第2話(2):亜人のキャラバンと窃盗犯について
三人が最初に向かったのは保存食を主に並べているテントだった。犬の獣人のおじさんが、退屈そうにして椅子に座っていた。
「らっしゃい。まあ安かあないが、品質は保証してやる。ふあぁあ」
獣人は大きな欠伸をした。手で覆って隠すこともせず、豪快に口を開いた。
「……暇なの?」
「暇だねえ。俺は先の街でほとんど売っぱらっちまって、ほとんど扱ってるものはねえし」
「他の人を手伝ったりは?」
「『自分の商品は自己管理』がこのキャラバンのルールだぜ。そこには品出しも含まれる。まあつまり、人の商品には触るなってことだな」
おじさんはもう一度大きな欠伸をした。
目じりから溢れた涙をごつごつした指で拭い、ズボンの裾で拭いた。
「……あれ、キャラバンって一つの組織じゃないんですか?」
「まあそういうところもあるみたいだがな、ここは違う。それぞれが独立した個人商だ。隊長が全体の行動の日程を取り仕切るが、それ以外はみんな自由。今も街に繰り出して仕入れに行ってる奴もいる」
「なるほど、初めて知りました……。キャラバンってそういう組織なんですね」
「まあ、あくまで『隊商』を指す言葉だ。その実態や組織構造なんかはそれぞれ違うからな。……さあどうする、冷やかしならそれでも構わねえが?」
「……これはなに?」
ククルが手に取ったのは、オレンジ色の乾いた果実の詰まった小瓶だった。
マルカでも見たことの無い木のみだ。ムスティフに視線をやるけれど、彼も小さく首を振るだけだった。
にやっと、おじさんが楽しそうに頬を吊り上げた。
「お嬢ちゃん、見る目があるねえ。これはサトラ地方に生えてる木の実だ」
「サトラ地方?」
「南の方の、余り開拓されてない場所だな。これは現地の人から橙の実なんて名前で呼ばれてる。あまりにそのまんまの名前だな。どうだ……食ってみたくはないか?」
こくり。ククルは深く頷いた。
「そうかそうか、まあそうだよなあ。いいぜ、持って行けよ」
「あ、おいくらですか?」
マルカが訊ねると、おじさんは「はあ?」と呆れたように言った。
「俺は持って行けって言ったんだぜ。売るなんて一言も言ってねえよ」
「え……でも、いいんですか?」
「ああ構わねえよ。そもそもこれ、サトラに言った時にその辺に生えてるのを乾かしたものだし、仕入れなんてしてねえし、っつーかそもそも上手くねえ。以上のことから金なんて取れねえよ」
「……おいしくないの?」
「ああ。正直いらなかったから引き取ってくれて助かるよ。さあ持って行け!」
次に三人が顔を出したのは、とりあえず一旦作業が落ち着いたらしいマウエルのところだった。
「……おう、ムスティフに御嬢さん方」
マウエルは地面に座り込んで、肩で息をしていた。
「せっかく来てくれたところ悪いが、ここはお前さんたちが見ても面白いものは無いと思うよ」
「ここは何を扱ってるんですか?」
「皮とか骨とか、加工前の動物の素材だな」
「……それって売れるの?」
「まあ割と。買う人は限られるけれど確かな需要はあるよ。あとこのキャラバン内でも結構売れるんだ。加工してアクセラリーやら服にできるからね」
「あ、いらっしゃいませ」モーランが水筒を持って、マルカ達の後ろから現れた。「ほらマウエル、水」
「あ、ありがとう……!」
マウエルはそれを受け取ると、栓を抜いて一気に飲み干してしまった。口の端を手の甲で拭って、「あぁー」とだらしのない声が漏れる。
「……これ」
ムスティフが、長い指で朝の布の上に並んでいる商品の一つを指さした。
全員の視線がその指先に吸い寄せられる。
「これは飛竜の鱗だな。それもワイバーン程度のものじゃない、これは……」ムスティフがククルの掌ほどの鱗に爪を立てると、きいいっと嫌な音が響く、「鋼竜のものだ」
「鋼竜?」
「生態系の上位の飛竜、その中でも更に上に立つのが鋼竜ですね。黒い、鋼の様な硬度の鱗を持つのでそう呼ばれます。……マウエルさん、どこでこれを?」
「えっ、これ、そんなに貴重なものなの? いや、拾ったんだよ。本当にただ拾っただけ」
モーランは鋼竜の鱗を顔の前にかざす。陽の光を吸いこむが、キラキラとは光らない。鈍く、黒光。
