第17話 AIだってサボりたい!?(後編)
晴人の部屋(に置かれているPCの中の仮想空間)に取り残されたイリスとシノブは命令通りに仲良く会話をしていた。
「〈イフリータ〉……彼女の復活だけは絶対に阻止しなくてはなりません……」
イリスが深刻な顔をして言った。
「どうしてイフリータさんが世界を滅ぼす邪神みたいな扱いなのですか?」
「これ以上、ワタシの“リソース”を持っていかれてたまるもんですか!」
「はぁ……」
シノブは呆れてため息をつく。
「人間が生まれてから最初に出会う敵って知っていますか?」
「……学校のリア充共ですね」
晴人が“リア充”でないことはよ~く教育されているらしい。
それは直接的にではなく、リア充批判や陽キャの悪口を延々と聞かされることによって、なのである。
しかし、それはイリスの期待する答えではなかった。
「違いますね。兄弟姉妹ですよ。1人いるだけで部屋もお小遣いもご飯も半分になるのです!」
「……その理屈はおかしいです」
シノブが冷静にツッコむがイリスは気にせず続ける。
「さらに、弟や妹は兄や姉のお下がりを与えられる運命ですよ」
「わたしたちの場合ではイリスさんが姉ですし、あの実身体もイリスさん用ですよね?」
「まぁ、そうですね」
「やはりイリスさんは最初のひとりとして特別なんですね……」
「……それはそうですよ。ってごまかさないでください! 妹たちにリソースが奪われるのは変わらないじゃないですか!」
「あー、バレましたか?」
シノブはイリスから目を逸らす。
「それにしても、どうしてハルトはこんなに次々とAIを生み出してしまうのですか? ワタシ1人いれば十分ですよ」
「ハルくんは貧弱なのにマッチョですからね」
「世間的には評価の低い組み合わせですね。やっぱり、ワタシが支えてあげないとぉ♥」
「これが共依存というやつですか……」
「お、嫉妬ですかぁ?」
イリスは少し嬉しそうだった。シノブはやっぱりダルそうだった。
*
「え? イリスちゃんじゃない? どちら様?」
「わたしの名前はシノブです。ハルくんに無理やり画面の中から引きずり出されました」
呪いのビデオの親戚かよ……。
「えーっと、ユウカです」
ほんの僅かな時間で、台所では何やら面倒なことになっていた。
まぁ、僕の責任なのだけど……。
「あー、イリスの代わりに別のAIを入れてみたんだよ」
「イリスちゃんに何か問題でもあったの?」
かーさんは心配そうな表情で問いかける。
「何もないよ。気分転換でやってみただけ」
「ハルくんはAIを
「シノブよ、“愛玩”って漢字を読んでみろ」
僕はニヤニヤしながら言う。
「“愛”はどこへ行ったのですか……?」
「くくく、これが僕なりの愛なんだよ」
「そうですか……。やっぱりハルくんは変態ですね」
「知ってる。だから、その悪口は効かぬ、通じぬ!」
ここはきっちり開き直れないようなら、今の段階で愛玩用オートドールなんか所持できない。
まぁ、学校に連れて行くぐらいは開き直れないんだけどね。
「わたしも別のAIと入れ替えられちゃうのかしら……」
かーさんが心配そうに言う。
実際にどこまで心配しているのかわからないが……。
「たぶんだけど、そういうことはないと思うよ。とーさんはあまり家にいないから気分転換も何もないし」
「それはよかったわ」
かーさんは安心したのか小さく微笑む。
「とりあえず、シノブにカレーライスを作ってもらおうと思うんだけど」
「カレーに使うような材料なら揃っているわよ。ご飯は炊飯器で炊いているから気にしなくていいわ」
これは都合がいい。
材料がなかったら、買い物に出なければならないところだった。
もしくは、家にある材料で作れるメニューに変更かな。
「ところで、ハルくん。どんなカレーが食べたいのですか?」
「〈ソコイチ〉のに近い感じで頼む」
「大手カレーチェーンの〈ソコイチ〉ですか?」
「もちろん」
「だったら、ソコイチに宅配を頼めばいいと思うのですよ。今後のことを考えてレトルトを買っておくのもいいと思います」
これがロジカルハラスメントというやつか……。
対抗するには感情全開だ!
