第15話 襲撃! オートドール窃盗団!

 僕はイリスを何度か連れ出した後、ついに1人で外出させてみることにした。

 心配がないわけではないが、せっかくだからいろいろやらせてみたい。


「さて、イリス隊員。1人で外出し、私の昼食を確保してきてくれ」


 僕はイリスにスマートウォッチを渡して、そう指示した。


「え? 1人で出かけていいのですか?」


 イリスはあまりに意外なことを言われたのか、きょとんとしている。

 今まで僕が同行しない外出は厳密に禁止してきたからな。


「もちろん私の許可があった場合のみだ」


「それで、何を買えばいいのでしょうか?」


「それを考えるところから君の仕事は始まっているのだ。しかし……今日は“ジャンクな気分”だな……」


 さりげなくあからさまにヒントを伝える。

 ジャンクなフードといっても結構いろいろあるけどね。


「わかりました。それでは出撃します!」


 イリスは軍人のように敬礼しつつ元気よく答える。

 まぁ、彼女はだいたい元気だ。


「よろしい、それでは貴君の健闘を祈る」


 僕もビシッと敬礼を返す。こういう茶番は結構楽しい。

 僕と一緒に生活するAIにはこういう能力も大事である。

 それはつまり、陰キャを楽しませるということだ。


 玄関でイリスを見送ると、すぐに自分の部屋のディスプレイの前に座った。

 僕が何もせず、ただおとなしく帰りを待っているわけはなかった。

 PCを操作するとマイクロLEDディスプレイにイリスの視界が映し出される。

 普段はスマートグラスを通じてイリスが僕の視界を見ていることが多いが今日はその逆である。


 さーてさて、無事にやりとげられるか……。

 いや、無事でないと困る!

 昼食の購入に失敗するぐらいなら全然構わないけど、実身体自体に何かあったら……。

 とはいえ、彼女にできることの幅も増やしたい。


 今のところは普通に駅に向かって歩いているようだ。


 しばらく歩くと、近所の家で飼われている柴犬が映し出された。

 映像の焦点がその犬に合う。

 当然のように犬もを見る。

 不審な人形を前にして、犬はガルルルルルと威嚇し始めた。

 それに対するイリス表情を見ることはできない。


 そのまま両者にらみ合いを続け、5分が過ぎた――。


「いつまで犬見てんだよ!」


 僕はおもわずディスプレイに向かって叫ぶ。

 ただし、マイクのスイッチを入れていないので、その声はイリスには届かない。


 彼女はただじっと柴犬を見ているのだ。

 メッセージを送って先を急がせることもできたが、今回は自由にやらせてみることにした。


 ――まさかバグったのか?


 一瞬そう考えたが、すぐに別の可能性が頭に浮かんだ。

 おそらく犬に“興味を持った”のだろう。

 イリスは犬と触れ合った経験がないのだ。

 本当は触りたいのだが、“他人の所有物に勝手に触れてはいけない”という判断が働き、こうなっているのかもしれない。


 そういえば、時間制限をしたり、“なるべく早く”とか指示しなかったな……。

 犬と対峙し始めてから10分が経過した後、ようやく再び駅に向かて歩き出した。


 この分だと、何か変わったものを見つける度に立ち止まるのではないだろうか?


 そんな心配をよそに、特に何事もなく無事に駅に到着。

 自動改札機を通過し、プラットホームに出る。

 ベンチに座ると、視線のブレがピタリと止まった。


 人間は動いていないつもりでも微妙に動いていて、イリスのような高度なオートドールではそれが再現されているのだ。

 ブレがピタリと止まることは通常ありえない。


 ん? まさか故障……?

 ――いや、休眠モードだと!

 なるほど……こうやって電池バッテリーの減少を抑えているのか。

 細かい性格しているなぁ……。

 まぁ、実際は性格というよりジェネシスAIの基本的な機能だけど。


 電車がプラットホームに入るとイリスは再び動き出し、無事に電車に乗り込んだ。

 なるほど……電車の音をトリガーにしていたのか?

 目は開いているから視覚的情報をトリガーにしていた可能性も考えられる。

 日本の鉄道は運行が正確だからそれも当てにできる。

 まぁ、帰ってきてから訊いてみよう。


 イリスは座席に座るとまたしてもピクリとも動かなくなった。


 しかし、このいかにも休眠モードでいるのは危険なのではないだろうか?

