mission2 必要な材料を調達せよ!

「ニッシー、無理しなくていいよ」


「無理なんてしてねーよ。言ったじゃん、俺は一椛いちかの為なら例え火の中水の中どこでも行くって」


「何それ、初めて聞いたけどありがとう。ニッシーはホント友だち思いだよねー。でも、その装備……本当はヤモリもカエルも怖いんでしょ?」


「すぐ捕まえてやるから一椛はそこで温かくして待ってろ」って微妙な流し目で言ったニッシーに川縁で一緒にヤモリとカエルを探すあたしの先。一月中旬のよく晴れた寒空の下、くるぶし程の浅い川で半透明の雨合羽を羽織り、目には水泳用ゴーグル、ゴム手袋に長靴、虫取り網と虫かごを下げたジャージ姿のニッシーは明らかにへっぴり腰になってる。


「バ……ッ、んなわけねーじゃん! やつらが集団で現れたって俺は全っっ然平気……」


「あ、ニッシー、そこ」


「ひゃぁうっ!?」


「石あるから危ないよって……ぷっ、あはははっ。ニッシー、やっぱり怖いんだー?」


 叫びながら網を放り出し飛び上がったニッシーが真っ赤になって全力で言い訳を始める。こういう時、ニッシーは本当に優しいなぁって親友として嬉しく思う。


 惚れ薬の話だって最初は大笑いしてたのに、あたしが真剣なのが分かると何でも協力するって笑顔で言ってくれたんだから。


 **


「だーっ! 一椛、その話はヤメロ! ていうか、一つくらい欠点があった方が男として隙があっていいよな杏里っ? なっ?」


 あたしの話を遮って叫んだニッシーが杏里に同意を求めてる。ニッシーは何かと杏里に相談することが多いけど、大抵の場合杏里は、


「ニッシーの欠点は一つどころじゃないけど。まあ、一椛に引かれてないならいいんじゃない?」


 多少厳しめの相槌を適当に打ってる。

 勿論あたしは引いてなんてない。

 ん? 何であたし? ……まあ、いっか。


 それでも聞き続けるニッシーは、もしかしたら杏里のことが好きなのかもしれない。杏里は今、他校の男子といい感じなのに……。親友としては応援してあげたいけど、あたしも今は先輩のことで忙しいし、ここはニッシーがフラれた時に慰める役に回ろう。


「なぁ、今の話、全部西嶋が元凶だったのかよっ」


「あ、ヤマダ君、アキタ君、あの時はアドバイスしてくれて本当にありがとうね! お陰で無事に惚れ薬完成したんだー」


 あたしが話を続けようとした時、タイミングよく今度は生物部のヤマダ君と科学部のアキタ君が寄って来た。でも「あ、あぁ」と口々に言いつつ目が泳いでるのはなぜだろう。


「は? ちょっと待て、一椛。俺が次の日風邪引いて休んでる間に解決したって言ってたの、コイツらのお陰なのかっ? 何をどんな風にアドバイスもらったか一言一句漏らさず教えろっ」


「どうしたの、ニッシー? 顔怖いよ」


「いいからっ」って必死な顔で詰め寄るニッシーに促されてあたしは続けた。


 **


 再び小川で捜索を開始した直後、ニッシーはサッカー部の先輩に見つかって部活に連行されてった。もうすぐ暗くなるし寒いし、あたしもその日は諦めて帰ろうと通学路に出ると、ちょうど通り掛かったのがヤマダ君とアキタ君だった。訝しげにあたしを見る二人。


「あ、二人とも今帰り? 今日も寒いねー」


「あぁ……。それより、久野くのは裏山で何してたんだ?」


「ああ、うん。惚れ薬作ろうと思って小川でヤモリとヒキガエル探してたんだー」


「……なぁ、アキタ。清々しい程のこの笑顔、どこからツッコめばいいと思う?」「とりあえず、生物部員としてツッコんでやれ」「分かった」何やらヒソヒソ話してる二人。


「そっかー、ヤマダ君、生物部だったよね。結局見つけられなかったんだけど、やっぱり探し方にコツとかあるのかなー」


 そこであたしは衝撃の事実を聞かされた。


「久野、ヤモリは水辺にはいない。イモリと間違えてる。そもそも野生のヤモリもイモリもカエルも冬は冬眠してる」


「ええっ!? 嘘っ!」


「この程度、小学校の理科で習っただろ?」


「私だけ教えてもらってない!」


「そんなわけあるか!」「そんなんでよくこの高校受かったな」って呆れるヤマダ君たちと打ちひしがれるあたし。


「じゃあ、ペットショップとかで買えたりする?」


「……買えたとして、そのヤモリたちをどうするつもりなんだ?」


 恐る恐る訊ねるヤマダ君に、


「えっとー、ヤモリは干物にして、ヒキガエルはそのまま……」


 本を取り出して読み上げるあたし。


「もういいっ、それ以上言うな! 小さな命も大切にっ!」


 とうとうヤマダ君が泣き出してしまった。


「ごめんね、ヤマダ君っ。あたしだって気は進まないけど、でも、これが無いと惚れ薬が……」


「そんなのマムシドリンクか何かで代用しろよっ」


 え? マムシドリンク……?


