フォレスト・サイド

チョコチーノ

第1部

第1話 出会いの時

 ここは、あなたたちの知らない世界。見ることも聞くとも、ましてや認知することもできない世界。しかし、そこに確かに存在する世界。


 そこには多くのが存在する。ヒューマン、ビースト、エルフ、ドワーフ……それぞれがそれぞれの国を作り、彼らが交わることはほとんど無い。あるとすれば、貿易や戦争くらいのもの。友好関係にはなり難い。


 その世界にある一際大きな森。その森は『迷いの森』、または『死の森』とも呼ばれ、とにかくその世界の中でも有数の危険地帯だ。強力な魔物が住み着き、迂闊うかつに入ればその命が危険にさらされることは間違いないだろう。


 その危険地帯の奥深くに、エルフたちは住んでいた。森の中に国を作り、文明を築き上げたのだ。


 その国の名は、『フォルテル』。森に潜む過酷な環境が影響したのか、この世界の数ある国の中でも特に力を持つ国だ。争いや狩りについては、弓矢を主として使う他にも魔術に長けていて、稀に精霊をも従え、使役できる者もいる。中でもフォルテルが持つ国王直属の特殊部隊、通称『リーフ』には桁違いの強さを保有する者も存在している。


 さて、の事を説明しておくとしよう。彼女の名は、エリーザ=セルシア。エルフの中では珍しくも剣を得意とし、あらゆる戦況の中でも最適な判断や行動をすることができる優秀な戦士だ。また容貌も素晴らしく、彼女を一目見ようと訓練場には男女問わずエルフ達が押し寄せるらしい。


 これから始まる物語。それはと彼女の出会いから始まる、奇妙だが温かい物語。そんな物語である。



     ▼



 時刻は正午。木漏こもが降り注ぎ、風が木々を通り抜ける。そんな中を、私エリーザは2名の部下を連れて鎧を身にまとい歩いていた。


「にしても、涼しくなりましたッスねぇエリーザさん。ちょっと前まで灼熱しゃくねつ地獄だったッスのに」


 この少し軽そうな男はトロア=ガネッシュ。短い茶髪で、その口調から聞き取れるように気楽なお調子者だ。一応、隊員の中でも優秀な成績を収めているそうだから私の部下になっているが、その彼の実力とやらを私はまだ見たことが無い。

 実を言うと半分、いや大部分がデタラメなんじゃないかとも思ったことがある。なにせ、彼が剣や弓矢を握ったところを私はまだ見たことが無いのだからな。そりゃあ不安にもなる。


「こら。あまり気の抜けることを言うな、ガネッシュ。任務中だぞ、そういうことは終わった後にしろ」


 このしっかり者の彼女はキュリア=サーヴィス。長くあでやかな黒髪と、透き通るような水色の瞳が特徴的だ。その雰囲気からも見て取れるように他人に厳しい性格ではある。しかし融通が利かないわけでもなく、時には優しく接する一面を持つ彼女は、フォルテルでは老若男女問わずの人気者だ。

 彼女の得意とするものは、ズバリ魔術。少なくともフォルテル内にいるどのエルフよりも魔術に長けているといえよう。私が最も信頼している自慢の部下だ。彼女のような部下を持てて誇らしく思う。


「もー、相変わらずお堅いッスねぇキュリアさんは。もっと楽しくいきましょうよー」

「たわけ、任務中に”楽しく”もクソもあるか。私は未だにお前がここに居ることに疑問を持っているぞ」

「それは俺が優秀だからッスよ。キュリアさんと同じでね」

「お前みたいなやつと同じにはされたくはないな……」


 こんな光景も、いつの日からかお馴染みになってしまった。ここは隊長として私がしっかりと注意をしておかなければないないんだろうが……まあ、あのやり取りも嫌いではないし、わざわざ気を張り詰めるような場面でもないから放っておく。


