第4話 まだ弱いんだ

「八雲ちゃんは、来ると思うか?」


 俺は横を走る八雲ちゃんに尋ねた。すると歪んだ笑みを浮かべた。


「愚問ですわ。龍双ちゃん」


「……やっぱり俺、八雲ちゃんのその笑顔だけは、好きになれねーや」


「いつも龍双ちゃんが好きな私わたくしではないの。ごめんね。全て終わって、まだ私のことが好きだったら好きにしていいから我慢してね」


 そう言って、八雲ちゃんは俺に向かってウインクする。それが何故か、怖かった。

 八雲ちゃんの眼には何が映っているんだ。俺には、わかんねえよ。


「ふっ、俺は八雲ちゃんに童貞貰ってもらうって決めてるからな!我慢なんて楽勝だぜっ!」


 俺は無理して明るい声を出した。きっと、八雲ちゃんにバレているけど、体裁は大事だから。


 ***


「来たわよ。姿を見せなさい外道」


 私は廃ビルの5階に着くや否やそう叫んだ。すると奥からコツッコツッと足音が近づいて来た。


「よお、サラ・ヴァイスハート。まじで1人で来たんだな」


「…ゴズイ・ゼルログ」


 既に〈神器〉と〈神装〉を顕現させた状態のゴズイがいた。


「下手な真似すんじゃねえぞ。生け捕りにした方が高いんだから」


「やっぱり、か」


「当たり前だろ。あんなに金がかかってるなら俺をコケにした復讐のついでに儲けてやろうってなぁ」


「ッ!クソが」


「何とでも言えよ。言えんのは今だけだからなぁ」


 数人の大人が、私を囲む。でもこんな奴ら、〈神器〉だけで充分!


「サラ・ヴァイスハート、大人しく捕まる気はないか?」


「愚問でしょ」


「そうだな、じゃあ、連れてこい」


 2人の大人が裏手に回り、しばらくすると出てきた。私を育ててくれた人を連れて。


「すまない、サラちゃん」


「ッ!ゴートさん!」


 私を縛る城から連れ出してくれた元聖騎士であり、私を育ててくれた人の1人だ。その人が今、人質となっていた。昔こそ筋肉質で屈強な男だったが、今では少し枯れてしまっている。


「抵抗したら、どうなるかな」


 ゴズイはゴートさんの首にナイフを当て、少しだけ引いた。少しだけ血が出てきた。


「サラちゃん、抵抗するんだ。私のことは良い。抵抗しろ!」


「ッ…!……」


「無理だろうなあ。だって大切な家族同然の人なんだろ?」


 どうする、何て、それこそ愚問だろう。あいつらについて行くしかない。


「あの、ゴズイさん」


「あ?何だ」


「月が」


「月ィ?」


 その話につられて私は崩れて空が覗く部分を見た。満月。確か今日は新月だったはず。


「ついて行く必要はないよ。サラさん」


 突然、聞こえるはずのない声がした。顔を下げれば、ゴートさんを拘束していた人に黒く光る刀を刺していた。黒がかった紫の武装をした、刀夜君だった。


 ***


 関東区画のスラムは広い。虱潰しじゃ、間に合わない。でも、僕なら見つけられる。


「《月詠見ツクヨミ》」


『闇』の名を僕は言う。すると瘴気が充満し始める。発生源は、《月詠見》の〈神装〉の1つである、右目のみを覆う仮面だ。昔の僕は、この仮面の瘴気に耐えられず、暴走した。


