EP12 新たな出会い



謁見の間にて。


「リッカルド王子様の御成でございます」


王子の側近がそう告げると、白龍の彫刻が施されている背の高い扉が開かれてリッカルド王子が颯爽と現れた。


ディユ達は横一列に並び頭を下げている。


リッカルドが壇上に上がり玉座に腰を下ろすと「顔をあげろ」と言った。


ディユ達は顔を上げると、目が点になった。


それはリッカルドの変貌によるものだ。

いつもは肩にかかる黒髪を無造作に下ろして服のボタンの1つや2つダラリと開けていたりするのだが、今日は髪を後ろで小綺麗に結び、首飾りや腕輪などの装飾品をきらびやかにつけている。

意志が強そうな黒い瞳と端正な顔立ち。そして細身だが無駄のない肉体美が際立っている。どこから見ても立派な王族だ。


カディルの隣でアレクスがこっそり呆れたため息をついている。女性との出会いに対するあからさまなリッカルドの意気込みはアレクスの最も苦手とする部分なのだ。


アレクスは非常に女性にモテる。

180を超える長身と鍛え抜かれた身体。整った顔立ちに鋭い瞳。

そして長く美しい赤髪をキリッと1つに結っている姿はまるで勇ましい剣士だ。

しかし彼はどちらかというと女性には冷たい。女はすぐ泣くし、独占欲も強いからめんどくさいと思っている。


だから今日も、噂の天使だかなんだか知らないが国に害を与える存在ならば王子の御前でも構わず剣を向けてやる。

そう考えている。


リッカルドはアレクスの不満など知る由もなく大変機嫌が良い。心なしか声が弾んでいる。


「いよいよだな!さあ天界の姫君をお通ししろ」


とうとうその時が来た…!

カディルの鼓動は速度を上げた。

口ではああ言ったけれど正直心配していたのだ。


しかし時は待ってくれない。


従者がフィラの待機する扉を開く。


「天界の第二皇女フィラ様のご入室です」


二人の従者によって開かれた扉には、美しい白い翼を讃えたフィラが立っていた。


絹のような金の髪を美しく結い、輝くティアラをつけている。上品なピンクのドレスは彼女のまばゆい白い肌を一層際立たせていた。

カディルは息を飲んだ。

先程まで隣で冗談を交わしていた彼女はこんなにも美しかっただろうか?


ゆっくりと朱色の高級な絨毯の上を歩く姿は先程まで緊張して狼狽えていた彼女からは想像もつかないほどに堂々としていた。


フィラがカディルの前を通り過ぎるとき、フィラは一度もカディルに視線を送らなかった。凛として聡明な表情を浮かべるフィラは皇女の貫禄を持っている。


リッカルド王子の御前でまで進み、フィラはドレスの裾を持って膝を折ると透き通る清楚な声で挨拶した。


「お初にお目にかかります。リッカルド王子様。この度はお招き頂きまして誠にありがとうございます。私は天界第二皇女のフィラ. ミィシェーレと申します」


フィラは続けた。


「カディル様のお屋敷で手厚い看護をしていただいたことに感謝いたしますと共に、無断でリオティア国に立ち入ってしまったことをお詫び申し上げます」


「ーーーーーーーーー…」


リッカルドは言葉を完全に失っていた。

フィラのあまりの美しさに時が止まってしまっている。


カディルと並んで整列しているリアムもフィラに釘付けだ。

耳が赤くなっている。


アレクスはフィラに見とれてしまいそうになって小さく咳払いして目を逸らした。


ランベールは横眼でフィラを見つめているが何を考えているのかいつも通り分からない。


リッカルドはハッと我に返って、恋愛映画の俳優のようにキザな表情を浮かべた。


「どうぞ顔を上げてください。初めてお会いする天界の姫よ。今日はよくおいでくださいました。突然の災難に合われてさぞお辛かったでしょう」


リッカルドのあまりの変わり様に、リアムが吹き出しそうになるのをカディルは慌てて肘で小突いた。


「どうぞフィラとお呼びください。色々ありましたが、皆様のおかげで立ち直ることができました」


「それは良かった。しかしまだ体調も万全ではないと聞いています。ゆっくりと静養していただきたい」


「ありがとうございます」


「フィラ。あなたは天界に伝わる特別な力を宿しているそうですね?」


甘ったるく笑いながら話すリッカルド王子の頭をカディルは思わずはたきたくなった。


フィラには特別な力はなく、彼女はそのことでずっと辛い思いをしてきたのだと以前説明したはずなのに、フィラにデレデレし過ぎてリッカルドはすっかり忘れてしまったようだ。

