第13話 再現実験

 路子たちは喫煙所から戻る。

「すみませんでした、カフェに入ると、煙草が吸いたくなってしまうものですから。それでは話を続けます。啓太、燃えた部分の写真を出して」

「畏まりました」

 啓太は里中の前にあったパソコンを取ると、ペールキューブ社で撮った写真四枚を画面に並べ、再び里中の方に向ける。里中が画像を覗き込んで見ていると、前川がしゃべりだした。

「里中さん、この3D画像処理ユニットが燃えたところを見て椿坂さまは何と言ったと思います?」

「さあ?」

「ホルモン焼タブレットって言ったんですよ、ぷはははぁ」

 前川は大きな口を開けて体を反り返しながら笑っている。

「前川さん、お静かに!」

 路子が前川をたしなめると、前川は口を押えてきょとんとしていた。

「里中さん、この様にあなたの作ったユニットから火災が起きた可能性が高いのですが、何か原因は思い当たります?」

「はあ、この写真を見るとこの積層チップバリスタが発熱して火災が起こった様に思われます」

 里中はスクリーン画像の燃えた一部分を指さしている。

「積層チップバリスタ?」

「ええ、静電気からICや電子部品を守るために設ける保護素子です」

「その素子は不燃性では無いのですか?」

「以前は不燃性の国産品を使っていましたが、スンファン電子さんに言われて部品を変更したと思います」

「おお、またスンファン電子だ!」

 前川が前のめりになった。

「椿坂さま、やっぱりスンファン電子が怪しいですよ。この火災事故は彼らの陰謀じゃないかなあ」

「前川さん、憶測はやめて下さいね」

「だって、事故現場にもスンファン電子の柳っていう人がいたでしょう」

「里中さんはスンファン電子の営業の柳さんをご存知ですか?」

「はい、知っております」

「啓太、例の男の写真を出して」

 啓太はパソコンをずらしてからファイルを操作して火災現場にいた男の拡大写真を映し出し、再び里中へ見せた。

「この写真に写っている方で間違いありませんか?」

「はい、間違いありません」

「スンファン電子の柳さんとは、何処でお会いになりました?」

「ええと……」

 里中は上を向いて少し考えこんでいる。

「確か、六、七か月ほど前に柳さんがこの会社を訪ねて来ました」

「それ以前に面識は無かったの?」

「ええ、彼が積層チップバリスタなどの、電子部品を売り込みに来たのが最初だと思います」

「分かりました、先ほどご覧になったタブレットが燃えた動画ではソフトのメッセージが出て、それをタップした瞬間に火をふいたのですが、どう思われます?」

 それを聞いた里中は奈々子を睨みながら尋ねた。

「安田さん、どんなメッセージが出たかわかりましたか?」

「ええ、多分新しく追加したエラーメッセージだと……」

 奈々子は虚ろな目になり、落ち着かない様子で答えた。

「ああ、あの『電圧が非常に高くなりました』というエラーはCPUの温度が高くなった時に出るんです」

「そうしましたら、あなたはどの様な状況で火災が発生したと考えます?」

「そ、そうですね、このエラーが出たあとは動画撮影を停止しますので発熱は収まると思うので、何か別の要因でバリスタに異常な電気が流れたんじゃないかと思います。エラーメッセージは関係ないと」

