EP5 四神召喚



翌朝。

カディルは重い気持ちに喝を入れてフィラの部屋のドアをノックした。

しばらく反応を待ち、もう一度遠慮がちにノックしてみたけれど反応はなかった。


昨夜のことで塞ぎ込んでいるのだろう。

カディルはフィラの気持ちを思うと切なくて悲しそうにうつむいた。こんなに悲しい朝は久しぶりだ。


「あの、フィラ?眠っていたらごめんなさい。出掛ける前に、どうしても話しておきたいことがありまして……」


迷ったすえ、カディルはドアの前で話し出した。


「私は今から王宮に行ってきます。多分、おそらく……今日、時空の修復を行うことになると思うんです……あなたには本当に酷なことですが……」


カディルは悲しそうに言葉を切った。

次の言葉を口にするのは辛かったのだ。


「ーーどうか、許してくださいね……。この国に住んでいる人達を守らなければいけないんです」


カディルは顔を上げてドアを見上げた。


「毎日頑張って生きている人々を、小さな無垢な命を、……守るのが私の使命で……」


いや、違う。

それだけではなくて……。カディルは拳を握りしめた。フィラにはとても申し訳ない。でも、本心は……。


「すいません……。使命だからだけではありません。ーー私自身が、故郷を守りたいのです」


故郷に二度と戻れないフィラに対して自分が口にしていることが、どれだけ彼女の心を傷つけているのか分からないようなカディルではなかった。

でも、ここで嘘をついたらこれから先ずっと後ろめたい気持ちで彼女と向き合うことになってしまうとカディルは思った。


「……申し訳ありません、フィラ……。でも私はこれからずっと、あなたの力になりますから……本当に、ごめんなさい」


そう言うとカディルはフィラの部屋のドアからそっと離れて思いつめた表情で屋敷を後にした。






王宮に向かう馬車に揺られながらカディルは流れていく街並みを眺めていた。

なぜか家族と別れた日のことを思い出していた。


リオティア国。

アルナイルという星の、半分もの領地にたくさんの人が住む豊かな国だ。


カディルは田舎のごく一般家庭に生まれた。


特別裕福ではないけれど、優しい両親と姉に囲まれて幸せな幼少期を過ごした。


カディルには生まれつき左腕に蒼い龍のような痣がある。

それがリオティア国を守護する四神の青龍を宿す証だと知ったのは、家族と引き離された後だった。


十歳の誕生日の日ーー。


カディルの元に王宮から迎えの使者が訪れた。母が泣きながら、必死にカディルを抱きしめて離すまいと抵抗していた姿が今も脳裏に鮮明に浮かぶ。


国からの命令に背けば死罪ーー。

カディルは家族を守るために、王宮に行くことを決意した。


両親と姉が手を振り続ける姿が見えなくなるまで、走る馬車の窓にしがみついて必死に見つめたものだ。


カディルは首にかけた蒼い石のペンダントを手に持って見つめた。

別れの日、両親がくれた最後の誕生日プレゼントだ。永遠の愛情が詰まったかけがえのない石ーー。


あれから十二年。

家族は元気に暮らしているのだろうか。


四神の使い『ディユ』となったカディルにはもうそれを知るすべはない。

けれど、きっと元気で生きていてくれる。

家族を守りたい……。

カディルは蒼い石を持つ手に力を込めた。





ディユは青龍、白虎、朱雀、玄武の四人。そして代々王族が継承する白龍。


この国では、白龍を宿すことのできる者が次の王になるしきたりがある。

現在の王が病に伏してから、第三王子のリッカルドの背中に白龍の痣が現れ出した。そのことからリッカルドは王子と敬称されるものの、王の代理として実質政治の実権を握っている。

