EP37 ロランの怒り



トントントン。


アイシャが帰ってしばらくした頃、フィラの部屋がノックされた。

ベッドの上で放心していたフィラは驚いて咄嗟に姿勢を正した。返事を返すと、カディルの執事ロランが顔を覗かせた。


「アイシャ様をお見送りして参りました」


「……ありがとうございます」


「ーー?少しお邪魔してもよろしいですか?」


ロランはフィラの様子を見て訝しげに首をかしげた。


「ーーあ、……ええ」


フィラは後ろめたい気持ちで答えた。

正直今は一人になりたい。

心の動揺をロランに見透かされてしまいそうで無意識に胸の前で腕を組んだ。


「何かありましたか?」


胸を抱える仕草は心を閉ざしている証拠。つまりフィラに隠したい出来事が起きたということをロランは見破っていた。


「い、いえ。別になにも」


差し障りなく笑顔で答えるフィラにロランは目を細めて注意深く口を開いた。


「着衣と髪が乱れていますね」


「ーーっ!」


カァッとフィラの顔は赤くなった。恥じ入るように胸を抱いてロランから顔を背けてしまった。


「なんでもありません。魔力の封印を解く方法を試したりしたから……」


少しずつフィラは背中を向けていく。これ以上詮索しないでほしいという気持ちが小さな背中から溢れ出している。

ロランは小さくため息をついた。


(アイシャめ。手を出したな)


ロランは察しがいいのが取り柄だ。こんな少女の隠し事など一発で見破ってしまう。


(どこまで手を出した……?)


しかしアイシャは幸いにも今は女の身。

最悪の事態は免れているだろう。


(目を離したのは失敗だった。カディル様に報告するべきか)


苦々しげに顔を歪めて己の失敗を呪ったが過去には戻れない。気持ちを切り替えなくては、とロランはフィラの背中に声をかけた。


「侍女は。ノエルとエリッサはどこにいますか?」


「あ……アイシャさんがいらっしゃる間、ナギの世話やシャンプーをお願いしたので」


「そうでしたか。では呼び戻して参りますのでお待ちください」


「ありがとう……ございます」


一礼してロランは退出した。


「…………」


フィラは安堵のため息をついた。

バレなかったかな……。


アイシャから受けた行為を思い出すと嫌悪感で指が震える。 震える指を握りしめてフィラは青ざめてうずくまった。

そして唇をこすった。何度も何度も、擦り切れるくらいこすり続けたーー。








「ビンゴだね」


王宮の一室。ランベールは集まった顔ぶれを見渡した。アレクスとカディル、そしてリアムが複雑な表情を浮かべた。


「う〜ん、やっぱりルドラ様でしたか……」


ルドラはこのリオティア国の第一王子。リッカルド王子の一番上の兄だ。


十年前にアイシャから瀕死の重傷を負わされた黒魔道士ヴィクトーをかくまい、傷の手当てをしていたことがランベールと調査本部隊長のフェリクスの調べで証明されたというわけだ。


「ルドラ王子の動向を探ったらアジトまでたどり着いたのさ。アレクス、君はどこだと思う?」


急に謎解きを指名してくるランベールにアレクスは首をかしげた。全くよくわからない男だ。


「さっぱりわからん」


考えたって答えなんか出るわけがない。アレクスは腕組みをして壁にもたれた。


「はぁ。だから君は筋肉バカだって言われるのさ」


嘆かわしそうにランベールが眉間に皺を寄せるとアレクスはムッとした。


「筋肉バカと言ってるのはお前だけだ。まるでみんなが言ってるように言うなって何度言ったら……!」


「あーん、もう、やめてよ〜。ぶっちゃけどうでも良いよぉそんなこと!」


リアムがブリブリと口を割った。


「それより、アジトはどこだったの!ヴィクトーもいたの?ヴィクトーて両腕がないんでしょ?それでも魔法は使えるの?」


「あーー!うるさい!矢継ぎ早に質問しないでくれないかい?」


「う〜〜ごめん……。もったいぶらずにはやく話してよぉ」


ちいさな子どものようにリアムがテーブルに顎を乗せて催促している。

ランベールはそんなリアムを煙たそうに横目で見た。めんどくさい、非常に!


「アジトはここから馬車で30分くらいの距離にある洞窟の中さ。昨日の夜遅くに数名の従者を連れてルドラ王子が外出した。フェリクスの通信機をあらかじめ馬車につけていたからすぐ見つかったのさ」


「お手柄だったよね」


ランベールに褒められてフェリクスは照れ笑いを浮かべた。「ひょっひょ」と変な笑い声をする。


「それやめたほうが良いよ。女の子からキモイッて絶対言われるもん」


リアムは陰口を言わない代わりに本人に思ったことを言う男だ。フェリクスは笑うのをやめてショックを隠しきれない顔をした。


「キ、キモい?わたし……気持ち悪いですか?」


と周りを捕まえて尋ねてくる。


カディルも捕まって「いや〜そんなことは……」と言いかけると、リアムが睨む。


「どっちが本人のためなの?」


カディルの胸に良心の刃が刺さる。


「あー、フェリクス。たしかに独特な笑い方をすると怖がる女性もいるかもしれませんね。少し直した方が女性にはモテるかもしれませんね。はい」


フェリクスは悲しそうに頷いた。


「なるほど……実は私、かげで仲間にひょっとこ隊長て呼ばれてるんです!意味がわからなかったのですが、笑い方のことだったんですね」


今まで気づかなかったんかい。

呆れ笑いを浮かべてリアムはフェリクスを慰めた。


「顔はなかなかイケてると思うよ」

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