第3話 トンネルを抜けるとそこは異世界だった

<早乙女>


「……よかったんですか社長」


 速水はやや不満そうな、そして不安そうに聞いてきた。


「まー取りあえずはな。ブツがデカすぎるんで上に相談しなけりゃならんってのは事実だ。

 そこらに転がってるヤクならともかく、正直これを捌くには俺の伝手やコネじゃたらん」


 何しろ昔話に出てくるような摩訶不思議なブツだ、話がデカい上に非常識極まりない。


「いやそれもですが、あのガキこの話を他所に持ってくんじゃないんですか?」

「そんな知恵があったら、ウチのシマの中にあるあの公園でのんきに露店なんざ開いちゃいないだろう。奴が持ってる裏への窓口はウチしか無いってこった。それに表の会社に持っていくほど耄碌はしてないって証拠だろう」


 とは言え、奴の頭を簡単に信じるほどお人よしじゃない。事務所の奴らの面は割れてるので他所の奴を雇い一晩奴を監視してもらうことにする。はぁ、また予定外の出費がかさんじまう。


<蓮屋>


 あの社長の出した条件に付いて考えてるうちに眠ってしまったようだ。まぁ今のところ予定通りに行ってはいる。カーテンを開けて周囲を確認するが、通勤・通学に勤しむ連中と道の掃き掃除をしてる近所の婆さん、怪しい奴などいやしない、いつも通りの平和で退屈な朝の光景だ。

 少し拍子抜けだ。昨日、洞窟の場所を深く聞かなかったことと言い、見張りも置かずすんなり返したことと言い、奴らは少々盆暗すぎるのでは? いや、それとも奴らなりの誠意と言うことなんだろうか? まぁ奴らが抜けてるならその方が都合はいい、奴らを足掛かりにこの草を使って俺は栄光への道を駆け上がる。

 これまで周囲のクズに何度となく足を引っ張られてきた俺にも、やっと人生の転機ってやつがやってきたってもんだ!


<早乙女>


「はい、今家を出ました。ええ、昨晩はどこにも出かけてはいません、行先は駅方面です、警戒している様子は全くありません、それでは尾行を続けます。あぁそれと追加料金が発生しますが、盗聴器設置のサービスはいかがですか?」


 ああ、頼むと言って電話を切った。はぁ、やれやれだ。一晩開けて多少冷静になったがそれでもやはりあのブツはやば過ぎる。無論握りつぶすような下手を打たないが、これから超えるべきハードルを思うと、ついため息が出る。

 確かに奴にはウチの親会社は日本有数の組織と言ったが、この事務所なんか孫孫孫孫孫受けだ。根回し気回し心遣い、頭を下げて良好な関係とやらを築き上げるのが仕事な、事務仕事に向いてりゃこんなところに座っちゃいないが、ここで上に放り投げたら、こっちが貰えるおこぼれなんかありゃしない。この年になってせっかく舞い降りて来た人生の転機ってやつだ、精々気張ってやるとしよう。


<速水>


「おう、そんじゃ。入社一発目のお仕事ってやつだ。まずはてめぇが見つけたブツのありかまで案内しやがれ」

「あっそれなんですけどね速水さん、俺考えてたんですけどブツとかアレとか言うといかがわしいんで〝薬草″って呼びませんか! ほらあの草は塗ったら直ぐに傷が治るんですよ、まるでゲームに出て来る薬草とおんなじじゃないですか!」

「うっせぇ、知るか馬鹿」


 昨日、このガキが帰ったあと社長の考えを聞かせてもらった。俺と同じく、基本的に拳と脅しで生きてきた社長なので、全くジャンルの違うあのブツの取り扱いに多少慎重になっているようだ。このガキへの温い対応もその表れだろう。

 俺がなんでこのガキをすんなり返したのかかみついた時は、『こんな訳わかんないもの絶対どこかにデカイ穴があるだろう。そん時には、奴にはその穴を埋める人柱になってもらう仕事がある』と説明された。

 そういわれちゃ一応理解はできるが納得はできねぇ、なぜならこいつは俺らをなめてるからだ。のんきな顔でご出勤しやがった奴の面に一撃入れなかった自分に、年に一回のご褒美をやりたい。特大のパーティとやらにしゃれ込みたい。浴びるほど酒を飲んでとびっきりの美女と乳繰り合いたい。