「……ッ……………!…かはっ…!ゲホッゴホッ!…はぁっ…はぁっ…はぁ…」


 あっぶな。また、支配される所だった。さて、早く目的を果たさないと《他の人》を探してしまいそうになる。僕は《月詠見》の固有魔法を詠唱する。


「【来れ夜、我が夜。空を覆え】、《夜来理よくり》」


 月が出れば、もう見つけたも同然だ。


「【我が月に照らされたもの全てを見通す】、《夜見》」


 右目に激痛が走る。でも、特に気にはならない。


「見つけた。【夜は夜に移り行く】、《夜影移よえい》」


《月詠見》の固有魔法で唯一の移動系魔法で、瞬時にそこに立つ。


「《弧月こげつ》」


 僕は〈神器〉の名を小さく言い、顕現、そしてとりあえず敵の1人にぶっ刺した。


「ついて行く必要はないよ。サラさん」


 彼女を見て僕は冷たい声音で言う。それと同時に《弧月》を引き抜く。


「いつからそこにいた!?水蓮寺刀夜ァ!」


「たった今だよ。今関東区画は僕の《月詠見》の神意結界が展開されている。綺麗な満月だろう?」


「ッ…!いつの間に…」


「もう逃げられないね。前にはサラさんがいるし」


 彼女に、何か攻撃する気があれば、の話だが。


「ふっ、どうかなッ!」


 ゴズイは地面を叩き下の階に降りた。アホだな。甘すぎる。


「後で龍双でも来るだろ。《夜影移》」


 ここは僕の神装印の神意結界内。独壇場だ。瞬時に2つ下の階に行き待ち伏せし、降りてきた所に蹴りを入れる。


「ぐッ!いつの間にッ!」


「僕があの場にいきなり現れた事から察しつくだろうに」


 刀の切っ先をゴズイに向ける。


「お前が逃げられる道があるとすれば、僕を倒して神意結界を解除することが大前提だぞ」


「ちっ、やってやろうじゃねえか」


 大型のハンマー、《ニョルミル》を構え腰を落とした。どう勝つつもりなのか。ただでさえあの僕に勝てなかったのに。


「【集え我が夜。月の女神の一刀に】、《夜牙一刀やがいっとう》」


《月詠見》の攻撃系魔法を使うにあたって大前提となる魔法の詠唱を済ませ、僕も構えた。ああは言ったが《トール》だ。下手をすれば分子レベルに分解される。集中はしないとなぁ。


「ぅらぁ!」


 ゴズイは加速を使って突進し、《ニョルミル》を振り下ろしてくる。瞬時に辺りは分子化する。凶器の中の凶器だな。刀で止めるのも危ないだろう。完璧な回避が必要だ。しかし、あんだけ振り回されちゃあな。近づくのは簡単ではない。うーん。面倒だなぁ。

 僕は継続加速魔法陣を2重に展開し、都度加速魔法陣を駆使する。浅くでいい。少しずつ削れ。泥臭く。遊べ。人間は人智を超えた。でも所詮肉体は人間のまま。脆い。小さくとも傷がつけば動きが鈍くなる。


「クソッ!クソォォォッ!ちょこまかしやがってェッ!」


 それに、ゴズイはイラついている。動きが単調だ。こんなんじゃ、当たりもしないぞ。


「ケシテヤル…ケシテヤルケシテヤルケシテヤルケシテヤルゥゥゥウウウッ!


 ゴズイの周囲に凄まじい電雷が発生。極大魔法か。大きなリスクと引き換えに一撃必殺の威力を持った魔法。《トール》の場合、発動後にリスクが来るタイプだ。もう一つあるとすれば、チャージが長めなのと途中で牽制の雷を発生させればその分チャージが長くなること。

 しかしその雷は中々の威力がある。それを大量に展開されてはあいつもチャージに時間がかかるがこちらも近づけない。つくづく性能が脳筋だな。


「謝んなら今の内だぞ水蓮寺ィ!土下座したら命を助ける努力をしてやるぞォ?極大魔法が発動すれば、お前だけじゃなく、サラ・ヴァイスハートも死ぬぞ!」


「チキンにできるのか?やってみろよ」


 お前は気づいていない。今まで何故結界内で《月詠見》の魔力消費の激しい攻撃系固有魔法を多用しなかったかを考えるべきだ。結界が存在していれば、《月詠見》の固有魔法による消費魔力は結界が負担する。なのに、僕は使わなかった。それは使えないからだぞ。とっくにほぼ使ってしまったからな。


