
「それでは、特別にお席を用意いたします」
席まで移動する道すがら、路子と啓太は店内をキョロキョロと見回して早川たちを探している。二人が案内された四人掛けのテーブルに向かい合って座ると、女性店員は立ち去って行った。
「早川さんたちは何処?」
「いませんでしたよ」
「困ったわ、何処かの個室に入っちゃったのね」
さっきと同じ女性店員がお盆にのせた水と脇にかかえたメニューを持ってくる。
「お客様、メニューをご覧ください」
「はい、ありがとう。今日のお勧めは何かしら」
「はい、本日は飲茶セットが特別メニューでございます」
「え、いくらするの?」
「はい、おひとり様一万八千円でございます」
「おほほほほっ、少し考えさせてね」
「それでは後ほど伺います」
店員は去っていった。
「ロコさま、飲茶セット食べたいな。アワビのシュウマイが入ってますよ」
「あほな事言わんといてえ、ラーメンか炒飯にしなさい!」
「……急に関西弁になってるじゃないですか」
「ここへ食事しにきたわけじゃないのよ、早く早川さんたちの話を聞かなきゃ」
「何処にいるんでしょうかね、でもどうやって話を聞くんですか」
「あの女の子に聞いてみるわ、ちょっと店員さん」
路子はさっきの女性店員に声をかける。
「お待たせいたしました、ご注文はお決まりでしょうか?」
「ええ、ラーメンと炒飯を一つづつ」
「畏まりました」
「それとあなたに尋ねたいことがあるのよ」
「どの様な事でしょうか?」
「私たちが来る直前に男の方二名で来店されたと思いますが、どちらにいます?」
「はい、お知り合いの方ですか?」
「そうなのよ、彼らにサプライズでお会いしたいと思ってるの」
「サプライズ?」
「あなたが着ている様なチャイナドレスに着替えて、彼らをビックリさせたいのよ。チャイナドレス貸して!」
「えええ、それはちょっと……」
「一万円出すわ」
それを聞いた途端、女性店員の態度が変わる。
「わ、わかりました。奥の部屋でお着換えください」
路子はハンドバッグの中の財布から一万円札を出すと、すぐに立ち上がって女性店員に渡す。
「啓太はここで待っててね」
「わかりました、いってらっしゃい」
路子は女性店員の後に続き、彼女が案内する部屋へと移動した。
店の奥の狭いロッカー室に二人で入る。女性店員はクリーニング上がりのチャイナドレスをロッカーから取り出した。路子は急いで服を脱ぎ始め、下着姿になる。脱いだ服とハンドバッグはロッカーにしまった。
「この濃い色のストッキングじゃあ、この服に合わないかしら?」
「そ、そんな事ないと思いますけど……」
「これも脱いじゃうわ」
路子はストッキングも脱いでチャイナドレスを受け取ると、すぐに袖を通す。襟まであるボタンをはめ終わると、
「サイズぴったりだわ、良かった」
「お客さまはスタイルがいいですね」
「あらそう、大きい鏡ある?」
「あちらにありますよ」
女性店員がロッカーの後ろに回ると、縦長の細い鏡が備え付けてあった。その鏡の前に立った路子は正面を確認すると左に体をねじって右足を伸ばす。
「ちょっとー、かなり深いわねこのスリット。下着が見えちゃうかしら」
「大丈夫ですよ。セクシーでとてもお似合いですよ」
「あらそう? ありがとう。それじゃああの方たちのお部屋に案内して」
路子はゴムで髪の毛の後ろを一つ結びにしながら、女性店員に催促した。二人はロッカー室を出て店の中に戻る。
「あら嫌だ、忘れ物しちゃったわ」
「はあ」
「ここでちょっと待っててね」
そう言って路子はロッカー室に戻ると、自分の服が置いてあるロッカーを開ける。そして上着の胸ポケットに忍ばせてある、ペン型のICレコーダーを取り出した。
「このICレコーダーを隠す場所はあるかしら」
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