二の打ち要らずの神滅聖女 〜五千年後に目覚めた聖女は、最強の続きをすることにした〜

藤孝剛志

一部

第1話

 強烈な衝撃を頭部に受け、ニルマは目覚めた。

 仰向けに倒れたニルマの目に逆さになった小屋が映る。

 幼い少年が、小屋の窓からニルマを見下ろしていた。


「やっと起きましたね」


 少年が呆れたように言う。


「……え、ごめん。状況が全くわかんないんだけど?」


 気付けばゴツゴツとした岩肌に横たわっていた。

 寝ぼけて状況が認識できないのかとニルマは思ったが、意識がはっきりしてきても状況は不明なままだ。


「まったく目覚める様子がなかったので、強行手段を取らせていただきました」


 どうやら小屋の窓から落とされたようだった。


「そのまま永遠の眠りについちゃうかも、とか思わなかった?」

「ニルマ様がその程度で死ぬわけがないでしょう?」

「あ、思い出した! あんた目覚まし時計じゃん!」

「そうですよ。ただあなたを起こすためだけに作られた哀れな機械人形です」

「で、ここはどこ? なんで家がひっくりかえって天井からはえてんの?」


 ニルマは上体を起こし、あたりを見まわした。

 上にある小屋から漏れ出る光であたりが照らされている。

 三方を岩盤で囲まれた行き止まりで、どうやら洞窟内のようだった。


「知りませんよ。五千年も経てばこうもなるんじゃないですか?」

「すごいな、五千年!」


 ニルマは寝るための小屋を人里離れた山奥に建てた。

 眠りを妨げられないようにと頑丈に作ったのだが、家ごと移動したり、ひっくり返ったりといった状況まで想定していなかったのだ。


「そうかー、五千年も経つとこうなっちゃうかー」

「寝ていたニルマ様には一瞬のことでしょうけどね」

「ねえ。そっちに服あるでしょ。適当に落としてよ」


 ニルマはパジャマ姿だった。

 服に頓着しないニルマだが、さすがに寝間着のまま出かけるのはまずいと思う程度の常識は持っている。


「ないですよ。経年劣化でボロボロになってます」

「そうなの!?」

「五千年をなめないでください」


 着ているパジャマは無意識のうちに保護していたニルマだが、クローゼットの中にまで気が回っていなかった。


「まあ仕方ないか」


 ニルマは立ち上がった。

 とりあえずは素足にバジャマで進むしかない。


「一緒にくる?」


 ニルマは目覚ましの少年に呼びかけた。


「まさか、こんなところに僕を置いていくつもりだったんですか?」


 少年が飛び降り、見事に着地を決めた。

 身なりのいい、上品な雰囲気の少年だ。

 人形であると知らなければ、裕福な家庭で不自由なく育った少年にしか見えないだろう。


「あんたの服は経年劣化してないわけ?」

「五千年間稼働し続けることを想定していたわけですからね。当然対策は施してありますよ」

「そーいや、名前は?」

「オーダーメイドで開発され、すぐさま納品された僕にはコードネームすらありませんけど?」

「これ、私が付けるって流れだよね?」

「口惜しいことに、自身に名を付ける権利は有しておりませんね」

「うーん。目覚まし時計だから……ザマーで」

「……承知……いたしました……」


 少年は露骨に顔を歪め、絞り出すように答えた。


「じゃあ、いこうか」


 とりあえず進むしかないと、楽観的な気持ちでニルマは前へ歩き始めた。

 しばらく行くと小屋の光は届かなくなった。


「ねえ。ザマーは目が光ったりする機能はないの?」

「少しは冗談だったりする可能性を期待したんですが、ザマーは確定なんですね」

「そう言われても他に思いつかないし」

「……発光する機能は持ち合わせておりませんね。基本的に、人間に準じる機能しかないとお考えください」

「そっか。まあ、見えなくてもわかるからいいけど」


 ニルマは、視覚以外の感覚を統合して周囲の様子を脳裏に描くことができる。なので、闇の中であろうと行動に支障はなかった。

 進んでいくと前方から光が見えてきた。

 壁のところどころが光っているのだ。

 壁はこれまでのような剥き出しの岩肌ではなく、モルタルのようなもので塗り固められていた。


「人の手が入ってるってことかな?」

「どうでしょうね」

「そーゆーの分析する機能とかないの?」

「目覚まし時計に分析機能って必要だと思いますか?」


 洞窟はうねうねと続いていて、時折分岐が現れる。

 なんとなく選んで進んでいくと、黒い壁が行く手を塞いでいた。

 魔力で構築された結界の一種だ。


「もしかして、誰かいる?」


 ニルマは、黒い壁に魔力の流れを感じた。

 単独で存在しているわけではなく、魔力供給を受けることで存在を維持しているのだろう。

 つまり、壁の向こう側に魔力の供給元がある。そして、それは人間なのではないかとニルマは考えたのだ。


「これって結界でしょう。つまり、中に何かいるとして、入ってきてほしくないわけですよね?」

「いやあ、人間がいるんなら、見たいでしょ」


 五千年も眠り続けたのは人類の復興を期待してのことだ。

 ニルマが結果を確認したいのは当然のことだった。

 ザマーの手を取り、ニルマは壁に向かって歩き出した。

 黒い壁に干渉し、中和してすり抜ける。


「か、神はこんなことをお許しにはなりませんよ!」


 結界の中では、五人の男女が少女を壁際に追い込んでいた。

 取り込み中のようだった。

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