EP18 魔導師



翌朝。

身支度を済ませたカディルは隣のフィラの部屋を訪ねていた。


「私は王宮に行きますけど、あなたは屋敷から出ないように十分に気をつけてくださいね」


「はい」


そう答えたフィラの顔は険しく、目の下にクマがうっすらとできている。

カディルは気になってたずねた。


「あの、昨夜はよく眠れましたか?」


フィラは意外な質問を受けてキョトンとした。


「え?ああ…あまり」


「そうですか。昨日は色々ありましたから仕方ありませんよね…。今日はゆっくり休んでください。ナギと一緒にね」


小さい黒猫のナギがフィラの膝の上で毛づくろいをしている。フィラは無言でナギを撫でたが、決心したように顔を上げた。


「ーーーあの、カディル様」


フィラの真剣な眼差しにカディルは少し驚いたように目を丸くした。


「はい?」


「お願いしたいことがあるんです」








「ほう。フィラがそんなことを」


王宮に着いたカディルは大広間で王子とディユ達にフィラからの要望を伝えた。


「ええ。このままではいけないと本人なりに考えたようですねぇ。私としては協力してやりたい気持ちなのですがいかがでしょうか?」


「そうだな…。やってみる価値はあるかもしれないな」


フィラは自分の魔力を鍛えるための協力をカディルに願い出たのだ。伝説の天使とはいかなくても自分の身は自分で守れるだけの魔力を身に付けたい。もう守られるだけの自分ではいたくない。

フィラは自分の中の可能性を見つけたいと決心したのだ。


「神道と魔導じゃ属性が違うから俺たちには無理だよね」


リアムが残念そうに口を開いた。

天界の者は神力ではなく魔力を使うのだ。


アレクスは得意げに剣を撫でた。


「剣なら俺が教えてやれるんだがなぁ」


ぷっ、とランベールが吹き出した。


「なぜ笑う。ランベール…」


「…べつに?」


またケンカしかけたアレクスとランベールを睨んでリッカルドが提案した。


「魔導なら打ってつけの者がいるではないか」


魔導。カディルは頷いた。


「ああ。そうですねぇ」


しかしアレクスは難色を示した。


「あの者は気難しい。協力するとは思えませんが」


「たしかに…」


カディルが呟いた時、急に大広間の外が騒がしくなった。


「お、お待ちを…!!」


扉の外の見張り番が叫ぶのと同時に、部屋の扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。


「!!」


咄嗟にリッカルドを守るように身構えた四人のディユは、扉を蹴り開けた人物を見て驚いた。


「あ…」


そこには12.3歳の少女がイライラした顔で腕組みをして立っている。

艶のある紫の長い髪を高い位置でツインテールにし、黒いミニスカートとロングブーツを履いている。金の瞳が不満気にギラギラと輝きリッカルドを真っ直ぐ睨んでいた。


「コラコラコラー!!あんな大量のアイアゲートを押し付けてきたのはお前かー!!」


ツカツカとリッカルドに向かって歩いてくる。四人は警戒を解いてホッと息をついた。ランベールがクスクスと笑う。


「噂をすればだね」


「おお。アイシャじゃないか。ちょうど良い。呼び出す手間が省けた」


嬉しそうなリッカルドの様子を見て、アイシャと呼ばれた少女は怒り狂った。


「ふっざけんな!オレに命令するんじゃねえ」


あまりの剣幕にカディルがアイシャをなだめようと口を挟んだ。


「まぁまぁ、アイシャ。相変わらずですねぇ。一応女の子なんですからもう少し言葉を柔らかく…」


「うるせえ。お前こそもっとペース上げてしゃべりやがれ!」


「はぁ。すいません」


あっさり撃沈してカディルは黙った。

代わりにアレクスが腰の剣に手を伸ばし凄みを効かせる。


「うるさいぞ、アイシャ。王子の御前でこれ以上騒ぐなら、いくらお前でも許さんぞ」


「へえ。面白ーい。やってみれば?」


アイシャはバカにしたように鼻で笑ってアレクスに向かい合った。今にも何かが始まりそうだ。


「馬鹿者ども!今はそれどころじゃないだろう!アレクス、剣をおさめろ。アイシャ、お前には力を貸してもらいたい」


はぁ?とアイシャが目を細めた。


「ふん。アイアゲートの護りの強化だろ?あんなにたくさん押し付けやがって。しかもフェリクスの野郎が大至急とかほざくし。魔道士クラスならいくらでもいるだろうが!」


「お前ほどの魔力を持つ魔導師は他にいないのだ。頼む」


それを聞いてアイシャは意地悪く笑った。


「ほぉ。それなりの対価は期待していいんだろうな?」


イライラしたアレクスがアイシャを怒鳴りつけた。


「王宮のお抱え魔導師だろうが。お前は!」


「ちっ。うるせえなぁ。オレが契約してるのはリッカルドのオヤジだよ。息子の命令まで聞く義理はないね」


リッカルドはため息をつくと頷いた。


「対価なら払おう。そのかわりもう一つやってもらいたいことがある」


「ああ?めんどくせぇなぁ。なんなんだよ」


「天使の娘の能力を目覚めさせてほしい」


アイシャはニヤリとした。


「ーーああ。あの娘か。知ってるぜ。暇だから水晶球でひと通り見てた。魔力もないくせに天界の皇女とは名ばかりのクズ姫だな」


カディルは鋭い目つきでアイシャを制した。


「アイシャ…!!」


カディルの非難にもまるで関心を向けずにアイシャは腰に手を当ててリッカルドを冷めた目で見つめた。


「ーーで?あの娘の中に魔力が眠ってるって?伝説の天使じゃないって本人も言ってたじゃねぇか」


「本人が望んだことだ。彼女なりに小さな可能性でも賭けてみたいと願っているのだ。お前なら彼女の中に魔力が眠っているのかどうか分かるだろう」


ハッ!とアイシャはバカにしたように笑った。


「どうだかねぇ…。今まで目覚めなかったものが今更覚醒するなんてのはかなり無理があるんじゃないか?」


「はぁ〜それにしても魔の気があちこちに散らばってやがる。頭痛がしてくるぜ…」


アイシャはうんざりした様子で周りを見回した。王宮内に立ち込める黒い気が身体にまとわりついて鬱陶しいのだ。


「だからこそお前に頼んでいるのだ。このままではまた犠牲者が出る。…頼む」


チッとアイシャが舌打ちする。


現在の王が病に伏せっている現状では王宮の護りが弱まっているのだ。

後継者のリッカルドの白龍は全く役に立たない。


四神は東西南北を護る神だ。

中央に位置する王宮を護るのは白龍の役目なのだ。

ーーとなると、現在の王と契約を交わしているおかかえ魔導師がツケを払わなくてはならないではないか。


アイシャは「う〜」と唸って地団駄を踏んだ。彼女はとても面倒くさがりだ。


「あ〜!!もう分かったよ!今回だけだからな!」


金色の瞳が鋭くリッカルドを見つめた。


「あの天使にも会わせてもらおうか。元々そのつもりだった。嫌な予感がするんでね」

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