第05話 噂のあのコはオートドール(前編)
時は過ぎて、僕は高校生になっていた。
まだ4月ではあるが、桜吹雪はとっくに過ぎ去っている。
そろそろゴールデンウィークに想いを馳せる頃だ。
朝、教室に入るといつもとは違う騒がしさに包まれていることに気が付いた。
原因はすぐにわかった。見慣れない美少女がいたからである。
「おいっ、なんだよ? あのすげぇカワイイコは!?」
極めて落ち着いた
着ているものはこの学校の制服ではない。
僕にはすぐにわかった、彼女が自然人ではなくオートドールであることが――。
何てクオリティだ! 僕でなきゃ言われるまで気が付かないね……。
「サイバー・カラクリ社の愛玩用女性型アンドロイド〈カラクリ
イリスの声がスマートグラスの骨伝導イヤホンを通じて聞こえる。
同様の内容がテキストメッセージとして視界に表示された。
スマートグラスのカメラを通じてイリスも僕と同じ視界を得ているのだ。
愛玩用――つまりは業務用と対をなす、所有者の心を和ませたり楽しませてくれるためのオートドールだ。
具体的な仕事を想定していないというだけで、実際のところ覚えさせれば結構いろいろなことができる。
基本的にコスト削減を目的としている業務用よりも高価なのだ。
ちなみに、業務用においても明らかにロボットとわかる外見をした比較的安価なものと、パッと見ただけではそうだと気が付かれない高価なものとで二極化している。
1970年に〈不気味の谷〉と呼ばれる現象が提唱された。
ロボットをより人間らしさを向上させていくほど人間は高い好感度を示すが、ある地点で突然、強い嫌悪感を示すようになる。
しかし、さらに人間らしさを高め続けると、より高い好感度を示すようになる。
現状の二極化はこの〈不気味の谷〉を回避するための当然の成り行きなのだ。
そして、謎の美少女は〈不気味の谷〉を軽々と飛び越えていた。
「まぁ、教えてもらわなくても知ってるよ」
これは単なる独り言ではなく、スマートグラスを通じてイリスに語りかけている。
音声認識技術の発達とスマートグラスの普及で、このような“独り言”を呟く人が増えた。
最近のスマートグラスには骨伝導イヤホンが備わっていることが多い。
普通のイヤホンと違って耳を塞がないので外出時には都合がいいが、その仕組み上、高音域は音漏れしやすいので注意が必要ではある。
「さすが、ハルトですね!」
それはさておき、問題はどうしてそんなオートドールが学校にいるかだな……。
高校生が普通に買えるようなものではないのだ。
「あのコ、制服着てないけど誰?」
僕は近くにいたクラスメイトの浅田に尋ねた。
「今流行りのオートドールだってよ。さすがボンボンは違う」
浅田は羨ましそうに答えた。
それはオートドールを所有していることについてなのか、単に金持ちの家に生まれたということについてなのか。
「ボンボン……ね」
僕は美しいオートドール少女のすぐ近くにいる少年をチラリと見た。
このクラスにおいて金持ち、もしくはボンボンといえば、あいつ――矢島礼司のことだ。
容姿端麗で背も高く、その上で金持ちの家に生まれたという異常に恵まれた少年である。
ちょっとイヤミな性格だが、それもキャラとして受け入れられている。
ちなみに僕と同じ小中学校の出身でもある。
なるほど……おそらく進学祝いにでも買ってもらったのだろう。
よく、金持ちの息子が高級車を買ってもらったという話を聞くが、自動車の運転には免許が必要なのであくまで大学入学祝いだろう。
愛玩用オートドールは建前上は18禁扱いっぽいのだが、自動車はもちろん、酒や煙草に比べても形骸化したルールである。
まともな服さえ着てればそこまで卑猥に見えないからね。むしろ尊さすら感じるはずだ。
オートドールはまだまだ普及途上のものであり、さらにここまで高クオリティのものはめずらしい。
そんなめずらしいものをクラスメイトが連れてきたのだ。
生徒たちは転校生以上の興味を持って取り囲んだ。
噂を聞いたやってきただろう他のクラスの人たちも混ざっている。
「ねぇねぇ、ヨシノちゃん、放課後遊びに行かない?」
「礼司様の許可なく、そのような行動することはできません」
ヨシノと呼ばれたオートドールは平然と返す。
「「おお~」」
「『礼司様』、だってさ!」
「おっぱい触っていい?」
「礼司様の許可なく、そのようなことはおやめください」
「「おお~」」
「これだから男子はーっ」
女子たちが一斉に呆れる。
しかし、彼女たちも人間そっくり超クオリティのオートドールには興味津々だ。
このように人々はまだオートドールの一挙手一投足に驚いている段階である。
特に最もクオリティが高く、比較的数が少ない“愛玩用”となれば――。
「おい、矢島。おっぱい触らせてくれよ」
「……気持ち悪いこと言わないでくれよ」
「おまえじゃないくて、ヨシノちゃんのに決まってるだろっ!」
「おいおい、僕のヨシノをそんな
矢島は呆れた様子で言う。
じゃあ、どうして連れてきたんだよ?