「【神罰を。穢れし悪人に雷神の一撃を】!《雷神罰豪震トール・クエイク》!」


 これをチェックメイトと言わずして何と言うだろうか。いいや、そうとしか言えないな。


「【暗き夜の更なる先へ誘おう】、《夜の彼方》」


 僕は極大魔法の一つを詠唱。結界の魔力を使い切り展開。決して壊れることのない闇の檻。《月詠見》が有する最も強力な防御結界だ。それをゴズイの周りに展開することで被害を防いだ。


「なっ…てめ、何しやがった」


「驚いた。防御結界に亀裂が入るとは思ったなかった」


 僕は《夜の彼方》を解除し、反動で動けないゴズイに一歩ずつ近く。そして、切っ先を向けた。


「貴方がやろうとしたことを、理解しているか」


 無言だ。僕はギリと歯を軋ませる。


「殺そうとした。生け捕りだろうが何だろうが、結果がどうなるかわかった上ならお前が殺さなくとも同じ。ならば、自分も死ぬ覚悟もできてるだろう」


 僕は刀を振り上げる。


「待ってッ!」


「ッ……………………はぁ」


 サラさんが、声で僕を止める。仕方なく僕は刀を捨て、落ちていた電源コードに強化魔法を使ってから腕を後ろで縛る。


「サラさん」


「ッ…な、何?」


 怯えられている。いやまあ、無理もない。彼女にとって今の僕はいつもと違う様に感じだろう。


「ウォーゲーム、出るのやめていいかい」


「え…」


「僕じゃ、君に迷惑をかけてしまうよ。それに、僕は…君ほど綺麗じゃない」


 互いに沈黙する。サラさんは必死に何か言葉を探しているようだが、僕はもう話す気がない。


「刀夜!」


「…龍双。それに、八雲さんも」


「どうも。大丈夫ですか?」


「僕は大丈夫です。サラさんをお願いしますね」


 この場に留まるのは苦痛だ。僕は逃げるように廃ビルを後にした。


 ***


 あれから数日経った日の放課後。僕は沙貴音さんに呼ばれた。何かやらかしたか?いや、怒られるようなことも、用もないはずだ。まあいい、堂々と行こう。


「失礼しま…」


 サラさんが、中にいた。この時点で要件がなんだろうと、結果は拒否できないであろうと察する。


「なんで呼ばれたんですか?」


「や、ちょっと頼み事があってな」


「頼み?」


「率直に言うと、吸血鬼の捕獲だ。別に殺しちゃってもいいが、できれば生け捕って欲しいな」


「…で?」


「お前とサラ、八雲と龍双の4人で行ってくれ。壁外にある古城に住み着いちゃったらしいから。はいこれ。壁外に出ていいですよってやつな。あの2人には話は通してある。行くかどうかはお前次第。行くなら明日10時に校門だ」


「……」


「んじゃ終わりだ。刀夜は残れ」


「じゃあ、失礼しました」


 サラさんが頭を下げ、退室した。しばらくして、サラさんの気配がなくなった頃沙貴音さんが僕を睨む。


「護衛の件、終わった訳じゃないぞ」


「やっぱり、強制参加ってことですか」


「ま、そういうことだな」


 ため息をつき、頭をガシガシとかく。


「わかりました。では」


 頭を雑に下げて僕は退室した。すると、待っていたかのように、サラさんがいた。僕としたことが、気配がなくなったと思い込んでしまった。


「護衛って、何?」


「文字通りとしか言いようがないよ。龍双から心臓に懸賞金がかかっていることは、教えられたけど」


「沙貴音さんに頼まれたからチームを組んでくれたの?」


「それは違う。サラさんと組んだ後に、頼まれた」


「そっか………明日、よろしくね」


 そう言ってサラさんは走り去って行った。


「《月影の面》」


 僕は《月詠見》の神装である仮面を顕現させ、サラさんの様子を見る。新月は昨日で終わり、微かに月が覗いている状態なので、何とか見ることができた。

 問題なくサラさんが寮に入ったので解除する。そして空を見上げてため息をついた。遠くの空は曇っている。

 あの時、僕は殺そうとした。最初に刺したあいつは実体で刺した訳じゃないから死んでない。でもゴズイは殺そうとしていた。抑えられなかった。昔と同じじゃないか。結局、僕は心がまだ弱い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る