 しかも社長はよりによってこいつの首輪に俺を指名した。『こっから先は事務仕事の比重が増してくる、お前は殴ることしか出来ないからあのガキの首根っこ抑えとけ』と、来たもんだ。確かに事務所の中で俺と互角に喧嘩できるのは社長ぐらいだが、いくら適材適所と言われても、この呑気なクソガキと始終顔を突き合わせなくちゃならねぇのは苛ついて仕方ない。

 馬鹿の案内でしばらくハイキングをした後、目的の場所ってやつについた。途中いつ裏切って俺をがけ下にでも落としてくれるか楽しみにしてたのに残念だ。どうやらこいつはほんとに俺らをなめ腐っている馬鹿らしい。

 山道の脇に何度か人が踏み込んだ跡がある。俺もおつむの出来は自慢できるものじゃないが、俺ならもう少し隠ぺい工作ってやつをやると思う。ああうん分かった、こいつは俺らをなめ腐ってるんじゃない、純粋な馬鹿なんだろう。


<蓮屋>


 速水を案内し、山道から脇にそれ少し下る。もう何度も通いなれた道だ。そう、俺は薬草を発見した後、こいつの一番効果的な活用法を考えた。

 まず第一に考えたのは製薬会社への売り込みだったが、如何せんコネがない。いきなり単身乗り込んでって『この薬草を買う権利を与えてやろう』と言ってもまず聞いてくれないだろうし、奇跡的に話が通ってもお抱えの弁護士軍団とやらにこっちが一方的に不利な契約を結ばされるに決まっている。

 この国は技術者への待遇が悪いってのは俺でも知っている。だったら、少しは怪しいが裏の世界の方が手っ取り早いだろう、幸か不幸か裏の世界には縁がある。その為にまず行ったことが実績作りだ、財布に入っていたなけなしの金を使い百円ショップでそれっぽい瓶を大量に購入。洞窟の中は不思議と暖かかったので、基本的にそこで生活をしながら薬作りに精を出す。気分は山伏とか修行僧の感じで危うく悟りを開きかけた。


 商品の数がそろってきてたまたま目に入ったのがフリーマーケットの張り紙だった。これ幸いと申込み商売を始める。最初は相手にされなかったが、昔なんかで見たガマの油売りの要領でやったらこれが大いに受けた。やはり俺には才能がある、今までは運と周囲の人間に恵まれなかっただけだ。

 こうして実績を作ったうえで、あえて早乙女金融の目に留まり、何とか裏社会へ潜り込むのに成功したというわけだ。


 斜面を降り、洞窟の中へと入る。少し進むと突然空気が変わる、それまでの湿った肌寒い空気から暖かく少し甘い匂いの空気へと、ガス溜まりか何かが地中にあって漏れ出してるのかもしれない。

 俺も初めは少し戸惑ったものだが今ではもう慣れっこだ、逆に初体験の速水は立ちくらみでも起こしたのか壁に手をついた、体力自慢が売りだろうに少し溜飲がさがる。そして洞窟を抜けるとそこには木々に囲まれた小さな草原と広大な池があった。


<速水>


 馬鹿の後をついて洞窟へ入る。思ってたのより広い洞窟だ、頭が少し窮屈だが幅は大体二人ぐらいなら並んで進めるだろう。まぁ、整備された観光洞窟なんかとは違い、地面は岩がごろついてるし、道も真っ直ぐじゃない。

 むしろ、道がうねっているのと、壁から岩が大きくせり出している場所が何か所かあり直ぐに入り口が見えなくなった。そんな中を、ライトを照らしながら2~3分歩くと洞窟の途中でいきなり空気が変わった。

 ちょっと風通しがよくなったとかそんなレベルじゃない、いやそもそもこの洞窟の中に入ってから風通りなんかまるでなかった。それなのに、見えないドアでもくぐったらいきなり花屋にでも入っちまったみたいに空気が激変した。

 いきなりの事に少しふらつき壁に手をつく、壁の質感が今までと同じことを頼りに気を持ち直す、そのことに気付いた馬鹿がこっちを見てにやけてたので威嚇しとく、もう一々殴るのも面戸くせぇ。

 いや正直言うと少しビビってたのは確かだ、さっきは花屋と言ったが、もしこんな花屋が街中にあったら市民の苦情で即営業停止だろう、市が動かなけりゃ俺が即ぶっ壊しに行く。生ぬるく、何処までも甘ったるい空気、それでいて時折金属のようなイガイガした刺激もある。分からない、何かが決定的にずれている、今まで培ってきたヤバイものに出会った時の警報がビンビンなっている。ここは、ヤバイ。

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