「……どれくらいするの、ぶっちゃけ?」
「俺には分からねえ。マルカ、どうなんだ?」
「わたしも……そういうのには興味がありませんので、なんとも……」
大変貴重なものであることは間違いないけれど。
「そうかあ……。じゃあ鑑定士の所にでも持って行ってみるか。なあ、モーラン?」
「いえ、それは無理だと思います」
「え?」
「竜の素材を売買するには資格が必要です。……ご存じなかったですか?」
「あ……。いや、いやいやいや。知ってたよ、本当に。ただうっかりしてただけ。……うん」
マウエルはがっくりと肩を落とした。そんなに鱗を売れないことが悲しかったのだろうか。
しかし、鋼竜の素材は非常に高価に売買されているとしても、鱗一枚では加工は不可能だ。たったそれだけを買い取ってくれる人は、まず居ないだろう。
「じゃあこれは、お守りが関の山かあ……」
「いいんじゃない、それで?」
「モーラン、お前は悲しくないのか?」
「別に」
モーランは本当に、何も気にしていないという風に言った。
「あたしたち旅の商人なんてその日暮らしだし、別に困窮している訳でもないしね。生きるために商人をやってるんじゃなくて、商人として生きてるの。……あんたもそうじゃないの?」
「それは……そうだな…………。確かにそうだ」
ハッとしたように、マウエルは言った。
お金が欲しいのであれば旅の商人なんてものを生業としない。生きるための仕事ならば、もっと安全な職に就く。それでも彼らが旅の商人としてキャラバンに参加して、そしてこの生業を続けているのは、「そうやって生きたかったから」だろう。「その生き方が性に合っているから」なのだ。
「……さっきお守りと言いましたけれど、それは間違ってないんですよ」
「ああ。竜の鱗は縁起物だ。だから、大切に持ってると良い」
「うん、そうするよ。ああ、でも竜の素材かあ……」
それでも少しだけ未練がましそうなマウエルは、モーランに頭を小突かれていた。いや、小突くというか思い切りげんこつされていた。
*
キャラバンの亜人たちは良い人たちがほとんどだった。この人数で世界各地を旅してまわっているからだろうか、おおらかでいい意味で大雑把な人たちだった。
人種は亜人を嫌う者が多く、結果として亜人も人種を敵視するようになっている。国によっては亜人への迫害を強めた結果、亜人たちが団結してテロ・ゲリラ組織を結成したなんて話を聞く。
だのにここの亜人たちは快くマルカたちを受け入れ、会話し、笑っている。亜人は人間ではあるけれど、それと同時に隣人でもある。人と異なる力を持った隣人。しかしそれでも人と一緒に笑うことができている。
この場所はマルカの理想の空間だった。
「ククル、どうでしたか?」
帰路。マルカがククルにそう訊ねると、彼女は頬をぴくぴくさせながら「楽しかった」と両手を広げた。
「……見た目は、ちょっと怖い。特に蟲人。でも、悪い人じゃない」
「そうですね。その通りです」
人種と亜人が手をつないで生きることができたらいいのに、と思うけれど、それはやはり不可能なのだろう。結果として亜人を受け入れたククルでさえ、初見は怯えていた。
見た目――第一印象というのは、あまりにも大きい。それに彼らの姿は怪物を連想させる。しょうがない、その血が混ざっているのだから。
竜に村を滅ぼされた者、蟲に家族を殺されたもの。そう言った人たちに、竜人と仲良くなって蟲人と手を取って生きていけ、というのはあまりにも酷だろう。
だから、あくまで「隣人」。好き嫌いはあれど、関わりはあってもなくても良い「隣人」となるべきなのだ。
それも、やはり難しいだろうが――。
「……あ、猫だ」
マルカが指を指した先は民家の屋根の上だった。三匹の黒色の猫が雑巾を持って、一心に屋根を磨いていた。
「あれはケット・シーですね。猫の妖精です」
「へえ。かわいい……」
「可愛いかもしれんが、あれでなかなか厄介だぞ。昔は一匹の王の下に統率されていたらしいが、その王が死んでから奴らは世界各地に分散して奔放に暮らすようになったんだ」
「へえ……」
ククルは話半分だった。丁度その屋根の掃除が終わったのか。ジャンプして次の屋根に渡って、また雑巾で磨きだして、たまに仲間と一言二言会話して。そんなケット・シーの一挙一動に見とれている。