「だいたい、任務って言ってもフォルテルの外周の森を見回るだけじゃないッスか」

「大した敵なら沢山いるだろう。ここは『迷いの森』だぞ? 比較的とはいえ強い魔物なんかそこら中にいる」

「それはそうッスけど~…」


 トロアがこちらを不機嫌そうな表情でちらりと見る。なんだ、その顔は。何が不満だというんだろうかこの男は。


「全部エリーザさんが、魔物が出た瞬間に切り伏せちゃうじゃないッスか。俺らの出る幕まるで無しッスよ」

「ならば任務が終わった後に森に出るといい」

「俺は! ! の話をしてるんスよー!」


 うがー!! と両手を上げ吠えるトロア。キュリアは極めて積極的に無視をした。

 ……少々、こいつの集中力が乱れてきたか。時刻もちょうど正午とキリがいいし、昼食にするとしよう。腹が膨れれば、この男も少しはおとなしくなるだろう。


「トロア、そこまでにしておけ。昼食にするぞ。キュリア、どの辺がいい」

「そうですね……」


 きょろきょろと周りを観察するキュリア。そして、丁度よくひらけている場所を見つけると、そこを指さした。


「あそこがいいかと。視界も開けていますし、木々もさほど多くないのでも張りやすいです」

「そうか……わかった、そこにしよう。おい、トロア! いつまでもねているようなら置いていくぞ!」

「あ…あぁ! 待ってほしいッス~!」



     ▼



「あ~! 疲れたッス~!」


 急遽見つけた休憩場所に着くや否や、トロアが荷物を放り投げ草むらに身を投げ出した。荷物袋がガラガラと音を立てて転がっていく。ちなみに中身は予想外の事態におちいった時の為の非常用アイテムだ。食料や常備アイテムはキュリアが持っている。


「おいこら、荷物を投げるんじゃない! いざという時に使えなくなったらどうするつもりだ!」

「この小隊には”いざ”は起きないッスよ~」


 この男、本当に優秀なのだろうか。ますます疑わしくなってきた。しかしまあ、今そんなことを考えても仕方がないか。


「はあ……キュリア、荷物を貸してくれ。それと、今のうちに結界を張っておいてくれないか」

「わかりました」


 そういうとキュリアは荷物を静かに置き、両手を”前ならえ”をするように掲げた。そして何かをブツブツと呟いたと思えば、突然、。その空気の波は彼女の両手から広がり、やがてドームのように私たちを覆う。


 これは簡易的な結界ではあるが非常に優秀で、魔法攻撃は通さず物体がドームを通過したなら察知することができる優れものだ。

 ここは『迷いの森』ゆえに、いつ魔物が飛び出してくるか分からない。さらに魔物の中には魔法を使用する種もいるから、近くに魔物がいないからと言って安心はできない。

 よって、この結界は任務中に休息をとる際には必須だといえよう。


「結界、張り終えました」

「ありがとう、さすがキュリアだ。さあ、昼食にしよう」


 ……ちなみにだが、私は魔法が全く使えない。いや、使えないことは無いが、どうも思ったように魔法を制御できないのだ。


 魔法にはがある。火・氷・雷・風・光の五種類が一般的で、これらをまとめて『五属性ごぞくせい』と呼ぶ。

 魔法はそもそも、が必要不可欠だ。魔力はそのまま使うと『』として発現する。そこに呪文などの影響を加えることができれば、魔力が属性を持ち高温による火や低温による氷になるのだ。

 この五属性は誰にでも習得できるが、それは容易ではなく、普通は三つの属性を自由自在に使えるようになれば立派な魔術師だ。


 それらとは別に『特異属性とくいぞくせい』というものもあるが、これを持つ者は極めて稀で、発現したとしても一種類しか発現しない。例えば治癒の力や引力の力などが発現するという。


 そして私はというと、どういうわけか魔力に属性を与えようとすると、それとはまったく違う属性で発現するのだ。しかもかなーり弱く。いくらやっても直るきざしが見えないので、五属性に関してはすっぱり諦めている。

 ……たまにキュリアが羨ましく感じることもあるが、それはまあ、いいだろう、うん。羨望することくらいは許されるはずだ。沽券こけんにかかわるので言わないし顔にも出さないが。


