小悪魔とのキス・2

「おはよう!」


「おっおはよう…」


 朝、オレを見るなり、アイツは笑顔で抱きついてきた。


「今日のお弁当はサンドイッチだよ」


「へっへぇ」


 …コイツは周囲の視線を全く感じないのか?


 周りにいる学生達は、驚き半分・嫉妬半分の視線を向けてくる。


 いい加減、ウンザリしていた。











「ねぇねぇ、次の休み、映画見に行こーよ。僕、見たいのあるんだ」


「ああ、良いけど…」


 けれどコイツを突き放せない自分がいることも、自覚していた。


 キライではない。


 それは素直にそう思える。


 向けられる好意は、とても優しくて温かい。


 最近のコイツの表情は以前と比べて、とても柔らかくなった。


 生活態度も真面目になったし、昔付き合ってたヤツらともキッパリ縁を切ったらしい。


 それはまあ…良いんだけどさ。


「ねぇ、どう?」


「えっ?」


「サンドイッチの味! 頑張ったんだけど?」


 そう言ってハムサンドをオレの口に押し込んできた。


 オレは口を塞がれたので、両手で丸を作って、頷いて見せた。


 すると満面の笑顔になる。


 …最近になって、やっとコイツの本当の笑顔を見られるようになったと思う。


 前はまだちょっと…トゲトゲしかったからな。


「映画の待ち合わせ、何時にする?」


 ハムサンドを噛んで飲んで、オレは口を開いた。


「10時で良いだろう? 映画見て、お昼はどっかで食えば良いし。いつも弁当を作ってもらっているから、お礼に奢るよ」


「ホント? ラッキー!」


 あまりに嬉しそうな笑顔だったから、オレも笑った。


 休みの日に、どこかに行くのももう定番みたいになっていた。


 アイツはいつも待ち合わせ時間より先に来て、待っている。


 …何て言うか、本命には尽くすタイプなんだろうか?


 いや、それだったらオレの方もハッキリさせないと…。











 モヤモヤした気分のまま、待ち合わせ場所に行くと…。


「…っるさいな!」


 …ちょっと、いや、かなりヤバイ場面に遭遇してしまった。


 アイツが二人組みの男に絡まれている。


 いや、アレは…多分、昔付き合いがあった連中だろう。


 何となく、雰囲気で分かる。


「僕はもう遊ばないことにしたんだ! アッチに行けよ!」


 激しく拒絶するも、二人組みはニヤニヤしている。


 昔の悪いツケが回ってきているな。


 学校内ではともかく、街にはいろんなヤツらがいるからなぁ。


 オレは深くため息をつくと、アイツと二人組みの間に割って入った。


「はい、そこまで!」


 アイツの手を握り、二人組みを真っ直ぐに見た。


「悪いケド、今のコイツのツレはオレだけだから。じゃ!」


 そう言って人ゴミの中を走り出した。


「えっ!」


「いいから、走れって!」


 ―そして街の中にある公園まで走った。


 遊具よりも木が多いので、隠れる場所が多かった。


「ぜぇぜぇ…」


「はあはあ…」


 二人して息を荒げながら、木に寄り掛かった。


「あ~しんどかった。…さっきの、何?」


「えっと…」


 アイツは汗を拭いながら、口ごもった。


 …まっ、多分オレの考えた通りだろう。


 ポケットからハンカチを取り出して、アイツの汗を拭いた。


「あっ…」


「まっ、何はともあれ、無事でよかった」


 それは本心から出た言葉だった。


「…ゴメン」


「いいって」


 泣きそうな顔で謝られると、こっちも胸が痛くなる。


「やっぱり…僕、やめた方がいいのかな」


「何を?」


「キミを、好きでい続けること…」





 どくんっ…





 心臓がイヤな音を立てた。


「キミに言われるまで、ロクでもないことをしてきたのは事実だし…。今そのツケが回ってきても、僕は文句言えない立場だけど…。キミには嫌われたくない」


「それが何で諦めることにつながるんだよ?」


「だって…これからだって、何言われるか分かんないし…。僕、自分のことだけで、キミに何かあるなんて、思わなかったし」


「別に絡まれたワケじゃないんだから、大丈夫だよ」


「でもっ…!」


「いいからっ!」


 大声で遮って、思いっきり強く抱き締めた。


「…えっ?」


「いいから…オレを好きなままでいろよ」


 ぎゅうっと力を込める。


 離したら、このままどこかへ消えてしまうような気がしたから…。


「ホントに…良いの?」


「…ああ、オレも好きだから、さ」


 腕の中で、アイツがびくっと震えた。


「ずっと…言えなくてゴメン。でもお前のこと、好きだから。だから好きでい続けてほしいんだ」


「ふっ…!」


 体が小刻みに震えだした。


 …泣かしたか。


 何だかいっつもこんなパターン。


 でも…こんなコイツの表情、オレだけしか知らない。


 それがとても嬉しく思えるし、ずっと見ていたいと思う。


 だからアイツの頬を両手で包み、キスをした。


 涙で濡れていた唇だけど、やっぱり甘いキス。











「ねっねぇ、やっぱり離そうよ」


「ん? 別にいいじゃん。こんな人ゴミの中じゃ分からないって」


 オレはアイツの手を握って、街の中を歩いていた。


「でっでも…」


「だってお前、こうしなきゃどっかに行ってしまいそうだし」


「行かないよ! …僕はもう、キミから離れられないんだから」


 真っ赤な顔で目線をそらすコイツを、やっぱり好きだと思う。


「あっ、そうだ。言い忘れてたことがあったんだった」


「えっ、何?」


 キョトンとしているアイツの耳に、囁いた。


 ―愛しているよ、と。


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