EP3 彼女は特別?



リッカルド王子は玉座に座り、集められた四人を見渡した。


「休日に呼び出して悪かったな」


アレクス、ランベール、リアム、そしてカディルが一礼する。

アレクスが緊迫した声を上げた。


「王子。何が起きたのですか?」


「…待て。まずは確認したいことがある。

カディル。眠り姫が目覚めたらしいな?」


アレクスを制止してリッカルド王子がカディルを見つめた。


カディルは頷く。


フィラが目覚めた時に急ぎの使いを王宮に送っておいたのだ。明日の謁見で詳しく報告をする予定でいたが、王子の表情を見るとどうやらそれでは遅い事態が起きたようだ。


「何か分かったことはあるのか?」


「ええ。まだ少しばかりですが。彼女の名前はフィラ。やはり天界から来たようです。それ以上のことはまだ……」


「そうか。やはり天界人だったのだな」


「はい」


「わかった。ではランベール。報告を頼む」


「はい」


ランベールが壁に向かって手の平を向けると部屋の照明が落ち、壁に大きな蜘蛛の死骸が映し出された。思わず誰もが目を背けた。「うげっなんだこれ……」とリアムが囁いている。


ランベールは冷静に写真を見つめながら、たんたんとした口調で説明を始めた。


「今朝方、巨大な蜘蛛がストラセイユの森で死んでいるのを発見したと報告を受けました」


「ストラセイユに……巨大な蜘蛛……?」


アレクスが呟く。

ストラセイユ。王宮からはかなり離れているがリオティア国のはずれに位置する広大な森である。


「でかい森なんだし蜘蛛くらいいるんじゃないですか?」


リアムが口を出す。

リッカルドは考え込むように目を細めた。


「その蜘蛛はこのリオティアには生息していない猛毒を持った生物だと調査本部の生物学者が報告してきたのだ」


「!」


「さらに蜘蛛の死骸はどうやら高い場所から墜落した形跡があるそうだ」


カディルは驚いた。


「……そんな……まさか……この蜘蛛も……?」


「調査本部が報告してきたのはもう1つある。フェリクス、こちらへ」


「はい」


フェリクスは26歳という若さで調査本部の隊長を担っている優秀な青年だ。


賢いわりに人なつこい表情を浮かべている。ディユ達に深々と頭を下げると彼の薄茶の髪が揺れた。


「まずはこちらをご覧ください」


フェリクスは手に持っている小さな機械を床に置いた。するとリオティア国の立体像が空中に映し出された。


「ここリオティア国は、皆様もご存知の通り50の国でなるこの星の、半分もの領地を誇る巨大国家です。この立体像は我ら調査本部が解析した結論を映し出しています。問題はーーこの部分です」


そう言ってフェリクスが指し示した場所は

リオティア国の遥か上空。雲よりも高い場所にある「なにか」だった。


「これは……?」


アレクスが目を見開いて立体像を凝視する。


上空が裂けているように見えるが……?


にわかには信じられない映像だ。


「誠に信じがたい話ですが、時空に亀裂が入っている状態だとご理解ください」


「時空に亀裂だと!?」


アレクスが事態を飲み込めないでいるのを見て、ランベールは呆れたようにため息をついた。


「まったく。一度で理解してほしいね。いいかい?上空が裂けて、亀裂が入ってるんだ」


ランベールの顔が苦々しくゆがんだ。


「また何が堕ちてくる可能性が高いってことさ。そんなことも分からないのかい?」


「なんだと! お前、そんな言い方ないだろう!?」


屈辱的な表情を浮かべてアレクスがランベールを睨み上げた。今にも飛びかかりそうなアレクスをリアムが慌てて抑えこむ。


「どうどうどう……!」


「俺は馬じゃない!!」


フェリクスはそちらを気にしながら説明を続けた。


「ランベール様のおっしゃる通りです。何かの原因でリオティア国の上空に数カ所時空の亀裂が生じています。原因究明に引き続き調査を続けますが……」


フェリクスの額に汗が流れた。


「目前の問題として、このままではいつ、どこに、なにが異次元から堕ちて来るのか予測がつかないということです」


「……このままでは死人がでるかもしれぬ。早急な処置が必要だ」


リッカルド王子のいつになく低く厳しい声に全員が息を飲んだ。


「ーーそして今一つ。ランベールから天界についての報告がある」


促されてランベールは再度壁に手を伸ばし映像を切り替えた。

天界人の絵画が映し出された。


「天界は、リオティア国とは全く違う時空に存在すると太古の昔から言い伝えられてきた場所です。ーーしかし今回、カディルの屋敷に現れた有翼人種が自ら天界人だと発言したことから、天界は実在すると判明しました」


ランベールはチラリとカディルを見つめた。


「ここからは伝録に記されていた内容になりますが、天界は帝国政権であり、皇帝はつなわち神とされる存在です。寿命は一般的にとても長く千年近く生きる者もいるそうです。そして」


ランベールがひと呼吸おいて続ける。


「皆、銀髪と空色の瞳を持つのが特徴です」


静かに耳を傾けていたカディルはあれ?

