第4話 相談の報酬

 椿坂路子は前川を睨んだ、前川は首を縦に振って頷いている。

「この男は確か……」

「誰よ、早く言いなさい」

「一度しかあったことが無いんですがー」

「何処で会ったの?」

「東京ビッグサイトでしたかね」

 前川は指をもぞもぞ動かしている。その様子を見て路子は、どこか釈然としないと感じている様だ。


「前川さん本当に知っているんですか? この男」

 熊田は目を細めて、不審そうに前川を眺める。

「去年の秋、東京ビッグサイトでモバイル通信ショーがあって、その時に見たんですよ。スンファン電子のブースで」

「えええ! 前川さん、そんな都合よく競合相手の人がタブレットの火災現場に現れます?」

「だって、ここに写っているは確かにスンファン電子の男なんですよ。だから今朝タブレットを交換しにやって来た男も、スンファン電子の奴だってことは無いですか?」


 路子は二人のやり取りを聞いて、「うっふん」とわざと声を発した。


「お二人共憶測でものを言うのは、おやめください」

「「は、はい」」

「とにかく今は事実関係だけを集めましょう」


 路子はラップトップパソコンを覗き込み、画面を見ながら話す。

「今わかっているのは、一、今朝タブレットがペールキューブ社の検査員と名乗る男によって交換されたこと。二、火災が起きたのはタブレットの画面にメッセージが出て、それをタップしたら起きたこと。三、その現場の様子を見ていた不審な男がいたこと。この三つですわ」

「「はあ、確かに」」


「それでは、着手する前にこの確認書にサインしてくださいね」

 路子はカバンの中から確認書を三通取り出して、熊田、前川と正夫に渡す。

 その内容は、

 一、本案件の相談内容を検討するにあたり、相談料を請求する。

 二、相談料は三万円、後日本案件の委任契約書を提出してから本格的に着手する。


「この案件の調査内容をしっかり検討してから、受任させていただきます」

「着手金はいか程になりますかね?」

「そうねぇ、弁護士費用の半分くらいよ。今すぐ相談料ちょうだい」

 路子は笑顔を見せて熊田に手を差し出した。前川は驚いて少しのけぞる。


「わかりました、取りあえず相談料はうちで払いますが、最終的には前川さんのところと折半になりますよ、いいですね?」

「はあ、持ち帰って上司と相談しないと……」

「これは被害者の依頼ですから変更できませんよ、サインしておいてください。私は所長のところへ説明しに行ってきます」

 熊田は確認書を持って部屋を出て行った。


 路子はもじもじしている前川に尋ねる。

「熊田さんがいないうちに尋ねますけど、スンファン電子の男の人の名前は知ってらっしゃるの?」

「いやー、名前は知りません。顔と体型だけしか」

「どんな体型なのよ」

「お腹が出ていました、ワイシャツの前がはみ出しそうな」

「どんな服着てました?」

「ダークグレーのスーツにピンクのネクタイ」

「え! ピンクのネクタイ、心理学的には周囲の気を引きたがるタイプね」

 ――カタカタカタ。

 路子はノートパソコンを打ち込む。


 熊田が応接室に戻って来た。

「所長のOKが出ました。この中に三万円入ってます、ご確認と領収書のサインをお願いします」

 熊田は三万円の入った封筒と、領収書を路子に渡した。路子はノートパソコンを打つのをやめて画面を閉じた。受け取った封筒の中身を確認したあと、カバンからモ〇ブランのキャップ付きボールペンを取り出してサインする。


 熊田はそれを見て驚く。

「それ高級ボールペンですよね、十数万円もする」

「ええ、前の会社で報奨金を貰ったときに買ったのよ。はい、サインしましたよ」


 啓太と正夫、早苗たちは、またひそひそ話を始めた。

「椿坂さんすごい物持ってるな」

「ああ、うちの社長は持ち物にこだわりがあるんだ」

「変わった社長だな」

「でも、女性で仕事ができる人って憧れるわ」

「全然儲かっていないんですよ、うちの会社」

「この仕事で名前が売れれば儲かるよ」

「正夫君、ホント助かりました、この仕事の声を掛けてくれて」


 パソコンとボールペン、封筒をカバンにしまい込んだ路子は立ち上がって、

「これ持って行きますね」

 燃えたタブレットを啓太に渡し、熊田のノートパソコンに刺さっていたSDカードを素早く抜き取る。

「啓太、もう行くわよ。みなさん失礼します」

 路子は目をパチパチさせながら愛想を振りまく。

 熊田たちがその才色兼備な姿にあっけに取られていると、路子は啓太と共に部屋を出て行った。


「大丈夫ですか熊田さん、あんな人に任せて」

「前川さん、あの人賢そうだから取りあえず任せてみましょう」

「熊田さん、火傷の補償金の話は?」

「そうでした金田さま、傷害補償の資料を持って来ます」


◇   ◇   ◇   ◇


 丸っこい中古車に乗り込んだ路子と啓太は、

「啓太、いい仕事貰ったわね」

「ロコさま、やる気まんまんじゃないですか」

「それはそうよ、これで一ヶ月は食べていけるんだから」

「お腹すいたなー、どこかごはん食べに行きましょうよ」

「そうね、ファミレスでも行こうかしら、この案件の作戦を考えながら食べましょうか。相談料も貰ったしね、おごってあげるわ」

「やったー」


 暫くしてファミレスの駐車場に車を止めて店内に入ると、二人は窓際の席に座った。テーブルに置いてあるカラー写真の大きいメニューを広げて話を始める。


「ロコさま、何食べます?」

「ロコモコ丼」

「そればっかりじゃないですか」

「飽きるまで食べるのよ、啓太は?」

「和牛ステーキ」

「高い物頼むのね、まあ今日は啓太のおかげで仕事が来たから許すわ」

「ありがとうございます」

 店員が注文を取りに来たので、二人はメニューを伝えた。


「ところでこの案件、どこから調べようかしら」

「やっぱり、タブレットが燃えた原因調査からですか」

「そうね、明日ペールキューブ社へ行って検査部を訪ねましょうか」

「熊田さんのタブレットを交換した人を探すってことですか?」

「それだけでなく、製品の品質管理をどうやっているのかも知りたいわ」

「このタブレットは試作品だったって言ってましたよね」

「そうそう、開発に携わった人にも話を聞きたいわね」

「ペールキューブ社って、そんなに我々に協力してくれますかね」

「そこが難しいところよね、他人に自分たちのあらを調べられるって嫌がられると思うの。どうやって協力してもらおうかしら」

「例のスンファン電子の男が現場にいたことをにおわせて、変な細工をされたと疑ってるんだって言うのはどうですか」

「啓太、それはいい考えだわ。今日はさえてるわね」

「えへへ、たまにはね」

「あの前川さんをおだてながらうまく使って、調査を進めましょう」


「お待たせしました、和牛ステーキとロコモコ丼です」

 店員が料理を持った来た。和牛ステーキはじゅうじゅうと音を立てている。


「啓太、美味しそうじゃない。これ食べて明日もがんばって仕事しましょう」

「ロコさま、畏まりました! いただきまーす」

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