第14話 8月13日

 八月十三日の深夜三時、昨日の午後五時の撮影から十時間が経過したため、撮れた映像を確認した。始めに映ったのは、雨が強く振り、雷の轟々となる街の様子だった。十時間分もあるため、もう眠くなっていた俺は最初の十分くらいを見たら寝ようと思っていた。

 結論から言うと、十分も見る必要はなかった。というのも、再生から五分を過ぎた辺りで、突如画面が真っ暗になって、その後何も映らなくなったからだ。窓を突然真っ黒に塗ってしまったのでなければ、再生トラブルかと思ったが、右下に表示されている動画時間は毎秒毎秒進んでいる。何度再生しても、五分三十三秒のところでブツリと真っ黒になってしまう。

 コマ送りで見てみても、普通のコマから次のコマに映っただけでいきなり真っ暗になっている。こうなると録画ミスかカメラの故障を疑うしかないが、そもそも真空崩壊がどんなものかも分かっていないので、もしかしたらこれがそうなのかもしれないと、俺はスマホで真空崩壊と検索をかけた。

 ウィキペディアに書かれた学問的な説明の大半は理解することはできなかったが、最後の方に叙述された「真空崩壊を起こす真の真空の泡は光速でやってくるため、観測者が泡の存在を知ることは不可能」という文の意味は理解することができた。

 つまり光の速さで真空崩壊は起こるため、目に飛び込んで来たときにはもう既に起こっているということだ。それも宇宙規模で。

 街の人に知らせて避難? 政府に連絡?

 バカバカしい。

 地球上であれこれ画策したってどうすることもできない。真空崩壊は宇宙レベルで発生したそれは、この宇宙自体の構造を変化させてしまうのだから。

 もはやどうすることもできない。恐らくあの一瞬で真っ黒になった映像は真空崩壊が起こったことを示しているのだろう。

 明日の七時半過ぎ、真空崩壊が起きる。

 みんな死ぬのだ。

 これはどうしたって回避することはできない。だってカメラに映っていたのだから。

 カメラに映った未来は変えられない。これは絶対のルールだ。

 全て俺のせいなのかもしれない。パソコンに来ていたメールを見つけてしまい、そこに行ってリアクターを掘り出して、カメラが未来を映すようになった。それを使って、競馬を当てたり、模試の答えを見たり、千尋の返事を聞こうとしたり。

 そんなことをしていたからバチが当たったのかもしれない。

 もう、見れる未来も無いのだ。競馬や宝くじを当てて一生遊んでくらすなんて、そんな人生を歩むための世界がもう無いのだ。

 何もかも無くなるんだ。失うんだ。

 その夜、俺は布団にくるまって泣くことしかできなかった。


 ニュースで、全国各地で行方不明者や死傷者が出ていることが報道された。そして、被災者を救助する自衛隊の映像が流された。

 どう足掻いたって、いずれみんなが死ぬのだ。

 防災セットを準備している母さんも、呑気に部屋にいる父さんも、諒太も、姫ちゃんも、そして千尋も……。

 誰も助からない。もう決まっていることだ。

 その時、スマホが鳴った。画面には大塚姫莉の文字が出ていた。

「……はい、もしもし」

『蒼馬くんのバカッ!』

 いきなり大声で怒鳴られ、ぼーっとしていた俺はスマホを落とした。

「ごめん。電話落としちゃって」

『蒼馬くんのバカッ!』

 そんな二度も言わなくても……。

『一昨日のこと、ちーちゃんから聞いたよ』

 こんな時にそんな話か……。何も知らないとは云え、姫ちゃんの呑気さに少し呆れた。

『なんで告白する時にカメラで撮影なんかしようとしたの! ちーちゃんが可哀想じゃん』

「……えーと」

「ねぇ、どうして!」

 人と話す気分ではなかったが、姫ちゃんがあまりに必死になって聞いてくるため、俺は答えた。

「……不安だったから」

 今となっては、その不安などちっぽけなことに思えた。アホらしいほどに呑気な不安だ。

『だからって、あんなやり方ないじゃん。ちーちゃん傷付くじゃん』

「うん、ごめん」

 開き直りに近い俺は、素直に謝った。

『告白って、相手の気持ちが分からないからすっごく不安なのは私も分かるよ。でも、だからって事前に相手の気持ちを知っておこうなんて、酷いよ……』

 最後の方が尻すぼみになっていく。

「うん、分かってる」

『ううん、分かってない! だって蒼馬くん、ちーちゃんにごめんねしか言ってないじゃん!』

 姫ちゃんが涙声でそう言った。

「それはそうだけど……」

 あの時他に何を言えばよかったっていうんだ。

『ただ素直に思っていることを言えばいいんだよ。気持ちを、伝えればいいの』

「それだけでいいのか?」

『うん。あ、でも電話とかメールじゃダメだよ。ちゃんと会って伝えるの』

 姫ちゃん……会うのは無理だよ。もう会うことはできない。

『蒼馬くん、聞いてる? こういうことは恥ずかしくても、顔を見て言わないとダメだからね』

 もし、もう一度千尋に会えるなら、何度だって言う。どんな言葉だって伝える。けど、もう会えない。家から一歩も出られる天気じゃないし、出られたとしても、千尋の家は千葉だ。電車は止まっているだろうし、それに……。

「分かった。伝える」

『会えたらじゃないよ。会うの。雨が止んだら、ちゃんと会って言うんだよ』

 雨は止まない。そして止む頃には……。

「……分かった。会うよ」

 こんな出来もしない約束を姫ちゃんにしたのは初めてだろう。

『それでよし! じゃあもう切るね。私のうち停電しちゃって充電できないから大切に使わないと。じゃあまたね』

「うん、じゃあ」

 またね、とは言えなかった。言えるはずもない。この俺がどの口で「またね」などと言えるというのだ。

 天に住む誰かがバケツで水を撒いて回っているような大量の雨が降っていた。

月の表面を大きなバチで叩いているかのような音を立てて、雷が鳴っていた。

 もう諦めるしかないのだ。


 夕飯の後、もうこれ以上ニュースを見るのが嫌になっていた俺は、部屋へと戻り、ベッドに倒れ込み、無心で天井を眺めた。こうしている間にも世界は崩壊へと歩を進めている。けれど、俺に何ができるっていうんだ。

 俺はただの高校生だ。ずば抜けた科学の才能があるわけでもないし、超人的なパワーも持っていない。ちょっとばかし不思議なカメラを手にしただけで調子に乗ってしまう一介の高校生だ。

 何もできやしない。大人しく絶望の未来を受け入れるしかない――

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