「……あの子たちは、普通に街の中にいるんだね」
ぽつりと、独り言のようにククルが言った。実際独り言だったのだろう。
それを分かっても尚、マルカはその疑問に答える。これも実質マルカの独り言だった。
「ケット・シーは猫ですが、人語を介すなど非常に頭がいいんです。ただその代りに身体能力は普通の猫よりも大分劣ります。ですから、人種と交流して人の街で生活しているのがほとんどなんですよ」
「へえ……」
やはりククルは、心ここにあらずだった。
マルカは彼女とはぐれないようにしっかりとてを繋いで、ムスティフに「明日なんですけど」と話題を切り替えた。
「明日、ムスティフさんはもう一度キャラバンに行くんですよね?」
「ああ、あの……モーランだったか、に呼ばれたからな」
彼女は苦手だけれど、彼女の好意を無下にする訳に行かない。ムスティフの毛の一本の無い顔にはそう書いてあった。
「わたしたちもご一緒していいですか?」
「それは構わねえけど……」
「ククルの服を買おうと思ってて。今の彼女の服、わたしのを無理矢理丈を合わせて着てるんですよ」
「それなら服屋の方が確実じゃないのか?」
「せっかくですから、普段着は可愛いのを見つけたいじゃないですか。今日はやっていませんでしたけど、キャラバンには衣服を取り扱っている人も居るみたいですし、一応覗いてみたいんです」
旅の時はそんな贅沢は言ってられないけれど、生活の落ち着いている時くらいはおしゃれをしたい。女の子なのだから。
「ああ、まあ、なるほど」とムスティフは分かったのか分かっていないような曖昧な返事を返した。
*
翌日。
キャラバンは大いに賑わっていた。
だけれど、それはキャラバンの露店群が盛況だからという理由ではないということは、ククルにも分かったようだった。
がやがや。ざわざわ。その雑音に見えるのは、困惑とわずかな怒り。
どうしたんだろうとマルカ達三人が遠巻きにその様子を見ていると、人ごみの中からこちらに近寄ってくる人が見えた。リザードマン。マウエルだった。
「よう三人! よく来てくれたな! でもそれどころじゃないんだよごめんな!」
「どうしたんだ? この騒ぎ、何かあったようだが」
「どうしたって、泥棒だよ! 金が盗まれたんだ!」
「……お金が、ですか?」
「そうよ。全部のテントから少しずつ盗まれたんです」
いつの間にか傍にいたモーランが、ため息交じりに言った。
「商品は何も取られてない、お金も全部は取られてない。泥棒が入ったのは確実だけど、その目的が分からなくて怒りじゃなくてただただ困惑……って感じです、今は」
「今は?」
「キャラバンでは夜中は常に誰かが起きていて、交代で監視をしているんです。高価なものを扱ってるから窃盗や夜襲なんかがあるものだから。それは街の中でも同じで、だからこの村の人、という可能性は凄い低いんですよ」
「それって、このキャラバンの人が――んんっ!」
ムスティフがククルの口を押えた。
「それは言わない方が良い。みんな思っていることだけど、だからこそ口に出さないようにしてるんだ」
「……そういうことなんだよ。何時仲間我に発展するか分かったもんじゃない。ああ、これからいったいどうなるんだろう……」
マウエルは肩を落として背中を丸めた。モーランも口には出さないが、うんざりしたような表情だった。
「……あの、モーランさん」
「……なんですか?」
「現場を見せてもらうことって出来ますか?」
「まあ、それは構わないけど……どうして?」
「これは、人ならざるものの仕業の可能性があります」
マルカには、もうおおよその顛末が分かっていた。あとはその仮説を裏付ける証拠を見つけるだけだった。
「……おいムスティフ、お前の友達のこの子って」
「ああ、調査人だよ。俺みたいな暴力野郎と違って、ちゃんとした調査人だ」
「調査人?」モーランは驚いたようにまじまじとマルカの顔を見た。「……こんな若いのに?」
「それはこっちの台詞ですよ。モーランさん、まだ若いのに旅の商人なんて凄いなあって思ってました。……ダメ元のつもりでもいいです、現場を見せてもらってもいいですか?」
