ヤりたい!

白川津 中々

第1話

 俺はモテない。

 悲しい事に世の女は俺以外の男に夢中である。他の男がよくて、なぜ俺が駄目なのかまったくもって意味が分からんが、ともかくとして俺はモテない。別段顔が劣っているわけでもなく、女に対しては必要以上に優しく接しているはずなのだが、なぜかモテないのだ。

 このモテないというのは一種の病であり、その病状は殊の外深刻で予断ならない。中でも何が一番障るかといえば性交ができないのだ。これは大事。重篤であろう。

 人間の生存目的は究極性交であるといっても過言ではないだろう。子孫繁栄に繋がらぬ繁殖行動こそ人知の特権であり恩恵ではなかろうか。思うに、快楽目的で事に及ぶ生物はそう多くはいないはずだし、その中でも更に心技体を用いる動物ともなれば、地球上では人間に限られるに違いない。人類の歴史は性交の歴史と言っても過言ないくらいに人はエロスの虜であると俺は断言しよう。

 そんな社会の中で性交に及べないというのは、これはもはや人間失格の烙印を押されたと同義ではないか。生きる意味も意義もなく、ただ糞を放るだけの惨めな個体であると言わざるを得ない。そうした糞尿製造機としての無価値な人生を自分が歩まねばならぬのかと思うと大層胸が痛む。これでは何のために母親が股を破ったのか分からない。齢四十を超え未だに未使用ともなれば、両親が涙を流し「産むんじゃなかった」と嘆く事さもありなん。その父母の姿がありありと脳裏に浮かび、いやはや何とも申し訳なく……いや、あいつらの夫婦関係は快楽の果ての結果だったな。確か籍を入れたのは俺が宿ったからだとうんざりとした表情で告白された記憶がある。いわゆるデキ婚。別名授かり婚。悪意を込めればズッ婚バッ婚である。左様な無計画に対し俺が責任を感じるものでもない。むしろ、惰性で産んだ事を批判できる立場である。考慮する必要なし。親の事は忘れよう。


 つまり俺はモテたいのだ。女に好かれたいのだ。明け透けに言えば、性交したいのだ。そうでなければ男の沽券に関わるばかりか、人間としての尊厳が保てぬ。

 こうした悲嘆は俺の内だけに留めるのは随分荷が重いのであるが、悲しい事に斯様な悩みを人に言えば蔑みの目で見られ村八確定である。それだけですめばまだいい方で、このご時世にセクシャルな話題は大変まずい。訴訟の後敗訴まである。人間であれば持って当然の欲望を口できないというのは極めて不健全であり歪な社会構造であるのだが、そうした世界で生きているのだからどうしようもない。

 女に相手にされず、かといってヤらせろと口にもできず。俺はいったい如何にして性交に及べばいいのだろうか。金で解決できると人は言うが、二十五歳フリーターに左様な甲斐性あるわけなく。日々を生きるに精一杯な現状で女を買うなどできようはずもない。


 こうした所以で、俺は悶々とした煩悩を抱えながら毎日を過ごしていた。とはいえ生活は規則正しく平凡そのもの。朝は八時に起きてカフェでバイト(カフェの店員はモテると聞いた)。十七時に上がるとその足でギターの稽古に向かい(楽器を扱える男はモテると聞いた)、それが終わるとジムでトレーニング(筋肉のある男はモテると聞いた)。適度に汗を流した後はスーパーで半額の惣菜を買って帰宅し、それを食べ終わったら純文学を読む(読書家な男はモテると聞いた)。それから適当な所でシャワーを浴びて、日付が変わる前には床に着く。それなりに予定はあるが結局女とは無縁でちっとも充実しておらず、性的な不満ばかりが蓄積さていくのである。時には手淫に耽りたい時もあるが右手は中学以来封印している。一人上手となればもしもの時ナニが使い物にならぬと聞いたし、孤独に果てた際の虚しさにはもはや耐える事ができない。小便のように出す欲望の何と情けない事か。俺は自慰に対しては嫌悪感しか抱けぬのである。が、かといって溜まった白濁が体内にて消失する事はなく、月に一度は就寝中に粗相を犯し泣いて下着を替える始末となる。朝からフルチンにて箪笥を漁る恥辱は筆舌に尽し難く。死すら頭を過ぎるほどに屈辱的である。然るに、早々に女を作りこのほとばしる雄力を発散せねば命が危うい。

 俺が虎視眈々と伴侶探しに勤しんでいるののはこうした理由がある。心に宿るはただヤりたいという一念。願わくば、豊満柔乳なる女を望む。


 しかし、特に取り柄のない俺に女などできるのだろうか人は思うだろう。それはそうだ。実際、俺も内心毎日不安に震えている。

 童貞のまま死ぬ。悲劇とは此れこの事。生涯において肌の温もりを知らざるは無限地獄の如くなり。其に堕ちるはいかなる大罪人かと問えば閻魔曰く、理の外と申し候。


 モテぬ理由が分からねばどうしようもない。何をしても無駄であれば観念し地を這う他ないであろう。

 だが、狙っている女はいる。複数いる。そいつらにアタックをかけぬまま、俺は諦めるわけにはいかない。


 バイト先に勤めているしん 一美いちみはその一人。穏やかな性格とは裏腹に超弩級のバストサイズを持つ彼女はこんな俺にも分け隔てなく接してくれる聖女の類で、しかも金持ちの家の娘である。気品と優雅さに包まれた彼女の立ち振る舞いはまさしくお嬢様然としており、立てば芍薬を地でいく高嶺の花であった。

 そんな彼女を無謀にも狙っているのは「温室育ちのお嬢様なんざ返ってちょろいもんよ」と書かれたモテ術のハウツー本に書かれた言葉を半分信じているからである。が、出会って二年が経ち、些か不毛な感は事は否めない。目下控えめなアプローチを続けてはいるのだがその効果は不明。実らぬ花を愛で続けられるほど酔狂でもなし。そろそろ現実を見定めなければならないのではないかと思いを巡らせているのが昨日今日の事である。

 そんなモヤモヤを腹に溜め込みながら、今日も元気にアルバイトへ向かう。少額な賃金と破壊力抜群なバストを眺める為に長時間拘束されるのは果たして有益なのだろうか。自問したところで自答はできない。そろそろ就職も視野に入れねばとげんなりしながら俺は重い腰を上げ支度をすると、溜息を吐き、狭い自室を後にするのだった。

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