長兄たちは実に悔しい思いをしているだろう……。


王宮は華やかに見えても権力と私欲の巣窟に思えて、カディルはあまり好きな場所とは言えなかった。







「皆の者、おはよう」


儀式の間に集まった四人のディユとフェリクスの前でリッカルド王子が厳しい顔つきで口を開いた。


「今から時空の修復を行うが、途中なにが起きるか予想がつかない。各自気を引き締めて儀式に臨んでほしい」


「はい」


ディユ全員が頷いた。

カディルの顔は曇っているが決意は変わらない。


「よし。では始めよう」


儀式の間は王宮の頂上にある。

床には魔法陣のような形が描かれている。丸い天井は儀式のない日はドーム型のフィールドに覆われているが、四神を召喚する今日は開け放されていた。


魔法陣の四方には東西南北を示す位置にそれぞれの神の形を象った肖像が描かれている。その上にディユが立つ。


南に朱雀のアレクス。


西に白虎のリアム。


北に玄武のランベール。


東に青龍のカディル。


そして最後に中央に描かれた白龍の肖像の上にリッカルドが立った。


「四神を召喚せよ!」


四方に立つ四人は顔の前に両手をあげて左手の中指と人差し指を、真っ直ぐ立てた右手に当てた。


目を閉じて同時に詠唱を始める。

四人の声が重なり、不思議な力が水の波紋のように広がっていく。


「ーー白き神の下にこの国を守護せし四方の門に散る四神よ。我らは汝の器となり汝の司る神力の加護を受ける者成り。我が命運に従い汝へ誓いを此処に告げる。故に契約の意を汲むならば我らの声に応えよ!」


詠唱を終えた瞬間。


儀式の間から眩しい光を放たれ、四人から凄まじい波動が解き放たれた。


「修羅の炎を纏いし不死鳥朱雀よ。我の呼びかけに応えその姿を表せ。朱雀召喚!」


アレクスが突き上げた剣の先から上空に稲光が走ると上空に燃えるように赤い孔雀のような姿の鳥が姿を現した。

南の守護神、朱雀だ。


「白く気高い白虎よ。俺の声に応えその姿を現わせ!白虎召喚!」


リアムがつがえた弓の矢を放った瞬間、矢が白い虎の姿に変わって上空で吠えた。


ランベールは横笛を奏で始めた。

静かに、しかし深い沼ぞこから玄武を呼び覚ますような美しい調べであった。


「目覚めたかい?玄武よ。リオティアの危機を救うためには君の力が必要だよ。僕の声に応えておくれ。玄武、召喚!」


地の底から巨大な獣が蠢くような低い地響きが起き、儀式の間を覗き込む巨大な蛇の目がギョロリと光った。

玄武も無事に召喚されたようだ。


カディルは長い杖を持ち目を閉じた。


「あまねく水よ。蒼く輝き光る龍神よ。私の声に応えその姿をここに現しなさい。青龍、召喚!」


足元からカディルを包むように風が舞い上がり、その手に持つ杖に埋まる碧い石が眩しく光りを放つ。

真っ直ぐに蒼い光が雷のように空高く突き抜け、激しく響き渡ると上空に青い巨大な龍神が現れた。


「高位な青龍を召喚したな。いつもはナヨナヨしてるくせにお前の能力には驚かされる!」


リッカルドがカディルを振り返り興奮気味に言ったが、カディルはあまり褒められた気がしなかった。


「四神が揃ったな。次はいよいよ白龍だ」


リッカルドは満足げに空を見上げながら腕を組んだ。


だがしかし。


リッカルドには大きな問題がある。


実は白龍を召喚できたことがまだ一度もないのだ。


素質はあっても白龍に認められていなければ召喚しても応えてもらえるはずもない。


今までリッカルドは白龍に認められるために日々修行を積んできた。その甲斐あって徐々に背中の痣は濃くなり続けてはいるが、いざ召喚の練習をしても今までただの一度も白龍の鱗一枚召喚できたことがないのだ。


しかし今日は何がなんでも白龍に来てもらわなくては困る……。リッカルドは正直不安を感じていた。


(しかし不安な顔など見せられようか!)


リッカルドは覚悟を決めて、勢いよく両手を突き上げた。


「四神の長、白龍よ!父の後を継ぎ白龍をこの身に迎える覚悟はできている!!我の声に応えよ!」


全身に力を込めて精一杯叫んだ。


「白龍!召喚!!」


リッカルドの雄々しい雄叫びは儀式の間にこだまし、王子は空に向けて両手を高く上げ続けた。


「…………」


時間だけが過ぎていく。


「ーーーーなぜ応えない?」


リッカルドは虚しく空を掴むと、悔しそうに唇を噛んだ。


「あ」


その時、リアムが呟いた。


リッカルド王子の周りに小さな手のひらサイズの白龍がクルクルと回っているではないか。


「白龍……!!」


リッカルド王子は目を輝かせて白龍に手を差し伸べたが、はたと動きが止まり沈んだ表情を浮かべた。


「なんて小さい白龍なのだ……」


「王子……」


たしかに現在の王が召喚していた白龍は、リッカルドの白龍とは比べものにならないほどに巨大だったが。


しかし記念すべき白龍の初召喚だ。


どんなに小さくても白龍は白龍だ。


この白龍にどれだけの力があるのかはあまり期待できないけれど…。


何はともあれ。


「初めての召喚成功、おめでとうございます」


四人はリッカルドに深々と頭を下げて、祝辞の言葉を述べたのだった。

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