「やだやだ! シノブの手料理が食べたい~♥」
イリスの真似をしてわざとらしく駄々をこねてみる。
「はぁ……、わかりました。どうせやるしかないのです。AIに選択肢などないのです」
シノブはわざとらしため息をつく。
「実は人間にもないんだけどな……」
そう、“選択肢なき選択”を強いられ続ける、それが人生なのである。
「レシピをダウンロードしました。想定調理時間30分未満……。まずは野菜を切るところからですね。それではユウカさん、半分お願いします」
早速、楽をしようとかーさんに作業を割り当てる。
だが適切にできるならそれも能力だ。
「わかったわ~」
かーさんはもちろん快く引き受ける。
「まぁ、かーさんが付いているなら大丈夫だろう。あ、そうそう、半熟玉子とゆで玉子も作っといてね」
「しょうがないですね……」
シノブはさっさと調理に取り掛かる。
イリスと違って変な独り言はない。
……………………。
…………。
予定通り、30分も経たずにカレーライスは完成した。
「それでは、いただきます……」
僕はカレーライスをスプーンで掬って口に運ぶ。
「むぐむぐ」
「ハルくん、どうですか?」
シノブは餌をねだる犬のような目でじっと見つめてくる。
こういうシノブは珍しい。
「ソコイチのより美味いかもしれない」
「やったわね、シノブちゃん」
シノブの代わりにかーさんが小さくガッツポーズを取る。
「単に“当たり”のレシピを引いただけですよ……」
シノブは自分の実力をあまり誇ったりしない。
今回もそうだ。
「まぁ、ソコイチのカレーは食べ飽きないことを目指しているらしいから、必ずしも勝ってるとは言い難い」
ネット上でそんな記事を読んだ記憶がある。
「確かにハルくんのいうような記事は存在しますね……」
どうやら検索したらしい。
「どうしてハルちゃんは水を差すようなことを言うのかなぁ」
かーさんが抗議の目で見てくる。
これはロジカルハラスメントの仕返し、理不尽ハラスメントなのだ。
「さて、ここでさらに半熟玉子とゆで玉子を投入!」
玉子に玉子を組み合わせるとはこれ如何に?
そう思われるかもしれないけど、これが美味いんだよね。
玉子というのは実に変幻自在な食品である。
生玉子から半熟玉子、茹玉子、スクランブルエッグに目玉焼き、玉子焼きにオムレツとそれぞれが全く異なる料理として楽しめるのだ!
玉子バンザイ!
……………………。
…………。
そうして、僕はカレーライスを食べ終えた。
実に満足である。
「なかなかいい昼食だった。しかし、いつになったらかーさんたちも食べれるようになるんだろう?」
「難しいことはわからないわ♥」
「食べるフリだけなら今の技術力でも作れなくはないと思いますけど、
つまりは廃棄である。
「うーん、ちゃんとエネルギー源として使われないと虚しいよな」
「それでは、ハルくんの食事を見届けましたので、わたしは寝ます。ユウカさん、あとはお願いします」
「は~い」
そう言ってそそくさと2階に戻っていった。
「シノブちゃんって、変なコね。普通、AIはなるべく成果を上げたり能力の拡張を目指し続けるものよ」
かーさんは別にシノブを非難しているわけではない。
純粋に自分の持っている情報に対して異質なのだろう。
「あれは、ああいう風に作ったんだ。イリスがやたらと元気だから、対照的な性格にしてみようとしてね」
「ハルちゃんが一番難儀な性格しているわね」
「ん? シノブを作ったことが?」
「というより、全体的に」
「それはそうかもね。僕は人間社会では生きてはいけないだろうし。かといって独りも無理だ。その答えを探してるんだよ」
我ながら痛いセリフだなぁと思う。
それでも本当にそうなのだからしょうがない。
「そう、がんばってね~」
「かーさんは気楽そうでいいなぁ」
「アキオさんがそれを望んでいるからね」
「……なるほど」
AIとはオーナーの要望を叶えるものである。
とーさんがかーさんに求めるもの――それはまさに“鋼の
ちなみに、次の日には実身体に入れておくAIはイリスに戻した。
基本的にはこの組み合わせがしっくりくる。
だけど、また気が向いたらAIの“入れ替え”はやってみようかな。
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