思わず心の中でツッコんでしまった。
「オレ、ウェイトレスロボットの胸を触ってみたけど、なんか硬かったぞ!」
「そりゃ、そういう用途を想定していないからじゃね?」
その通りだ。
触られる予定もないのに感触を追求しても仕方がない。
柔らかく手触りの良いおっぱいも
その割り切りが“業務用”ということである。
「っていうか、おまえ勇気あるな……」
「人目とか気にならなかたのか?」
「そりゃあ、人のいないタイミングを見計らって……」
「いや、それでもオートドールの向こうに誰がいるかわからんし」
「確かに……」
「ヨシノちゃんはどうなんだよ?」
「ヨシノのは柔らかいよ、人間と同じようにね……ふふふ」
「すげぇ……ってよく考えたら、僕、かーちゃんの以外触ったことねぇわ」
「っていうか、矢島こそ触ったことあんのかよ? 人間のだぞ! かーちゃん以外!」
「ふふっ、あるよ」
「さては、メイドだな? 『ぼっちゃん、おやめください~』って!」
「はは、想像に任せるよ……。でも、そろそろ家事とかもオートドールに任せてもいいかもね」
「いいよなぁ、金持ちは~」
その時、クラスメイトの小田がこっそりとヨシノの胸に触ろうと手を伸ばした!
が――、その手は彼女によって掴まれてしまった。
「痛ててててて」
「このようなことをされては困ります」
彼女の口調はあくまで冷静で、掴んだ手をすぐに離した。
「言っただろ……ヨシノを
「あ、ああ」
「というか、すごい反射神経だよな?」
「さすがロボットだな」
と、感心するクラスメイトたち。
「ははは、ヨシノを試すようなことはしないでくれよ?」
「どうした、真行寺。おまえ、ああいうのめっちゃ興味あったじゃん?」
僕は少し離れた自分の席から見つめていたのだが、クラスメイトの西崎が話しかけてきた。
自分がオートドールが好きなのことは別に隠していないので、知っている人は知っている。
アニメオタクや鉄道オタクとか同じで、根暗な趣味というイメージが強いが別に構わない。
実際に根暗で内気で非社交的だからね。
「ああ、そうだけど人口密度高すぎだよ」
とりあえず、それっぽい返答を返した。
確かに人だかりにはなっているが、僕が近づかない理由はそれではない。
「それもそうか。まぁ、おまえみたいな陰キャが割って入るのはきついわな」
矢島みたいな性格なら、確実に他の人を押しのけていただろう。
「陰キャはお互い様だ」
根暗でもいいじゃないか!
陰キャでもいいじゃないか!
なぜなら――それが僕だからだあああっ!
そんな正直な内心はきっちり隠し、とてもスマートに答えることができたつもりだ。
今の僕にできる精一杯の強がりである。
「はは、ちげーね」
幸いにも西崎はそのことに気が付かなかったらしい。
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