と思った。


「待ってください。それは違います」


「何が違うのだ?」


「彼女の…フィラの容姿です。銀髪に空色の瞳、ではありませんよ。絹のような美しい金の長い髪。そしてルビーのように透き通る美しい赤い瞳をしています」


「金の髪に赤い瞳ーーだと?」


「ーー?はい。その通りですが……どうしましたか?」


リッカルドがその場に立ち上がりカディルを食い入るように見つめるのでカディルは何か悪いことを話してしまったのかと心配になってきた。


「ランベール。ーー続けろ」


「……はい。銀髪に空色の瞳。それが天界人の特徴です。ですが、皇族は金の髪を持ちます。金の髪に空色の瞳が皇族の証しです」


ランベールのまなざしがカディルを真っ直ぐ射抜く。


「そして、今ひとつーー」


カディルの鼓動はドクンドクンと激しく打った。なんとも言えない不安が胸に広がっていく。


「一万年に一人現れるとされる伝説の天使。ーーそれは、金の髪と赤い瞳を持つとされています」


「!!」


カディルは驚愕した。


フィラが伝説の天使だと言うのか!?


皇族であるというだけでも驚きを隠せないのに、一万年に一人しか生まれない特別な存在だと?


「伝説の天使には特殊な魔力があると信じられています。桁外れの力と、全てを無に返す力ーー。ゼロです」


「……ゼロ」


想像を超える展開にカディルは呆然とした。


「ーーおい、大丈夫か?」


「ああ……。リアム、すいません。大丈夫です」


「カディルの屋敷にいる子が皇族で、しかも希少な伝説の天使ってわけ?う〜わぁ、天界人が総出で襲撃してきそう……」


「いえ。そうはならないでしょう」


フェリクスが口を挟んだ。


「時空とは、出口のない迷路のようなものです。今回のケースでは、おそらく天界にも亀裂が入り、時空の迷路に迷い込んだあげく、偶然開いた新たな亀裂からこの地に落ちたのでしょう」


顎に手を当てて考え込みながらフェリクスは続けた。


「カディル様のお屋敷に落ちてこられたのは天文学的な確率によるもの、でしょうね。ですから天界に帰るのはかなり難しいと思います」


「そんな……!」


カディルは青ざめた。


「……時空の亀裂をこのままにするわけにはいかない。修復を急ぎたい」


リッカルドが膝の上で両手を組んで皆を見渡した。

カディルはさらに青ざめて王子を振り返った。


「たしかに、現状ではそれが優先されるべきでしょう。ですが……時空を閉じてしまったら彼女の帰る道を断つことになってしまうのでは……!?」


「…………」


リッカルド王子は振り向かずしばらく黙っていた。


「ーーたとえ伝説の天使であろうと、リオティアの民全員の命を危険にさらすわけにはいかぬ」


「リッカルド王子……!」


「報告会は以上だ。亀裂修復には四神を召喚して行う。準備が整い次第、明日にも実行する。皆、準備しておくように」


リッカルドはそう告げると立ち上がった。

厳しい顔つきで奥の間に去っていってしまった。


「なんてことでしょう……」


カディルは立ち尽くしていた。

彼女は二度と天界に帰れないのか?


彼女の不安そうな瞳を思い出すとカディルの胸はひどく傷んだ。

なんとか帰してやれる道をと考えていたのにーー……。


だが……、リッカルド王子の判断は正しい。時空の亀裂から次こそ人命を脅かす『何か』が現れるかもしれない。


緊急の事態だ……!


ああ、しかし……。


「カディル。君はもしかしてその天使に同情してるんじゃないだろうねぇ。ディユともあろう者がリオティアの全国民と、つい最近出会った天使を天秤にかけるなんて、あるわけないよね……?」


背後からランベールが絡んできた。

いつもそうだ。

ランベールは何にも興味を示さない。誰かに情けをかけるようなタイプではない。カディルは微かに振り向き厳しい目つきでランベールを制した。


「……そんなことは、ありません……」


「あ、そう。なら構わないけどね。君の仕事はこの国を守ることだけ。僕たちにはそれ以外に存在価値なんてないからさ。忘れないでおくれよ。じゃあ」


ヒラヒラと手を振って去っていくランベールの背中をカディルはしばらく重苦しい気持ちで眺めていた。ランベールの言うことも正しい……か。


「とにかく帰って、フィラと話をしなくては……」


カディルは憂鬱な気持ちで謁見の間を後にした。

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