 もっとも、日本では電車で寝ても所持品を盗まれる確率は低いって聞からなぁ……。

 スリや痴漢と違って、電車内でオートドール強奪のような大掛かりな犯罪は難しいだろう。


 僕が見ていないといろいろとおもしろいことがあるなぁ……。

 今回の“おつかい”は物理世界における訓練であると同時に行動特性を調べることも目的としている。

 よほどのことがない限りは黙って見ているしかない。


 やはり目的の駅が近づくとイリスは動き出した。

 そのまま改札口を出て、商店街を進むと、ハンバーガーショップ〈バーガーエンパイア〉に入る。

 昼食時のためか待機列ができていたので、最後尾に列ぶ。


 ふむ、もっともメジャーな〈ワクドナルド〉ではなく、この店を選ぶとはなかなかおもしろい選択だな……。


 そう時間も掛からずにイリスの番がやってくる。

 店員は――もちろん、オートドールだ。


「いらっしゃいませ。こちらでお召し上がりでしょうか?」


 イリスがここでお召し上がりできるわけがないのだが、店員はとりあえずマニュアルに従って尋ねる。

 AIはこのようにマニュアル化されている仕事が得意だ。

 特にマニュアルが分厚ければ分厚いほど生身の人間に対して優位性アドバンテージが生じるだろう。


「いえ、持ち帰ります。エンペラーバーガーセット、サイドはフレンチフライS、そしてカルピルM」


 エンペラーバーガーはその名の通りバーガーエンパイアの代表的な商品であり。

 かなりボリュームがあるのでフライドポテト(バーガーエンパイアではフレンチフライ)をスモールに変更することでバランスを取るつもりだな。

 悪くない判断だ。


「お持ち帰りで、エンペラーバーガーセット、サイドはフレンチフライS、そしてドリンクはカルピルMでよろしいでしょうか?」


「はい」


「それでは税込み1380円になります」


 そしてスマートウォッチによる支払いが行われる。

 イリスは呼出番号の書かれたレシートを受け取り、その場を離れた。


 イリスは吊り下げられたディスプレイをじっと見続けていた。

 番号が表示されると、速やかに商品を受け取って店を後にした。


    *


 電車を降りて、自宅の近くまで戻ってきたところで、イリスの視界映像に不自然な歪みを感じた。


「……ん?」


 この現象には見覚えがある。おそらく光学迷彩を使用して何者かが姿を隠しているのだろう。

 生身の人間である僕は気付いたが、AIは意外と気が付かなかったりする。

 AIもまだまだ改善の余地があるということだろう。


「不自然な音がしますね……。暗視モードに切り替えます」


 僕が命令するまでもなく、イリスは対処を開始する。

 これが訓練の成果である。


 緑色に変化した視界に、今までなかった大柄な人影が現れる。

 イリスが後ろを振り返ると、同様の人影がすぐ近くに迫っていた。


 オートドールはかなりの重量とパワーを持つため、それを強奪するにはやはりオートドールを使用する。

 自分の姿を晒さないという意味でも有効だ。

 やり口としては、丈夫な電波遮断袋に詰めて貨物自動車で運ぶ、というものが多いらしい。


「自分の身を最優先で守れ。買ってきた昼食については問わない」


 僕は素早く重要な指示を出す。

 今更指示しなくてもわかっていることだろうけど、念のためだ。


「わかっています」


 姿を隠す魔法の技術、光学迷彩は法律で使用が制限されている。

 ……ほとんど碌な使い道がないからだ。

 これで犯罪者がいることがほぼ確定した。

 僕はすぐに警察に電話を掛ける。


「もしもし、オートドール強盗です。すぐに来てください。場所は――」


 イリスの前に立ちはだかったオートドールが一気に距離を詰めてくる。

 やはりイリスを狙ってきたか!


「そりゃっ!」


 だが、そのオートドールはイリスの巧みな足払いで転ばされる。

 そしてイリスは素早く後ろを振り向くと、ちょうど後ろからもオートドールが迫ってきていた。


「オーバードライブ! うおりゃああああああッ!」


 イリスは叫びながらその顔面に拳をぶち当てる!

 渾身の一撃を喰らったオートドールは大きく吹っ飛ぶ。

 イリスのパンチは見た目よりずっと威力があるのだ。

 さらに〈過剰駆動オーバードライブ〉による通常よりかなり大きなパワーを出している。


 地面に激突した衝撃で光学迷彩が剥がれ、愛玩用とはかけ離れた無骨なロボットが姿を表す。

 これは配送業者などで使われているタイプに近いな……。


 さらにイリスは防犯カラースプレーを取り出し、強盗オートドールに向けて噴射する。

 こんなこともあろうかと、僕が持たせていたものだ。 


「それそれ~。おまえも現代アートにしてやろうか~?」


 ここまで念入りに対策しているとは想像していなかったのだろう。

 不利を悟った強盗オートドールたちは大急ぎでその場を離れようとした。


「まぁーてぇー」


 それをドカドカと追うイリス。

 逃げ出した強盗オートドールはすぐ近くに停めてあった小型の貨物自動車に乗り込んだことを確認した。

 鳴り響くアラームがイリスの温度が異常に高くなっていることを報せる。


「深追いはしちゃダメだ」


「わかりました」


 そしてイリスは立ち止まった。


 残念だったね、これで自動車のナンバーは記録したぞ。

 日本中の道路を見張っているオービスからは逃れられない。

 もっとも、貨物自動車を捨てて走って逃げたらそれはそれで異常に目立つのだ。

 失敗に対する想定が甘いねぇ。


    *


 後日、イリスを襲ったオートドール窃盗団は無事に警察に摘発された。

 犯行に使用したオートドールと貨物自動車から足がついたのである。


 彼らは僕のオートドールを襲った時点ですでに詰んでいたのだ。


 オートドールでオートドールを強奪するなど二重の冒涜である!

 1つはオートドールを狙ったこと。

 もう1つはオートドールを犯罪に利用したこと。

 せいぜい刑務所の中で思い知るがいい!


 ちなみに、僕の昼食は台無しになっていた……。

 いや、いいんだ。

 高価な実身体には代えられないし、“敗北”の屈辱を味合うよりはずっとマシというものだ。


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