「そうですか、今日はペールキューブ社さんにタブレットを持って来てもらいましたので、ここで再現実験をしていただけます?」

「え、ここでですか? この場所はまずいですね、二階の作業場も色々な機器が置いてありますから危険な実験はできません」

「あちらのテラスでお願いできますか?」

 路子はオフィス・カフェの奥にあるテラス席を指さした。そこには三台の丸くて白いテーブルとイスが置いてある。

「はあ……」

 里中は躊躇しているが、路子は急にボイスレコーダーを持って立ち上がった。

「前川さん、タブレットは持って来た?」

「はい」

「それを持って里中さんに3D画像処理ユニットを取り付けてもらってね」

「はい、わかりました」

 前川は立ち上がって鞄から新品のタブレットを取り出す。

「里中さん、タブレットを温めたいのでヘアードライヤーも持って来てね」

「は、はい……」

 里中は路子のテキパキした指示に少し驚いている。

「それではみなさん、席を移動しましょう」

 路子は皆に席を立つよう促す仕草をすると、ずかずかとテラスの方へ歩いて行った。前川と里中は二階へ上がり、啓太と奈々子は路子のあとを追いかけた。


 路子たち三人はテラス席の白いテーブルの周りに座る。このテラスは芝生の庭に隣接していてコンクリート床の幅は狭いが、屋根の代わりになる布製のひさしが日陰を作っていた。

「啓太、デジタルカメラで動画を取る準備をしておいてね」

「ロコさま、承知しました」

「ところで安田さん、里中さんとは親しい間柄なんですか?」

「ええ、まあ」

「私が入社した時からずっと、里中さんと一緒に仕事をしていました」

「あらそうなの、彼はハンサムよね」

「ええ」

 奈々子は少しほほを赤らめている。

「里中さんの会社での評判はどうでした?」

「彼は開発部のエースで、次の部長になる人だとみんな思っていました」

「彼が会社を辞めた訳は?」

「……知りません」

 奈々子はうつむいてしまった。路子はあれこれ尋ねようとしていたが、腕を組んで何かを考え始めている。里中の事をもっと聞き出したいのだろう。

 前川と里中がテラスへやって来た。前川は消火器を、里中はタブレットとヘアードライヤーを持っている。路子たちは席を立った。

「里中さん、タブレットはこのテーブルの上に置いてください」

「わかりました」

 里中はタブレットを斜めに立ててテーブルの上に置いた。

「安田さん、タブレットを起動して3D画像処理ユニットのソフトが最新バージョンのものか調べてくれる?」

「はい、承知しました」

 奈々子は鞄の中から薄型のキーボードを取り出すと、タブレットの前に置いて椅子に座る。電源を入れてタブレットを起動させ、ソフトウエアのファイルを開いて中身を調べ始めた。――カタカタカタ。

「椿坂さん、燃えたタブレットと同じバージョンのソフトが入っています」

「それでは、火災事故が起きた時と同じ『事故状況確認アプリ』を起動してください。啓太、動画撮影を開始して」

 奈々子はアプリを起動し、啓太はデジタルカメラで撮影を始める。

「安田さん、タブレットは左側から火をふくかも知れ無いから、タブレットの向きが左の芝生を向くようにずらしてね」

「はい、わかりました」

 奈々子は立ち上がって椅子をずらしてからタブレットを持つと、タブレットの向きを変え、キーボードを手に持った。

「里中さんは、タブレットの裏側をヘアードライヤーで温めて」

 里中はヘアードライヤーを持つと、電源コードを野外用のタップコンセントに刺してからスイッチを入れ、タブレットの裏側に温風を吹きかけた。

「前川さん、その消火器は私が持ちます」

 路子は前川が持っていた消火器を奪い取るように取り上げた、前川は少し驚いている。

「椿坂さま、こんな重い物は私が持ちますよー」

「いいえ、タブレットが燃えたら私が鎮火します」

「はあー」

 里中がタブレットを温め始めてから約五分後、タブレットの画面に例の『電圧が非常に高くなりました、アプリを閉じてください』のエラーメッセージが出てきた。

「あら、メッセージが出て来たわ、さあ、タップしてちょうだい!」

「ええ? 私ですか」

「そうよ、今、手ぶらな人はあなたしかいないわよ」

 前川は立ちすくみながら、あたふたしている。

「はやく押しなさいよ!」

 路子は前川の背中を叩いた、前川はよろける様にタブレットの前で止まり、もじもじしている。


「前川さん、はやくタップして!」

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