第10話 珈琲屋

いらっしゃい。


そろそろ来るような気ぃしてたよ。雨上がりの夕暮れ時だからな。


気づいてなかったか?あんた雨が止んだ頃、特に夕方にふらっと来るだろ、いつも。


ははぁ、珈琲の香りで釣れてたのか。


魚じゃないって?すまんすまん。


はいよ、ブレンド。今日はブラウニーもあるぞ。どうする?


まいどあり。生クリームつけてやっからちょっと待ってな。


甘いもんと珈琲の組み合わせは良いもんだ。そういや、雨の後の空気は甘いもんな。確かに珈琲に合うなぁ。潮の香りも、珈琲によく合うけどな。


ん?そのランプか?良いだろ、こないだ買ったんだ。


なんだ、それなら同じ雑貨屋だな。船の持ち主から纏めて引き取ったって言ってたからな。行ったのか。面白いもん売ってるよな、あそこ。


かに?かにってあの……海のあれか?


ほぉ、この髪留めみたいなやつ、ねえ。こりゃ川のもんだな。


そりゃ違うさ。住んでるとこが違えば見た目が変わる。必要なもんが違うからな。鳥だって人だってそうだろうよ。


ああ、俺は蟹は見てねえな。そもそも店舗には行ったことねえ。


ありゃ、知らなかったか?日曜に駅前で蚤の市が立つだろ。あそこに出てんだぜ。


蟹がいる店かぁ。変わった店もあるもんだ。今度行ってみるかね。


ふはっ、違ぇねえ。まっ、うちの店と同じでこだわりがあるってこったな。


錨がオープンのサインじゃ凝りすぎで分かりにくい?いーんだよ、うちは名前通り小舟並みの狭さだ。あんまし人に来られちゃ相手しきれねぇよ。


あぁ、俺が満足できる珈琲と甘いもん出せるのが、俺にとっての幸せだからなぁ。


へ?ここが蜂の巣ってこたぁ、俺が蜂かい?


……外からじゃわかりにくい豊かな甘さって、褒めてんだか貶してんだか。ったく、そういう可愛くねぇ物言いは親父さん譲りかねえ。


ま、元気そうでなにより。はいよ、お釣り。


じゃ、親父さんにもよろしくな。

また来なよ。

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