始まりのキス

 いきなり、キスされた。

「んんっ!」

 両手を壁に押し付けて、アイツは激しく深く唇を合わせてくる。

「~~~っ!」

 抗おうにも、強い力と息苦しさでロクに抵抗出来ない。

 悔しさと苦しさに、目に涙が浮かぶ。

「ふっ…!」

 しかし唇は突然離れた。

 ヤツはけれど両手を放してくれない。

「はっなせよっ!」

「―宣言してやるよ」

「はあ!?」

「お前は絶対、俺を好きになる」

「ふざっけんな!」

 ありったけの力を込めて、ヤツの脇腹に蹴りを入れた。




 ―翌日。

 …サイアクだ。

 何でよりにもよって、アイツにキスされるんだ?

 教室の隅でどんよりしているオレとは逆に、アイツの周りは華やかだ。

 女子生徒に囲まれ、最上級の笑みと話術を披露している。

「相変わらずスゲーよな」

「ウチの女子生徒、全員手ぇ付けられたって話だぜ」

 遠巻きにいるクラスメイト達が、アイツを見ながらコソコソ話している。

 …毎日同じ内容で、飽きないのか?

 いろいろな意味で痛む頭を抱えながら、更に悩む。

 …そもそも何でアイツにキスされる?

 女ッタラシで有名なアイツにソッチの気があったなんて…未だに信じられん。

 でも…唇には昨日の感触が残っている。

 アイツの味も…。

 …ぐあっ! ダメだ! 感化されてる!

 もしかしたらイタズラだったのかもしれない!

 考えたくはないが、どっかの誰かと組んでふざけただけかもしれない!

 いや、きっとそうに違いない!

 そうと思いたいっ!

 オレは思い余って、立ち上がった。

「わりぃ、授業サボる」

 近くにいた友人にそう言って、オレは教室を出た。

 …このまま近くにいたら、ずっとオレがアイツを見ていることを知られそうだったから。

 気付かれたくは、ない。

 まるで昨日のアイツが言った通りになってしまったようで…。

 いっいやっ! 好きではない! そういう意味じゃなくて!

「はあ…」

 とりあえず、落ち着ける場所に行こう…。

 中庭は広くて、木も多いから落ち着くだろう。

 オレはそのまま中庭に出た。

 教室の窓からは見えない所まで移動して、草むらにねっころがった。

「ったく…」

 目を閉じ、気分を落ち着けさせようとしても、悶々としてしまう。

 アイツのふざけた笑い顔が、殴りたくてしょうがない。

「あれ? こんな所でサボり?」

 だから声が聞こえた途端、すぐに目を開け、殴り掛かった。

「うをっ!」


パンッ!


 …しかしオレの右ストレートは届かなかった。

 寸前で止められてしまった。

「チッ」

「スゴイ挨拶だなぁ。強烈過ぎ」

「テメーの場合は自業自得だ」

「…昨日のこと、考えてたんだ?」

 そう言って得意げに笑って見せる。

「ああ、考えたさ。凄まじくイヤな嫌がらせだとな」

「えっ! 嫌がらせじゃないよ? ちゃんと本気だってば」

「どの面下げて言いやがる!」

「ホントだって」

 そう言って屈み込んで、オレの顔を覗く。

「どう? オレのこと、好きになっただろう」

「誰がだ! 自意識過剰もいい加減にしろよ?」

「いや、だから本気なんだって。気持ちこめたし?」

 そう言ってまたキスをするフリをする。

「だから何の嫌がらせだっ!」

「…人の愛の告白を、そんなふうに言わなくても…」

 愛の?

 …告白?

 ……昨日のが?

「ふざけるなよ。あんなの挑戦状としか受け取れねぇよ」

 一息に言った。

「挑戦状…。ああ、確かにそうかも」

 オレの片手を掴んだまま、もう片方の手はオレのアゴを掴んだ。

「オレを惚れさせるって挑戦状。うん、この方がしっくりくる」

 そう言って甘いマスクで笑う。

 不覚にも、心臓が高鳴る。

「だれがっ、お前なんかっ…!」

「うん、今は夢中でいい。そのうち、好きだって自覚させるから」

 不意に真面目な顔になる。

 …卑怯だ。普段なら絶対に見せないような顔を、オレに見せるなんて。

「お前なんて…」

「うん」

 近付いてくる唇を、避けられない。

「…好き」

 になんかならない。

 ―言えなかった。

 アイツの熱い唇で、言葉を封じられてしまったから。

 そう、好きになんてならない。

 今はただ…コイツのことで頭がいっぱいなだけだ。

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