「すごいッスねぇ、キュリアさんはやっぱ。これ属性なんスか?」

「風だ。火の結界はさすがに使えんからな」

「森火事とかシャレにならんスもんねぇ…」


 昼食中、雑談を交えながらこれからの行動を固めていく。こういったフォルテルの外で行う任務は休憩時間というものは少ない。いつ魔物が現れるか分からないゆえに気を抜いてはならないからだ。風の結界も、察知はできるが私たちを守ってくれるわけじゃないしな。


「この任務もあともう少しで終わる。最後まで気を抜くなよ。いいな、二人とも」

「はい、わかりました」

「了解ッス」


 キュリアはもちろん、この馬鹿そうな男も、さすがにこの時ばかりは真剣に話をしてくれた。無論、そうでなくては非常に困るのだが。


「さて、最後のもうひと踏ん張り……繰り返すが、気を抜くんじゃないぞ」

「…あ! ちょっと待ってくださいッス!」

「……なんだ?」


 トロアがガサゴソと荷物袋を漁ると、中から取り出したのはひび割れて中身が漏れ出した治療薬代わりのポーションだった。中から零れ落ちただろうポーションが荷物袋に染み込んでいるらしく、変色したように湿っている。

 当然だが、トロアはキュリアにはたかれた。


「馬鹿ッ! 荷物を投げるからだ!」

「すんませんッス……あと痛いッス、キュリアさん」

「はあ……どうしますか、隊長。一旦フォルテルに戻りますか? 非常用のアイテムとはいえ、こうも全滅だと……」


 荷物袋を見てみれば、なかには大量のガラスの破片。さらには漏れ出したポーションによって、他の非常用アイテムもほぼダメになってしまっているらしい。この男、本当の本当に優秀なのだろうか。もしや裏口入隊なんてことは……


 ともあれ、非常用アイテムが壊滅してしまった。通常であれば、フォルテルに戻り再調達、そして任務再開するべきだろう。ここは『迷いの森』、別名『死の森』として強力な魔物が多数住み着いている。もしこんな土地で誰か一人でも致命的な傷を負ったり、なにかイレギュラーなアクシデントでも起こったりすれば、最悪の場合、小隊全滅なんてこともある。

 だが、任務が終わるまであとほんの少しで、失ったのがだ。強引ではあるが任務続行もできなくはない。


「任務が終わるまで1時間もかからない……か。よし、続行しよう。ただ、その荷物はトロアが持て。故障したものはフォルテルに戻れば直せる。それと、非常用アイテムがない為、警戒を先ほど以上にしろ。無駄話は禁止だ、いいな?」

「わかりました」

「はいッス……」


 そうして、私たちは任務を続行した。

 ここが分かれ目だったのだろう。もし、ここでフォルテルに戻っていれば出会うことはなかったかもしれない。


 ”彼”と出会うことは、なかったのかもしれない。



   ▼



 数十分前、私は無駄口は禁止だと言った。さすがに状況を理解しているのか責任を感じているのかは分からないがお調子者のトロアでさえ沈黙していた。

 ………さっきまでは。


「なんスか…これ………?」

「………分からん」


 それは、突然現れたかのように思えるほど衝撃的なもの……つまりは、であった。


 見る限りでは、どうやら男性のようだ。種族までは分からないが、木の根を枕にするように力なく横たわっている。そして、私たちがこれを変死体と決め付けた理由、それは変死体を中心にして無数に群がる蟲の大群だ。

 それは種類問わずの多種多様の蟲達。その蟲が死体の足の上で、脚の上で、腰の上で、胴の上で、胸の上で、肩の上で、黒く蠢きあっている。それは見るものを不愉快にさせるような、まさに死の光景。私たちはそれを、やや遠巻きに見ている状況だ。


「……無視しましょうッス」

「ダメだ、少し近づくぞ」

「嫌ッス嫌ッス! 俺アレに近付くのは嫌ッス!」


 光景が光景なだけに男のくせに駄々をこねるなとは言わないが、もう少し何とかならなかったのだろうか。

 しかし、無視するわけにはいかない。なぜなら、今私たちが任されている任務は見回りだ。あの変死体がただの変死体であれば何も問題はないが、この森に何かしらの異常が起こっていて、あの変死体がその前兆だった場合「それっぽいのは見ましたが無視しました」なんてことがあってはならないのである。


