199602②

 SC鹿児島は合宿の仕上げの段階にきていた。トレーニングで醸成してきたチームの形を、実戦を通じて問題点を洗い出し、修正していく段階である。


 地元鹿児島で2次合宿を行っていた鹿児島であるが、試合相手には困らなかった。宮原が県知事と連携して、各クラブにキャンプ地として鹿児島をアピールした結果、複数のNクラブが鹿児島で合宿を張っていたからである。


 ホームスタジアムである鴨池陸上競技場ではシーズン中以上の頻度で試合が組まれ、サッカー熱の高まりを後押しする効果も生まれ始めていた。


 宮原はこの機会を有効活用しようと様々なイベントを開催した。

 代表的なものが「全国ご当地グルメグランプリ」である。

 各Nリーグクラブに打診を行い、全国的には無名だが現地では誰もが愛する料理を県内や各Nクラブのホームタウンから集め、来場者の投票で順位を決定するというものである。


 会場となった鴨池公園には所せましと出店が並び、鹿児島を代表する黒豚を使った料理から後にB級グルメと呼ばれるようなものまで多種多様な料理が会場を彩った。来場者数は3万人を超え、関係者を驚かせることとなる。


 この催しは全国ニュースにも流れ、SC鹿児島の知名度アップだけではなく、鹿児島や鹿児島の名物料理、名産品の知名度アップにもつながり、ひいてはSC鹿児島のブランド力アップにもつながることとなった。

 SC鹿児島のスポンサーにはエントリー料で若干の優遇措置が設定されており、今回の成功を機に小口スポンサー数の増加にも寄与するという効果を生むこととなる。


 地方としては記録的な集客はSC鹿児島の試合来場者数にも好影響を与え、シーズン前にも関わらず、満員の観客の前でのプレシーズンマッチの開催となった。





 この日のSC鹿児島の相手は横浜フェルプス。鹿実出身で前年のアトランタ五輪1次予選で活躍した鹿児島出身の中園が所属しており、今年加入した藤堂明弘の前所属チームでもある。

 2人は3月から始まるアトランタ五輪最終予選に備え、マレーシアで行われている五輪代表合宿に参加しているため不在であったが、特別活動地域として鹿児島県含む九州数県で活動していたこともあり、鹿児島と縁の深いチームであった。


 横浜は現代表監督である賀茂が当時最先端の戦術であったゾーンプレスを導入し、センセーショナルな活躍を見せたチームとして高い知名度を誇っている。


 95年シーズンは監督交代や選手の大幅な入れ替わりの影響を受け低迷したが、その実力はNリーグでもトップクラス。

 特に、サンバイオ、シーニョ、エパイールというブラジル人トリオはブラジル代表での実績もあり、Nリーグ屈指の助っ人集団との評価を得ており、初昇格の鹿児島の力を測るには十分すぎるほどの実力を備えたチームであった。





 鹿児島は3トップ左からシュナイダー、窪、河原。中盤に藤堂拓海、永井、エレミース。4バックが左から藤山、前田、佐藤、田中達也、GKにシューマッハという布陣。


 ピッチに広がる選手を見て鹿児島サポーターがざわついた。


「おいおい拓海と永井が並んでるぞ」

「む、あれは!?」

「知ってるのか、雷電」

「うむ。エレミースをアンカーに置いて藤堂と永井をインサイドハーフで並べる鹿児島の新布陣!」


 サポーターもざわつく鹿児島に対する横浜は3-4-3の布陣。鹿児島と異なり、3トップは内に絞り、中央のエパイールをセカンドトップのような形でシーニョらがサポート。サンパイオと山口がボランチとして中盤を抑え、若き守護神楢崎が睨みをきかす。


「さて、鹿児島がNリーグでも十分通用するってとこをいっちょ見せてやろうぜ」


 主将を務める河原の言葉にイレブンが頷き、試合が始まった。





 試合は互いが果敢に攻めあうスリリングな展開を見せる。

 鹿児島がサイド攻撃、横浜は中央突破という形で互いの色を見せていた15分、横浜が素早いリスタートからサンバイオがパスを出す。

 新人選手エレミースの運動量とフィジカルに抑え込まれているかに見えたサンバイオであったが、老練なプレイでエレミースを出し抜く。受けたシーニョがすぐさまシュートを放つ。


「コージ、サトウ! 気ぃヌイテんじゃネーゾ!」


 唯一その展開に対応できたシューマッハがカタコトの日本語で守備陣に吠え、さすがの反応でボールをかき出す。しかし、そのこぼれ球を狙って詰めたエパイールが押し込んで横浜が先制。

 鹿児島が若さを見せ、ブラジル人トリオがその豊富な経験に裏打ちされた実力を見せつける形となった。


 対する鹿児島は気落ちすることなく拓海、永井を中心に反撃に出る。ボランチのエレミースが気落ちすることなく次々とボールを奪い、拓海と永井がショートパスを駆使してリズムを作る。

 中央で作られたリズムに合わせ、サイドのシュナイダー、河原が動きだしたところに展開されたボールがサイドを切り裂く。


 これまで拓海が一人で広々使っていたスペースを永井と共有する形になったが、そのプレイに違和感はなく、むしろこの布陣こそ正解と言うかのように次々とチャンスを演出。

 豊富な運動量で『使われるプレイ』が多かった拓海が『使うプレイ』でそのセンスを見せ出すと、拓海から供給されるボールを危惧して横浜の間合いが広がり始める。


 そして37分、ボールを受けた拓海は突如ドリブルで中央を突破。再三サイドにボールを散らし、黒子に徹していた拓海の突然の突破で、横浜守備陣は後手に回ってしまう。


「油断大敵。もらった!」


 慌てて詰めてくる相手DFをかわした拓海はペナルティーエリアに侵入し、飛び出した楢崎をあざ笑うかのうように冷静にゴール右下隅へ流し込む。試合を振り出しに戻したことで鹿児島サポーターは沸きに沸いた。

 さらに監督のスキベが後半ハーフタイムに活を入れ、鹿児島がボルテージをさらに上げていく。


「チョコマカと、メザワリなヤツだ」


 神出鬼没な拓海の動きに『横浜の心臓』サンパイオがぼやく。横浜が誇るワールドクラスのボランチが前に出られない状況は、結果として横浜の攻撃の停滞を生んでいく。

 対して鹿児島は積極的な攻撃姿勢でサイド攻撃からチャンスを演出。59分には拓海が左に流れて生まれたスペースに河原が右サイドから切り込む。

 ミドルを突き刺し逆転ゴールを挙げる。


「どんなもんだ! 鹿児島はNリーグでも通用する!」


 河原の雄叫びがピッチに響き渡り、鴨池陸上競技場の熱狂は最高潮へ。


 そして79分。一度右サイドに流れた窪が中央に走り込む。スルシャールに学んだポジショニングを感覚的に模倣したプレイ。

 そこにシュナイダーがクロスを合わせ、日本人離れした跳躍力で異次元の高さから豪快に頭で叩きこんで3点目を挙げ、試合を決定づけた。


 満員の観客の中で、鹿児島はNリーグトップクラスにも通用することを証明したのであった。





 この試合の結果は鹿児島の各テレビ局の夕方トップニュースで流され、SC鹿児島への期待はさらに高まることとなる。


 そして1週間後、再びSC鹿児島のニュースが夕方トップで放送され、関係者やサポーターに衝撃が走った。


 マレーシアで行われていたアトランタ五輪代表合宿で負傷したエース小倉に代わり、藤堂拓海が五輪代表に追加招集されたというニュースによって。

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