第22話 雨上がりの夜空に

<速水>


 あまりの渋滞っぷりに、イラつきに任せてハンドルを殴り壊しちまったのが運の尽き。

 俺は古賀とか言う嬢ちゃんの車で博多まで向かう事にした。

 ところがこれが間違いだった。嬢ちゃんの危なっかしい運転は出会い頭に人を跳ね飛ばしちまった。

 欠伸が出る様なトロトロ運転だ。跳ね飛ばしたと言っても、ちょっと小突かれた程度。そう思った俺の前には、いかにも心配してくださいと言わんばかりに、血だらけの兄ちゃんがすッ転がっていた。

 優しい俺が親切にゆすり起こしてやった所。目に入って来たのは、例の名探偵、響なにがしとか言う奴だった。


「おい、テメェこんな所で何やってんだ?」


 俺が蹴りを入れるも、奴は「うう」とか言うばかりで全く要領を得ない。


「そこに寝られちゃ邪魔なんだよ。なんだテメェ、クマとでも戦ってきたのか?」


 奴の全身は見事なまでにズタボロだ。あん時の余裕なんてかけらも残っちゃいねぇ。


「はっ、速水さん!蹴っちゃ駄目ですよ!今すぐ救急車呼ばなくちゃ!」


 救急車ねぇめんどくさい。それこそ例の薬草様でもありゃ、こんな傷でも何とかなるだろうに。


 俺がそんな風に思っているとだ、ボロ雑巾はゆっくりと立ち上がった。


「おーおー、やりゃ出来んじゃねぇか」

「だっ駄目ですよ立っちゃ!」


 嬢ちゃんは、返り血で汚れるのにも関わらず、奴を支えようと、足を踏み出す。


「いや……大丈夫……です」

「だっ! 大丈夫な訳が無いです!」

「あー? 本人が大丈夫って言ってんだから、ほっとこうぜ」

「速水さんはちょっと黙っていて下さい!」


 嬢ちゃんのテンションは絶好調、さっきまでの怯えっぷりが嘘みたいだ。


「本当に、大丈夫、だから、救急車は、大丈夫」


 なんだ? 訳アリか? まぁ俺も人の事を言えるほど綺麗な脛をしている訳じゃねぇが。


「おいアンタ。たしか響とかって言ったよな。その傷はどうしたんだ」

「……大丈夫、問題ない」


 奴はそう言うものの、がくがくと足が踊っていやがる。

 いったい何者だ?俺の拳を易々とかわしやがったこいつを、ここまでボロボロに出来る様な奴が、そうそういるとは思えねぇ。


「ちっ、面倒くせぇ。同情が欲しいなら、もっと別の所でやりやがれ」


 はわわ、はわわと、手を出そうかどうか迷っている嬢ちゃんを押しのけて、俺は弱った響の腹に一発いいのを決めてやった。


「おー硬てぇ、一体何食ったらこんな体になるんだ?」

「なっ! 何やってるんですか! 速水さん!!」

「あー? 嬢ちゃんは、こいつを看病したいんだろ?文句が出ないように大人しくさせただけだ」

「やっ! やり方ってものがあるでしょう!」


 口より先に手が出ちまうのが俺だ。

 ところが嬢ちゃんは、今の行動が大層気に食わないらしく。ブンブンと俺の服を揺さぶってくる。


 あー、面倒くせぇ。


 いつの間にか雨はやみ夜空に上がったお月様を見上げつつ、そんな事を考えてぼーっとする。するとコロンと、何かが落っこちる音がした。


「あれ? 速水さん、これは?」

「んーーん? あっ、持ってたわ俺」


 ポケットから出て来たのは、例の薬草様のサンプルだ。今の北九州きたきゅー何が起こるか分からないから持って行けと、持たされたのを忘れていた。


「おい嬢ちゃん、こいつで解決だ」


 俺は嬢ちゃんに、そいつを手渡す。


「えーっと、これは?」

「そいつは魔法の薬だと、なんでもどんな傷でもひと塗りすりゃ、たちまち治っちまうんだとよ」


 全く持ってお笑い草なのだが、それ以外に説明のしようがない。ところが嬢ちゃんはその説明でピンと来たのか、小瓶を開けてその薬を奴の傷跡に塗ったくった。