「ゆっくりと近づくぞ、蟲たちを興奮させるなよ」


 そうして、ソロリソロリと近づいていく私たち。近づいてみてわかったが、どうやらエルフではなさそうだ。種族の特定まではできないが、耳が丸く角が生えていたり尻尾らしきものがあったりするわけでもない。おそらく、ヒュー…

 パキッ!!! と、背後から大きな音が響いた。


「あっ」

「馬鹿っ!」


 トロアが木の枝を踏み抜いた音らしかった。トロアの足元に真っ二つに砕けた木の枝がある。そして当然ではあるが、その音は致命的だった。

 変死体の上にいた蟲たちがこちらに気付いたようだった。変死体に群がっていた蟲たちは一つの黒い塊になって私たちに襲い掛かる。


「くっ! ………?」


 と、思っていたのだが。

 どういうわけか、蟲たちは変死体と私たちの間に黒い壁を作るだけで襲い掛かっては来なかった。地面や空中でただ蠢いているだけで私たちに襲い掛かってくる素振りはない。まるで牽制けんせいをしているかのようだ。

 そして、私はあることに気づく。


(あの変死体……傷が、見当たらない…?)


 先ほどは蟲たちが群がっており確認することはできなかったが、その変死体には傷が全く見当たらなかった。服を着ているため全身を見ることはできないが、服の先の肌が目視できる部分には蟲に噛み千切られたようなあとどころか、目立った外傷すら見当たらない。

 おかしい。明らかにおかしい事実だった。しかし、そんな私の思考には邪魔が入ることとなる。

 視界の端で、トロアがそろりそろりと蟲たちに近づくのが見えたからだ。


「馬鹿者ッ! 戻れトロア!」


 しかしそれでも、トロアは止まらなかった。恐らくだがトロアは、蟲たちは自分たちを威嚇しているだけで襲うつもりはない、とでも考えているのだろう。少し前まで、嫌だ嫌だと喚いていた癖に、どんな心変わりをしたのか。

 しかしその考えは絶対に違う、なぜなら―――


 その時だった、自分の考えを過信した馬鹿トロアは蟲たちの総攻撃を食らっていた。


「うわああああああっっ! な、何でえええええっっ!?」

「馬鹿っ、早く離れろ! 非常用アイテムは無いんだぞっ!」


 やはりこの蟲たちは自分の縄張りと食料を守っていただけなのだろう。だからこそ縄張りの外にいたときは威嚇だけにし、その縄張りに入ったなら攻撃をする。そんなことに気づかないなんて、やはりコイツはただの馬鹿なのでは…


 だが、そんなことを考えている暇は無いようだ。この辺死の森に住む野生の生き物は、たとえ蟲であろうと油断ならない。たとえサイズが小さくとも強力な蟲や有毒の蟲だっているはずだ。

 とにかく、トロアを何とかしなければと思った私は、キュリアにすかさず指示を送っていた。


「キュリア! だ! 蟲たちを吹き飛ばせ!」

「風ですかっ!? 火ではなく!」

「火はトロアにダメージが大きい! 早くやれ!」

「はいっ!」


 瞬間、トロアに強風が吹き荒れる。なびく服や蟲たちが吹き飛んでいく様子を見るに、どうやら一方向の風ではなく多方面によるランダムな強風――嵐のようだ。

 しかし、それでもやはり強力な蟲がいるようで、なかなか離れないどころか効果はなさそうだった。こうなったら、私のをトロアまとめて食らわせるか…


 そう思った、瞬間だった。


「んん……どう、したの…?」


 知らない声が、聞こえた。

 蟲たちも、動きを止めた。


「あれ……おねーさんたち……だれ…?」


 声の主は、先ほどの変死体……いや、倒れていた少年だった。

 その少年は、まるで昼寝から目を覚ましたときのように眠たげで気の抜けた声をしている。


 これが、出会い。

 そして、始まり。

 更に言うなら……終わり。


 この瞬間から、私の暮らしは私が想像してもいなかった方向へと進み始めたのだった。

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