EP15 予知夢



「わぁーお!龍神っていうかドラゴンて感じだね!」


リアムは龍神を見上げながら大きな声を上げた。


儀式の間の魔法陣の中央には、カディルによって召喚された青い龍神が低い唸り声を上げながら人間達を見下ろしている。


前回召喚した龍神よりはるかに小さな龍だ。おかげで儀式の間に召喚できた。

リアムはすっかり感心している様子で腕組みをしながら随分長いこと龍神を見上げている。


「カディルは何体くらいの龍神と契約してるの!?」


「あー…数えたことないですねぇ」


カディルは心ここにあらずといった様子で言葉を濁した。後ろにいるフィラの様子が気になって振り返ってばかりいるのだ。


「数え切れないほど!?俺なんて足元にもおよばないや…」


リアムは一人で驚いたり沈んだりしている。カディルはそんなリアムに苦笑いした。

そして、諭すように慰めた。


「大事なのは数ではなくて信頼関係ですよ。…でも、よく思いついてくれましたよね。リアムのおかげでフィラを屋敷に連れて帰れそうです。ありがとう」


リアムが発案した方法は大胆かつ単純明快だった。

なんと龍神の背に乗って屋敷まで空を飛んでいくという方法だったのだ。

誰もやったことはないが、フェリクスが言うには理論的には可能、という結論だったので実行に移すことになった。


今回カディルが召喚した龍神は、翼指竜という種類で、コウモリのような翼が生えている。青い毛が全身を覆っており、龍神というよりも巨大な怪鳥のようだ。調査本部の調査員や警護にあたる警備兵は、龍神を間近に見て緊張を隠せない様子だ。

獲物を狙う鷲のような鋭い目を向けられて恐ろしさに震えてしまうのだろう。


リッカルドの部下が恐々と龍の首に手綱を付けている間に、カディルの背後でフェリクスがフィラに注意事項を告げている。


「いいですか?天使のあなたは空を飛ぶのに慣れているかも知れませんが、今日は龍神の背に乗りますからね。前例がないので安全だ、とは断言できませんが…まぁ理論上は可能なはずですのでご安心を。あなたを安全な場所に移すには現状この方法しかないので。青龍は姿や気を消すことができますから敵はあなたを追うことはできないはずです」


テキパキと説明するフェリクスは最後に最重要事項だと言ってしつこく繰り返す。


「屋敷に無事に戻った後はくれぐれも屋敷の敷地から一歩も外に出ないでくださいね。退屈だと思いますが、聖域から出てしまうとまたあなたの居場所を相手に知られてしまいますからね」


「は、はい…」


真剣に返事を返すフィラの横には名残惜しそうなリッカルド王子が立っている。フィラとゆっくり語り合う時間が持てなかったことを残念に思っているように見える。

カディルは横目にそれを見て少し不安になった。

フィラに注がれるリッカルドの視線に熱を感じた気がしたからだ。


「ああ…、疲れた」


ランベールはぼんやりと囁いた。


「今日は天使のお姫様と挨拶したらこの前手に入れたストーンをゆっくり眺めようと思っていたのにな…。それなのに今日はなんて日なんだろう。ミステリーとホラーとフェリクスの生活指導…。おまけに龍神に手綱?馬じゃあるまいし…バチが当たっても僕は知らないよ…」


銀の髪をいじりながらブツブツと独りごちるランベールをアレクスは不機嫌そうに睨んで刺々しい声をあげた。


「ランベール。少しは口を慎め。今が非常事態だってことくらい分かっているだろう。不満を吐く暇があったらお前も何か考えて行動したらどうだ。…まぁ、高みの見物が板についたお前には少しばかり難しいかもしれないがな」


バカにしたようなアレクスにランベールは冷たい視線を投げた。かなり機嫌を損ねたようだ。


「はぁ?君だって同じようなもんだろ?ま、脳みそより筋肉で生きてるような君よりはマシかもね…」


「なんだと!」


「事実を述べただけだけど?」


「あ、あー、あの!」


火花を散らすアレクスとランベールの間にカディルが慌てて割り込んだ。


「やめてください二人とも…。今は言い争いをしている場合ではありません。今こそ全員で協力しなくては。ね?」


「ふん…」


ランベールは横を向いてしまった。


「放っておけ」


アレクスはランベールを冷めた目で見てマントをひるがえして歩き去ってしまった。


「アレクス…」


カディルはオロオロしてアレクスとランベールを交互に見つめた。

この二人は性格が正反対なので日頃から噛み合わないのだが、今は非常事態なのだから皆で協力し合わなくてはとカディルは思うのだ。


今からこんな調子では今後が思いやられる。


それにしても…とカディルは思った。

ランベールの様子が朝からおかしく感じるのだ。

カディルはランベールの横に腰を下ろすと頬杖をついて目を瞑るランベールの顔を覗き込んだ。


「ランベール」


「…なに?」


「あなた、体調が悪そうですね。夢見が悪くて寝不足だと言っていましたけど…一体どんな夢を見たんです?」


「…………………」


ランベールは静かに目を開けた。前を見たまましばらく黙っているランベールの口が開くのをカディルは黙って待った。


「ーー…予知夢を見た、なんて言ったら君は信じる? 」


「予知夢…ですか?」


カディルは、突然突拍子もないことを問われてしばし沈黙した。


「例えばどんなーー」


そこでカディルはハッとした。

まさかーー


「あ、あなたはもしかして、…見たのですか?今日起こったことをーー…?」


予知夢とランベールは言った。「予知」とは未来を知ること。このタイミングで予知したことと言えば。

カディルは息を飲んだ。

ランベールはカディルを振り返って頷く。


「……見たよ。今日起きた全てを。そして、今から起きることも」


「ランベール…!」


カディルは立ち上がって身を乗り出した。緊迫した表情のカディルを見てランベールはため息をついた。


「安心して。君たちは龍の背に乗って無事に屋敷にたどり着くよ。僕の夢の中では…だけどね」


「…あなたは何処まで見たのですか?敵の姿も見たのですか?」


「いや…。昨夜の夢は声だけだったよ。でもーーー」


「ーーでも…?」


カディルは息を飲んだ。


「天使はーー…悪魔に狩られる。漆黒の闇に、金の髪の乙女が引きずりこまれていくのを見たよ」


「!!」


「まぁ、僕の夢の中の話だけどね。今日のことは予知夢だったとしても、他のことは分からない」


「…ランベール…」


カディルが何か言おうと口を開きかけたとき、フェリクスがカディルを呼ぶ声が聞こえた。カディルはハッとして振り返る。


「は、はい。私はここです」


「…行きなよ」


ランベールがカディルを促した。

どうやら龍の準備が整ったようだ。

でも…と躊躇したカディルだがランベールは椅子の背にもたれてこれ以上、話はないといった風である。


「…分かりました。私はもう行きますが…もし、また夢を見たらすぐに知らせてくださいね」


「はいはい」


ランベールに頭を下げてカディルは去っていく。カディルの背中を見送りながら、ランベールは浮かない声で囁いた。


「…でも、金の髪の乙女は…フィラだったんだ。今日初めて彼女に会ったのに…僕は彼女の顔を知っていたんだよ…何故だろうね…?」

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