真治シージ


「――夫、―丈夫ですか!」


 声が……聞こえる。


「大丈夫! 大丈夫ですか!」


 目を開けると、そこには今にも泣きそうな顔をした女性の姿があった。


「あっ……ああ、大丈夫……ここは?」


 僕はゴードとの戦いの途中でルーナの転移魔法で飛ばされて……。


「ゴード! ゴードは何処に!」

「ひゃっ! だっ……大丈夫、みたいですね」


 いけない、おそらくは怪我した僕を助けてくれたと見える女性を驚かせてしまったようだ。


「ふぁーあ、その様子なら無事みたいなようだな」


 狼狽する女性とは対照的に、欠伸をしつつ、車のボンネットに腰を預ける男が1人。


「君は……速水……どうしてここに」

「そりゃ、こっちの台詞だ。響、テメェなんでそんなかっこでこんな所にいやがった」


 彼は警戒心のこもった瞳で僕を見る。当たり前か、僕の運動能力の一端を彼は知っている。その僕がこんなにも一方的にやられた姿で道路に寝転がっていたんだ、訝しがらない筈がない。


「ちょっと、昔の因縁でね」


 そう、昔の因縁だ。言葉にすれば、その一言で物足りる。


「昔の因縁だ? こっちは秘蔵の薬を持ち出してんだ、そんな一言で済ませるつもりか?」


 秘蔵の薬、そうか、僕はこっちの世界でもあの植物に助けられたのか。


「残念ながらそれ以上は話せない。これは僕の問題だ」


 ゴードが何を考えているのか分からない。だけど彼を止めなければならない。彼方の世界の問題をこれ以上こっちの世界に持ち込む訳にはいかない。


「ふん、まぁいいや。それほど興味がある訳でもねぇからな」


 彼はそれっきり興味を失った様に、そっぽを向く。そうだ、それでいいんだ。僕と君たちでは生まれた世界が違うのだから。


<速水>


 なんだ、奴は何を隠していやがる?


 気になったのは奴の寝言だ。口元で聞いたわけじゃねえが、奴は「ゴーダ、ゴーダ」とうめき声をあげて居やがった。


 ゴーダ、ゴウダ、郷田……。

 ゴウダなんてありふれた名字だ、他人の空似で十分に抑えられる。だが気になる。社長の言った事だが、郷田サンって人はあり得ないほど腕が立っていたらしい。蓮屋の野郎に止めを刺したのもあの人だって話だ。

 もしや、こいつと郷田サンの間には何か因縁があるって言うのか?

 俺の拳を易々とかわしやがったこいつと、あの社長が目を丸くするほどの郷田サン。高々喧嘩の腕だけで、上下左右が決まっちまう世の中じゃないって事は分かっちゃいるが、それで済むのが俺たちの世界だ。


 とは言え、郷田サンはヤクザを辞めてどっかに行っちまった。今更こいつとあの人との間にどんな関係があろうがなかろうが、俺には関係ない話か。


<古賀>


 おそらくは、例の薬であろう品物の効果は絶大なものだった。響さんはたちどころに回復し、お礼を言って夜の町に消えていった。

 あんなにも怪我をして、血もいっぱい出てたと言うのに凄い回復力だ。


「速水さん、その薬凄いですね」

「まーな、作用だけは保証つきだ」


 速水さんは機嫌悪そうにそう答えた。まぁそれはそうだ、この薬、PXはその魔法の回復力と引き換えに、北九州を焦土に変えてしまったのだから。


「この街はこれからどうなってしまうんでしょう」

「さてね、そりゃお偉いさんの考える事だ」


 速水さんは煙草を吹かしながらそう答える。

 100万の避難民が生まれ、何兆円もの設備が灰燼と化した。この街は全てが零になってしまった。


 優しく光る月の灯りの下。私は速水さんがタバコを吸い終わるのを待ってから、車を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る