転生勇姫

万十朗

――むかしむかし、平和だった世界に魔界から『魔王』と呼ばれる者が現れ、人間界を侵略しようとしました。


 魔物達を従える魔王の力は強大で、多くの人々が傷つき倒れていき、人間達は徐々に劣勢となっていきました。


 しかしある時そこに希望の光とも言える者が現れます。

 彼は共に戦う仲間を連れて旅立ち、道中で魔物に苦しめられていた村や町を救っていきながらいつしか『勇者』と呼ばれるようになり、その評判は世界中に広まっていきました。


 やがて勇者とその仲間は苦難の旅の果てに魔王を倒し、世界に平和を取り戻しました。


 魔王を倒した勇者はひとり、仲間にも告げずひっそりと姿を消し……一説には火山の火口や底知れぬ穴に落ちたとか、魔王の呪いに倒れたとかいろいろな噂はありますが、彼の最期を知る者はいません。


 そんな、強くもありどこか寂しくもある勇者の物語は一旦そこで終わりを迎え……――






「ユ……シ」


 呼んでる……


「……き……さい」


 まぶしい、ひかりが。


「起きて……」


 ああ、朝か。

 鉛のように重たい瞼を上げ、やわらかく優しい声に応えなくては。


 ゆうしゃさま、と呼ぶ声に。


「起きてください、ユーシア様!」

「んん……」


 ぼんやりと霞む意識が少しずつ輪郭を取り戻す。

 そこには若緑の目を細め、困り顔で自分を覗き込む青年の姿があった。


「……ファイ、か」

「はい、ユーシア様」


 黒茶の髪を後ろで括った、幼さの残る顔立ちの彼は護衛役のファイだ。

 背丈はまあまあ平均くらいだけど、服の下には鍛え上げられた肉体が……いわゆる隠れマッチョであることを俺は知っている。


「部屋に入るなっつったろ。寝込み襲う気か?」

「なっ!?」


 軽くからかってやれば面白いくらい真っ赤になるファイ。

 うんうん若いねえ、ウブだねえ。


「ね、寝込みなどそんなっ……それに、もうそのような言葉遣いもおやめくださいと申し上げたでしょう? 何故ならあなたは……」


 ぐい、と割り込むようにファイが目の前に差し出した手鏡。

 そこに映っていたのは……


「我がリンネ国の姫ユーシア様。そして今日で十七歳になる、花の乙女なのですから!」


 今は寝癖でボサボサだけど、珊瑚色の長い髪に、ぱっちりとして猫のようにややつり上がった紺碧の目。


 どっからどう見ても、美少女だ。


……そう。


 俺は……わたくしはとでも言えばいいのか?

 勇者としての一生を終えたのち、どういうことかこんなにも可愛らしいお姫様に転生していたのだった。


 前世の記憶バッチリあるから中身はおっさんだけどな!

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