EP50 覚悟
翌日の朝、カディルは王宮の廊下を歩いていた。木の枝を剪定していた顔見知りの庭師が気さくに挨拶をしてくれる。
カディルは普段通りに優しく微笑んで挨拶を返しながら歩を進めた。
まだ殆どの者がこの国に忍び寄る危険に気づいていないのだ。
謁見の間は、フィラを襲った傭兵がリッカルドによって処刑されてからずっと閉ざされていた。
しかし今日、開放された。清めの儀式が終わったのだ。
王宮の奥深くにある謁見の間にカディルが到着すると、背の高い重厚な扉の前で二人の傭兵が長い槍を交わらせて「御決済を」と促した。
カディルが右手を扉に向けると、手の平から蒼い光が放たれた。重い地鳴りとともに青龍の姿が扉に浮き上がった。長い身体をくねらせて鋭い牙をむき出した姿だ。蒼い光が青龍の形を滑るようになぞり終わると、重厚な扉がひとりでに開いた。
長槍を交わらせていた傭兵はサッと身を引き深々と頭を下げた。
カディルはそのまま室内に進んだ。
「待っていたぞ。カディル」
背後で扉が閉まる音を聞きながらカディルは赤い絨毯の上を歩き、壇上の前で足を止めた。右手を胸に当てて一礼する。
「お待たせしてすいません。リッカルド王子」
「よい。昨日はご苦労であったな」
壇上には黒髪の青年、リッカルド王子が玉座に足を組んで座っている。カディルの横にはアレクス、リアム、ランベールが立ち、少し離れた場所に調査本部のフェリクスが控えている。
「いいえ。アレクスの協力もありましたからね。王宮の兵や魔道士を派遣してくださりありがとうございました」
「そんなことはよい。それよりもフィラの対処を急がなくてはな」
カディルは顔を曇らせて「ええ……」と答えた。
他の三人も今日は静かだ。皆浮かない顔をしている。とても明るい気分にはなれないのだろう。
「フィラの心臓を奪われるわけにはいかない」
リッカルドは眉間に皺を寄せて玉座の肘掛けを叩きつけた。アレクスは顔を上げた。
「もちろんです。彼女の心臓を奪われればリッカルド王子のお命も絶たれてしまうのですから」
「ふ、兄の考えそうな姑息な技だな。まだ現王が健在なうちからコソコソと準備していたなんて」
「ヴィクトーをかくまったのは十年前ですからね。まだ次期王位継承者の予測もついていない頃ですよ」
「自分が選ばれれば用無しのヴィクトーを始末するつもりだったんだろう」
顎に手を当てて唇を噛んだリッカルドは乱暴に足を組み替えた。
「なぜルドラ様は天使の心臓で願いが叶うことを知っていたんでしょう?」
リアムが疑問を口にした。
「正確には『伝説の天使の心臓』だよ」
ランベールが補足した。
「そうなの?なんで分かったの?」
「優秀な研究員達がいるからね。王宮の書庫を隅々まで探せば、ルドラ様が見つけ出せた資料くらい簡単に見つけられたよ」
「王宮の書庫って……簡単に言うけどどんだけデカイと思ってんの……」
「見つかったんだからいいじゃない」
「自分で探したんじゃないくせに」
「何か言ったかい?」
「べつになにもー」
リアムがそっぽを向くとランベールがリッカルド王子に一冊の本を手渡した。しおりが挟まったページを読んでリッカルドは厳しい顔を上げた。
「これをルドラ兄様が読んだということか」
「恐らくは」
「私にも見せていただけませんか?」
カディルがリッカルドから本を受け取り一読すると、深いため息をついた。
「読んでくれ」
アレクスに言われてカディルは再び本に目を落とした。
「ーーどんな願いも成就させる最高位の魔術。天界に伝わりし伝説の天使の心の臓を聖剣で貫き、その生き血を金の|盃(さかずき)に満たし満月の聖なる光に捧げること」
カディルは本から顔を上げてアレクスを見つめた。
「盃を交わし、心の臓を食した全ての者の願いは絶対的効力をもって成就となす」
「……とんでもない魔術だな」
「天界自体が存在するかも最近まで立証されていなかった。その上でこんな魔術を本気で執り行うつもりで計画を練っていたなど、私にはとても理解できないぞーー」
額に手を当ててかぶりを振るうリッカルド にランベールの目がすわった。
「けれどこれが現実です。くしくも伝説の天使を強制召喚できてしまった。ルドラ様は王手に手をかけています」
リッカルドは顔を強張らせた。
「召喚されたフィラがカディルの屋敷に墜ちた。それだけが私達の幸運です」
「偶然だもんな……」
リアムがチッと舌を鳴らした。
カディルは微かに眉を寄せて目を閉じた。
もしもフィラがあの日別の場所に堕ちていたら、すでにルドラの野望は現実になっていたのかもしれない。
フィラの胸を聖剣が貫き、フィラが生き絶える姿が頭をよぎってカディルは不吉な未来を振り払うように首を振った。
カディルは深い湖のような碧い瞳を細め静かに深呼吸した。
彼女への想いに気づく前だったらもっと楽に決断できたのに。
けれど、カディルの心は揺るがなかった。
「ーーフィラを守る方法がひとつだけあります」
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