フィラのコンプレックスを堂々とえぐるような真似をしてそれに気づかずニコニコしているリッカルドをカディルは恨めしく見つめた。


フィラはピクッと一瞬反応したがすぐに華やかな笑顔を浮かべた。


「ー…いいえ。リッカルド様。私の容姿は少々他の天界人とは異なりますが、そのような特別な能力はございません」


「……」


しまった!という表情を浮かべてリッカルドはカディルの顔を恐る恐るうかがった。


穏やかなカディルが珍しく恨みがましい顔でリッカルドを見つめ返している。

リッカルドはコホンと小さく咳払いして、これ以上ないくらい自信満々に決め台詞を囁いた。


「特別な能力などなくても、あなたの美しさだけで十分ですね」


「ーーー…ありがとうございます」


さすがにフィラも返事に詰まったが、無難にやり過ごすことにしたらしい。


リッカルドはフィラの背後にいる男達に目をやった。


「フィラにこのリオティアの守護神である四神の使い、ディユ達を紹介しましょう。こちらは朱雀のアレクス」


紹介を受けてアレクスがフィラに近づき、右手を胸に当てた。


「アレクスと申します。以後、お見知りおきを」


フィラは赤髪の紳士に柔らかい笑顔を向けた。


「アレクス様。こちらこそ、よろしくお願い致します」


「次は玄武のランベール」


ランベールがフィラに歩み寄り、アレクスと同じ仕草をした。


「ランベールです。…お見知りおきを」


銀髪の青年から何やらじっと凝視されて、フィラは少し驚いたがにこやかに微笑んだ。


「…ランベール様ですね。お初にお目にかかります」


「次は白虎のリアム」


リアムがフィラと同じ金髪を元気に跳ねさせながら好奇心いっぱいの顔でフィラに近づくと元気よく口を開いた。


「リアムです!今日はお会いできて嬉しいです!これからよろしくね!あ!よろしくお願いします!」


太陽のように明るいリアムにフィラは心が緩みクスッと楽しそうに笑った。


「リアム様。堅苦しい言葉ではなく普通に話していただけたら私も嬉しいです。よろしくお願い致します」


「本当に?良かった!」


目を輝かせて喜ぶリアムをリッカルドは少し|嫉しげ(ねたましげ)に見て「早く下がれ」と注意した。ルンルンで下がるリアムの後に残るのはあと一人だ。


「次は、よく知っているでしょうが、青龍のカディルです」


カディルはフィラに近づくと胸に手を当ててにこやかに挨拶した。


「改めまして、カディルです。よろしくお願いしますね」


フィラはホッとしたように親しみのある表情を浮かべて頭を下げた。


「いつもお世話になっております。カディル様」


カディルが下がるとリッカルドは口を開いた。


「ーーーさて、これで全員です。今日は少し今後について話しをーー…ん?なんだ、お前は…」


部屋の隅で控えていた長い槍を持っている兵の男が一人、ふらふらと中央に向けて歩いてくる。


「!」


男の瞳孔は見開き、何かぶつぶつと呟やいている。異常な様子だ。

殺気立った男はフィラに槍を向けて走り出した。


「ーーー!!!」


突然のことにフィラは体が硬直してしまった。


いよいよ男が目前に迫り槍を振り上げる。

あっという間の出来事にフィラは咄嗟に目を閉じてしまった。


ガキーン!!!


強くぶつかり合う金属音が響いた。

恐る恐る目を開けたフィラの目の前には複数の男達の壁があった。

アレクスとカディルである。

アレクスの剣とカディルの杖で男の槍を受け止めている。

しかし異常なほどの力だ。

二人掛かりでやっと抑え込んでいる。


「フィラ…早く逃げてください…」


カディルが力一杯押し戻しながらフィラを促す。しかし腰が抜けて動けないフィラを、リアムがさっと抱き上げてその場を離れた。


「魔物にでも魅入られたか。私の客人になんたる無礼を働くのだ!」


リッカルドはスラリと剣を抜いた。


「反逆者は万死に値する。覚悟しろ…!」


迷いなくその剣を振り下ろし、兵をその場で斬った。


兵は大量の血を流してその場で息絶えた。


ランベールは静かに一部始終を眺めていたーー。


今日はずっとあの兵を注意深く見ていたのだが。あの男は急に正気を失ったように見えた…。そもそも、あの兵は謀反を計画するような者ではないーー。

仕事熱心な青年だったのをランベールは知っているのだ。


「はぁ…」


さすがのランベールもやるせないため息をついた。


「予知夢かーー。昨夜見た夢のとおりってわけだね…」

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