「どういうこと?」


「マムシならヤモリと同じは虫類だし、生前たぶんカエルも食ってるよ! ドラッグストアで売ってんだろうし、色々時短にもなるだろ!」


 目から鱗だった。


「そっかぁ! うん、そうするよ。ありがとう、ヤマダ君。あっ、そう言えば、アキタ君は科学部だったよね? あたし月桂樹の葉も欲しいんだけど、やっぱりタイムマシンが無いと無理なのかなぁ?」


「……何、言ってるんだ、久野?」


 当惑顔のアキタ君にあたしは「えー、知らないの?」って、月桂樹が古代ギリシャで冠として使われていたことを自慢した。


「それは間違ってない。でも月桂樹の葉なんて現代日本でも手に入るんだよっ。ついでに言っとくと、現在のタイムトラベル研究ではアインシュタインの特殊相対性理論から未来へ行くことは実現可能だけど、過去へ行くのは……」


 ……………………。


「……って、聞いてんのか、久野っ?」


「あっ、ごめん、アキタ君。あたし今、立ったまま寝てたかも。えへへ」


 難しい話になると自分の意志とは関係なく眠たくなっちゃう。スマホを見ると……アキタ君、三十分もタイムマシンの説明してくれてたんだー。悪いことしちゃったな。


「もういいっ! とにかく、月桂樹ってローリエのことだから。その辺のスーパーでも買えるだろっ」


「ええっ!? 月桂樹ってローリエのことだったのっ? ……って、何だっけ?」


「行けば分かる! 探せばある!」


 何だか冷たいアキタ君。


「でも、本には満月のパワーを溜めた月桂樹の葉って書いてあるんだけど……」


「なんだその突然の付加価値! めんどくせーっ……二週間後が満月だから、買ったローリエを一晩外に置いときゃ同じだろっ。帰ろうぜ、ヤマダ」


 そうなんだー。すごくいい事聞いちゃった!


「あっ、待ってアキタ君!」


「何だよ? まだ何かあんのかっ?」


「高麗人参はさすがに中国に行かないとダメだよね?」


 飛行機ならタイムマシンより現実的だけどその為にはパスポートから申請しなくちゃいけないし、バレンタインに間に合わないと困る。アキタ君でもどうしようもないかな。


「それもドラッグストア行けよ! サプリとか売ってんだろっ。マムシドリンクと一緒に買って来いよ!」


 ドラッグストアってすごい! 一石二鳥ってこのことだ。


「そうなんだっ? わぁぁ、これでほとんどの材料が揃うよ! 本当にありがとう、二人共。あれ、もしかしてドラッグストアって惚れ薬も……」


「売ってねーよっっ!」


 そこは二人同時に全力で否定された。世の中そんなに上手くはいかないか。


 それでももう一度お礼を言うと「お、おぉ……」「頑張れ……」戸惑いつつも二人は仲良く帰って行った。


 **


 あたしの話に違う雰囲気で静まり返る教室内。


「久野がアホ過ぎてどうしようも無かったんだ。まさか惚れ薬なんて本気で作るとも思わなかったし……」「右に同じ」


 深刻な顔で誰にともなく弁明するヤマダ君とアキタ君に同情の視線が集まってる。


「おいっ、一椛がアホ過ぎってどういうことだよっ! ……そ、そこが可愛いんだろうが」


 突然怒り出したニッシーに驚いて宥めるあたし。後半は小声で全然聞こえなかったけど、やっぱりニッシーは友だち思いで優しいなぁって笑顔が溢れる。


「あの先輩と久野が本気で両想いになろうって考えてる時点でアホ過ぎるだろ!」


 それに応戦するヤマダ君と同調する大半の男子たちに、


「……ちょっと、何、今の聞き捨てならない台詞はっ」


 反論を唱えてくれたのは杏里と、料理部のオダさん含めた女子陣。


 残り二つの材料、ニンニクオイルはオリーブオイルの中にニンニクを一週間浸けておけば完成。バニラエッセンスはスーパーで買えるよって優しく教えてくれたのは他の誰でもない、オダさんだった。


 一瞬たじろいだヤマダ君だったけど、にわかに騒がしくなった窓の外を見て親指で差し示す。


「だって、アレだぞ?」


 その言葉にあたしは勢いよく席を立って窓を開け放った。

 一気に吹き込む寒風にも負けず二階から見下ろすと、周りに取り巻きの三年女子を複数連れて昇降口に向かって歩く、


「きゃーっ! 千紘せんぱーい! おはようございまーす!」


 意中の人、千紘先輩がいた!

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