絶対にして絶対

「ねえ。児童虐待をなくす一番いい方法って、知ってる?」


 さきさんが唐突にこんな質問を出した。


「誰でもいいよ。誰か、いない?」


 柿田教授は思うところがあるようだ。ただ、黙っている。

 種田部長は何を言いだすんだというような顔をしている。

 残りのメンバーは、アイディアがあるのかないのか、表情からは読み取れない。

 ただ、主体がわたしであることを理解しているので、意見があったとしてもわたしにまず譲るだろう。


 でも、恵当けいとは答えを持っている。で分かる。そしてわたしと同じ答えのようだ。

 恵当が頷いてわたしに促した。

 わたしは答えた。


「虐待する親が、虐待をやめればいいだけ」

「そう!」


 さきさんも立ち上がった。

 わたしの胸にようやく届くぐらいの身長だけど、恐るべき存在感を示す。


「じゃあ嶺紗ちゃん。いじめを今すぐ無くす方法は?」

「いじめをしている子が、今すぐいじめをやめればいいだけ」


 さきさんはわたしの答えに満足したのか、ニヤニヤする。


「どう? 柿田教授。これが嶺紗ちゃんよ。わたしはピアノでしかこれをできないけど、嶺紗ちゃんは小説だろうが音楽だろうが漫画だろうが映画だろうが、ありとあらゆる『エンターテイメント』を駆使してそれをほんとに成し遂げる。なぜなら真性の中二病だから!」

「さっきキミの言った、『人を貶めるエンターテイメント』ってなんですか」


 柿田教授は冷静を装う。

 でも、完全じゃない。

 さきさんの回答に気圧されることになる。


「根本の解決方法が分かってるのにそれを言わないエンターテイメントよ。中二病じゃない、逃げのエンターテイメントよ!」

「逃げだとおっ!?」


 種田部長が立ち上がった。


「読めてるぞ! お前は『異世界転生』を逃げと決めつけてるんだろう!」

「逃げかそうじゃないかといえば、逃げよ」

「それでも逃げることによって救われる命もあろうがっ!」

「今日助かって、明日は?」

「何!?」

「『異世界転生』はを残したままにしておくわ。小説のページを閉じて、夜寝て、朝起きて、虐待の無い世界になってるかしら?」

「う・・・」

「だがそれは政治の役割でしょう」

「違うわ」


 さきさんは柿田教授にきっぱりと言い切った。

 そして、わたしを見る。


「嶺紗ちゃんは分かってるわよね」

「はい」


 わたしはさきさんからを引き継ぐ。


「政治家が『中二病』であった時代はそれが政治の役割でした。武士の清涼でまっすぐな志のごとく、『卑怯な振る舞い』を徹底してなくそうとする本気の中二病だった時代は」

「『卑怯』?」

「はい。虐待は『卑怯』です。いじめは『卑怯』です。そういうことを中二病のごとく真正面から言って虐待やいじめを根絶しようという政治家が、今の世の中にいますか?」

「・・・」

「政治家が武士のように卑怯でなく公正ならばそういうことを政治に期待できるでしょう。でも、いない。できるはずなのに、やらない。理由は単純です。その方がラクだからです」

「学生のくせに!」

「いい大人のくせに!」


 わたしは負けずに言葉を発した。

 正しき者は強く。

 負けない。


「本当に大人なのならば、若輩な人間のために『やる』でしょう。『やらない』のは子供でしょう」

「この・・・」


 わたしは恵当の姿をココロに浮かべた。


「そんな大人は、武士ではない」

「世間を何も知らないくせに」

「武士では、ない」


 相対的な価値観なんかじゃない。

 絶対的な価値あるもの。

 絶対にして絶対。


 柿田教授が立ち上がった。


「分かりました。嶺紗さんが真性の中二病だということは」


 そのままわたしたち6人をぐるっと見回す。


「で、どうしたいと?」

「これが答えです」


 わたしがそう言うと、さきさんがさっき見せようとして途中になっていたスマホをわたしに手渡してくれた。そして、わたしは手に掲げたまま、動画を柿田教授と種田部長に観せた。


 それは、わたしが書いた小説を、みんなで音と映像と『根こそぎ救う』エネルギーに変換した作品だった。


「わたしは貴校に入学します。どうぞ大阪の芸術大学と連携のための覚書を締結してください。そして、東京・大阪・わたしの地方都市でこのチームを稼働させることを約束してください」


 ・・・・・・・・・・・・


 ホテルのロビーで散会の時に、柿田教授はわたしと恵当を呼び止めた。


「チームの中で執筆・演奏・絵などという役割は分かりました。では嶺紗さんの彼氏である恵当さんの、技術的な役割は?」


 わたしは絶対的な事実を、そのまま述べた。


「技術的も何も、恵当は、武士、ですから」

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