第4話 おまけの役割

「……やっと落ち着けるな」

「いやほんと」


 あの後、鑑定士のノアさんとやらが来るまで待機していてくれと、俺達は儀式がある広間のすぐ傍にある部屋に案内された。そこは使用人さんが休憩や仮眠に詰めている部屋らしく質素で、神官さんたちはもっと良い場所をと言ったがあまり豪華なところは勘弁してほしいと俺たちが願い出て此処になったというわけだ。

 因みに沙亜羅は儀式のためにお着替えがあるということで準備中。沙亜羅はめちゃくちゃ美人なのでどんな衣装を着せられるか今からすごく楽しみだ。露出がある服はぜえっっっったいにやめてくれと言ってあるのでそこは多分安心していい。そんなふうに悶々としていると、いきなり隣の糸がすぱりと切り出して来た。


「央、お前かなり順応してるけど結構心中穏やかではないだろ」

「……糸にはバレるかー」

「これが本当にお前が好きな聖女ものの世界なら、沙亜羅ちゃんはこれから大変な筈だ。オタク心と板挟みになるって言ったって身内となれば話は別だ、な?」

「うーん、まあな。多分さっきの守護者さんたちみたいな人が護ってくれるだろうけど、ここ異世界召喚でも結構深刻な世界っぽいんだよな。沙亜羅が聖女で、大好きな異世界に来て、嬉しい気持ちがあることは確かだけど身内となればやっぱり別だ」


 それでも、やっぱりこれが現実である以上沙亜羅の安全が保障されてるわけじゃない。はしゃぎたくなる正直なオタク心がないまぜになるけれど、それはそれ、これはこれ。

 身の振り方や生活を考えないといけないと言ったが、それはあくまで土台作りだ。

 沙亜羅が聖女なら俺も少なからず力になれるように――いや、せめて守れるように魔法とかも勉強したい。それは糸も同じのようで、俺の考えに静かに頷いてくれた。


「鑑定が終わったらステータスもわかるし、やれることをやろう、俺は沙亜羅ちゃんも心配だ。……央も」

「俺も?」

「お前は、すぐに無理をするから」

「……糸」

「平気じゃないときも笑うから、見抜く方は苦労するんだぞ」


 同じベッドに並んで腰かけているから、すぐに糸が近づいてきたのがわかった。肩が当たり、大きな手が俺の頭の上に乗る。普段なら子供扱いするなと怒る案件なのだが、こちらを見つめる糸の目があまりにも優しくて――心配そうで。憎まれ口も冗談も吐けなくなってしまい、ただ言葉に詰まって下を向くしかできなかった。

 流石に糸は付き合いが長いからわかっている。俺が無理をしているときに笑う事を。笑顔という仮面が一番使いやすいと愛用していることを、誰よりも知っている。


「……気付かないでいてくれる方がありがたいんだけどなあ」

「それは駄目だ。俺と沙亜羅ちゃんが許さない」

「……敵わないな、……うん、正直心配で胃が潰れそう、だって俺達多分モブだぜ」


 ああ、本当はすごく心配だ。嬉しいけど、はしゃいでしまうけれど、だからこそわかる。現実である以上これから沙亜羅に降りかかる出来事はロマンチックだけじゃない。護ってくれる人間がいても、全てが【王道】通りに動くとは限らないんだ。だってこの世界は俺の知っている聖女作品には当てはまらない。元からある作品にトリップとかではないようだ。ただ聖女という設定があるだけの世界かもしれない以上、ご都合主義の物語が展開される保証もない。

 そんな中で、俺はあの子を護れるだろうか。糸に頼り切らずにいれるだろうか。

 さっきまでの浮いた気持ちが嘘のように隠れて、夢から醒めたようにひやりとした冷たい悪寒が俺を襲う。それでも震えるまではいかないのは、きっと糸が横にいるから。


「ほら、モブが活躍する小説とかもあるだろ。もしかしたら俺達もチート的なアレかもしれないし……トラックには轢かれてないけど」

「いや、いきなりそっちのジャンルに行ってどうするんだよ……」

「女騎士とラッキースケベしたり奴隷の女の子を拾うかもしれない」

「どっちにしろその場合主人公お前しかいないじゃん!俺絶対親友ポジで終わるじゃん!」

「下手したら中盤で闇堕ちするか死ぬ」

「ひどい」


 ほら、こうやって俺が軽口を叩けるように誘導してくれる。空元気でも出さないよりはマシだと糸は知っている。そういう方法が、俺を立たせていてくれるということも。俺のことは、きっと俺よりわかってるのかもしれない。


「――大丈夫だ、央」


 頭に乗せられた手が、俺の右手に触れる。そのままぎゅっと握られて、驚きよりも恥ずかしさよりも安堵のようなあたたかい想いがじわりと胸に広がってゆく。軽口を続ける前に、穏やかな低い声が俺の耳朶を打つ。


「俺がいる、沙亜羅ちゃんももし聖女だったとしてもきっと変わらない。俺たちはお前の味方だ」

「……そこは、俺と糸で沙亜羅を守ろうっていうところじゃないのか?」

「通常運転ってやつでいいだろ?」

「まあ、安心はするな」


 顔が近いのも手を握り合うのも、きっと他から見ればちょっと異常なのかもしれない。俺も糸も男同士なのだから。それでも俺はこの距離に違和感も嫌悪感も抱かない。寧ろ糸が傍にいるとほっとするのだ。それは糸も同じなようで、ゆうるりと目を細めてからそっと顔と手を離す。

 そんな糸に笑みを返してベッドから立ち上がり、俺はぐっと伸びをした。


「ありがとな、糸。なーんかちょっと落ち着いた」

「ああ」

「まあ、おまけはおまけとしてきっちり役割を全うしようぜ!」


 例えメインでなくたって、此処に存在する一人の人間である以上出来ることはあるはずだ。最愛の妹のためなら、どんな修行だってなんだってやってやる。


「そうだな――俺達にできることをやろう」


 だって、俺の横には最高の幼馴染がいてくれるのだから。



「だが、さっきの男みたいなやつが出て来たら沙亜羅ちゃんと敵味方関係なく再起不能になるまですり潰すから、央も覚悟しておいてくれ」





 ……たまにちょっと、ほんのちょっと、親愛が重く感じるけど。

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