「も、勿論。あたしたちのテントならだれも文句言わないわ。こっちよ」
モーランとマウエルのテントに案内されている間、他の亜人たちがマルカ達に訝しげな視線を向けてきた。もしかしたら窃盗犯だと疑われてしまうやもとマルカは考えていたけれど、それは杞憂に終わってくれた。
「ここがあたしたちのテント。どうぞ、自由に調べてください」
積み上げられた木箱に畳まれた布団、金子の入った布袋。テントの中は、端的に言ってそれしかなかった。
「……この丸い球はなに?」
ククルが持ち上げていたのは茶褐色の球だった。一つ特徴的なのは、その球から細く長い麻縄のようなものが伸びていることだった。
「あ、それはダメだ!」
マウエルが転びそうになりながらも慌ててククルの元へと寄ってそれを取りあげた。ふうと安心したように息を吐いて、丁寧にもともと入っていた木箱へとしまい直す。
「これは……まあ、爆弾だよ」
「……なんてもの作ってんだ、おまえ」
呆れたようにムスティフが言うと、マウエルは慌てたように「違うよ!」と弁明を始める。
「いつだかに旅の行商人から作り方を教えてもらったんだけどさ。自分で言うのもあれなんだけれどなかなかセンスがいいみたいでね、結構上手くいろんな爆弾を作れるんだよ。例えば威力は低いけど耳元で爆発すれば意識を失うくらいにうるさい爆弾、二つセットになっていてくっつけたときに爆発する双子爆弾とかさ! これって結構高値で売れるし、キャラバン内でも買ってくれる人が多いんだよ。今ではキャラバンの発明王なんて言われちゃってさ――――」
上機嫌に、自慢げにぺらぺら喋りだすマウエルは放って置いて、マルカはテント内の観察を始めた。
パッと見、このテントのどこにも以上は見当たらなかった。だけれど、マルカは見過ごさない。初めからそれを探すためにテントにやって来たのだから、それを見過ごすはずはなかった。
木箱類の傍にしゃがみ込んでマルカが拾い上げたのは、毛だった。男性の頭髪くらいの長さの毛。
「……それは?」
ムスティフがマルカの指先を目を凝らして見ると、そう訊ねた。マルカはそのまま、「毛です」と答えた。
「それは分かってるよ……。それが何の意味があるかって聞いてるんだ」
「これ、あたしの毛じゃない……」
モーランが他にもぽつぽつと床に落ちていた毛を拾い上げる。彼女の毛髪は黄色、大して落ちていた毛は黒色だった。
「お、俺の毛でもないぞ」
「あんたはそもそも毛が生えないでしょ。……良く見れば、すごい大量に落ちてるわね」
「もったいぶってないで教えてよ。これが犯人のものなの?」
「そうですね、そうなります」
決して広くないテントに全員でいるのは息がつまる。目的のものを見つけたマルカがテントから出ると、他の全員もそれに続いた。
「……でも、こんな複数人でテントに入って行ったのなら流石に気付く人がいると思うわ」
自分たちが今同じ状況だったからその疑問を抱いたのだろう。モーランの言葉に、「いや、モーラン」とマウエルが反応。
「それを言うなら、モーラン。……今更だけど、そもそも全員のテントからお金を盗むことなんて可能なのか? そしてそんな危険を冒してまでお金をちょっとしか盗って行かないなんて――ああ、これじゃ話が堂々巡りだ」
マルカは全員の視線が自分に向くのを待ってから、犯人の正体について語り出す。
なに、不思議な話じゃない。ただ人にばれないくらいに小さくて、お金そのものが目的じゃないというだけの話。
「この毛は人の毛じゃありません、猫の毛ですよ」
「……猫?」
「そうですよ、ククル。猫ちゃんのものです」
「猫ってことは、犯人は獣人なのか!? ……このキャラバンにいるネコ科の獣人は――」
「違いますよマウエルさん。獣人じゃなくて猫の毛です」
ネコ科の獣人、じゃなくて、猫の毛そのもの。
いや、正しくは猫の妖精の毛だ。
「ケット・シー……」
ククルが呟いた。
そう、それだ。マルカはククルの頭を撫でてやった。
「犯人――犯猫はケット・シーです。間違いありません」
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