負の連鎖

第4話 成人している子ども

　僕は今、会社近くのファミレスに、相沢さんと一緒にいる。

　先週、相沢さんに声をかけられた。

「ものすごく顔色が悪い。負のスパイラルに陥っているね」

　僕はドキッとした。僕は毎日、妄想で父親を半殺しにしていた。

　発疹が出て、皮膚科に行った。薬で中々治らず、一番強い薬を渡された。

　これで治らなかったらどうしようと、僕は恐れていた。

　相沢さんが「良かったら話してみて」と、しつこく云ってきた。

　最初は断ったけれども、相沢さんがふざけているようには見えなかったし、他の人に聞こえないように僕に声をかけている事に気づいた。

　何より、僕は一人で頭の中で半殺しを続けて、おかしくなりそうだった。

　席に着き、注文の品が運ばれてきた、相沢さんはまず自分の事を話した。

　相沢さんは『視える』人らしい。

　相沢さんの友達に霊感が強い人がいて、相沢さんの力を発見したそうだ。

　相沢さんは占いが好きだったし、苦しんでいる人の力になりたいらしく、勉強していると云っていた。

　僕は相沢さんに、一通りの事を話した。嫌な奴を妄想でこらしめている事、そしたらそいつが実際にけがをする事、そして僕も少しけがをする事を。

　今は父親の妄想をしている事を云った。

　今までは、全てが僕の頭の中でだけ行われていた。

　誰かに話した瞬間、少し肩が軽くなった気がした。

「そんなに親が嫌い？　何かされたの？」相沢さんが云う。

「僕の親は最低だ。無知で無礼で下品だ、リストラされて酒ばっかり飲んで」話していると、怒りが込み上げてくる。

「お酒を飲んだお父さんに、殴られたの？」

「まさか、そんな事したら即通報だよ」

「お酒を飲んで暴力をふるうって話はよく聞くけど、そういう訳じゃないんだね。晩酌くらい、誰だってやるよ」

　相沢さんは少しホッとしたように見えた。ここでようやく、目の前のドリンクを飲んでいた。

　相沢さんがホッとした事に、僕は少し安堵していた。

　僕が今まで重大だと思っていた事が、「晩酌くらい」と云い換えられていた事に。

　確かに、世の中にはⅮⅤなどという単語が新聞に載るくらい、浸透している。それに比べたら……という事か？　いや、違う。誰かと比べてマシだというのは、問題のすり替えだ。僕自身が今、何をどう思っているかだ。親への怒りは消えない。

「発疹、呪うのをやめたら治るよ」相沢さんがポツンと云った。

「僕が間違っているのか？」

「うーん……ていうか、山崎くんの親は、山崎くんほど考えていないと思うよ。ただ単に性格が悪いだけ」

「それは解る。けれどその【ただ単に】で、どれだけ子どもが苦しむと思うんだ」

「家を出た方がいいよ」相沢さんは、はっきり云った。

　家を出る……その選択肢は考えた事が無かった。

「そんなに嫌っている人のお金で生活しているなんて、なんかしゃくじゃない？」

「子どもは当然の権利だ。親の、当然の責任だ」僕はきっぱりと云った。

「もう二十歳を過ぎているよ？　いつまで囚われているの？」相沢さんは、僕の目を見つめてきっぱりと云った。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　〇

　一か月後、僕は実家を出て、会社の近くのアパートに引っ越した。

　初めての一人暮らしで、家事や生活の大変さを知った。親の有難みと大変さも。

　新しい生活に追いつくのが必至で、毎日あっという間に時間が過ぎる。

　僕には、妄想する余裕などなかった。

　時々実家に帰る、郵便物などが届いている事もあるので。

　実家に帰った時は、野菜などを貰っていく。僕の為に、準備しているようだった。

　僕が家を出たら、両親の態度も少し変化があった。

　十か月ほど過ぎた頃、実家に戻った。

　理由は単純で、親への憎悪が無くなったからだ。

　実家を出た理由が無くなった今、わざわざお金をかけて一人暮らしをする必要は無い。

　僕は生まれ変わったのか。

　きっと今後は苛々する事も無く、平穏な毎日を過ごせるはずだ。

　実家に戻って一週間ほどは、何だか新鮮だった。

　しかし二週間ほど経った辺りに、僕の妄想は再び始まった。

　僕が変わっても、親は変わらないのだ。今までの記憶が甦ってきた。

　僕は再び、妄想の中で父親を半殺しにしていた。

　会社で相沢さんと目が合った。

　僕は相沢さんの目を見る事が出来なかった。

「救えないよ、貴方は変わっていない」誰かが、ぽつりと云った。空耳だろうか。