リラの咲くころ
仲野識
第1話 プロローグ
夏の長雨は、蒸し返すような闇の中をひたひたと滴り続ける。安っぽいビニール傘を指す女は、時折足を止めては周りを見渡している。夜も更けた中、彼女の白い肌がぼんやりと黒の中に浮かび上がっていた。
古びたアパートの2階へと足を進めて、彼女は派手で真っ赤なカバンの中に手を入れる。しばらく探して、カギを見つけた。
彼女は暗い室内へと、吸い込まれるように入っていく。
室内はエアコンをつけていないため、暑く、肌にまとわりついてくるようだ。彼女は青いドレスを脱ぐと、寝間着へと着替えた。サテンでピンクの生地のパジャマは、昔彼女の友達が――唯一と言ってもいい女友達で同僚――が、誕生日にとくれたものだ。彼女の趣味ではなかったが、天涯孤独の彼女にとって、親愛の印のプレゼントはとてもうれしかった。
彼女は長い茶髪を耳にかけ、机へ向かう。端に置いてあった紙とペンをとると、暗い室内で机に向かい、一人で何かを書いている。
あるところまで筆を進めて、彼女ははたとペンを置いた。幸せそうに微笑んだその目線の先には、鮮やかな紫のライラックの花が過敏に一輪、差してあった。
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