婆にしてレディ

 わたしの祖母はイカしてる。


 あ。イカす、なんて表現、死語かな。

 でも、生かす、とかけてみたいんだ、なんとなく。


「あれ、この写真・・・」


 キッチンのテーブルに無造作に置かれていたモノクロの写真。ぱたぱたとうちわでクーラーの冷気を頰にぶつけながら、わたしは、ひょい、と人差し指と薬指でつまみ上げた。


 美人がいる。


 それも、ただの美人じゃない。


 わたしの小説書きとしての熱情を込めて描写してみようか。


 その少女は桜の木の隣で手を後ろに組んで立っている。

 そらせた胸は豊かとはいえないけれども柔らかで清らかな曲線を描き、姿勢の良さが伝わってくる。

 髪に桜の花びらが数まい、かかっている。

 そして、その桜の花びらは、真白ましろなのだ。

 モノクロだから。

 年代物であろうこの写真でもってわたしが新たに知った事実は、以前の日本人も二重で目がややつり上がった、こういうタイプの美人がいたということだ。


 背が高く、細いフォルムで、きれい。

 軸はまっすぐとしているのに、体は曲線。でも、焦点を顔に持っていくと、細い直線のようになるような曲線。


 動物に例えようと思った。

 でも、例えられない。


 はっ、と気づく。


 鳥類ならば。

 鳥ならば、間違いなく猛禽。


 わたしはハヤブサの美形など識別できないけれども、ハヤブサのような美人ならば想像がつく。


 この少女はそういう形。


 きっと心も、見た目のまんまだろう。


 ・・・と、ここまで脳内描写して、わたしの目の前に立つ3Dの人物と2Dの写真を比較対照する。


「おばあちゃん、なんだね?」

「そうだよ。文句あるかい?」

「ない〜」


 なぜ祖母がテーブルにわざとらしく自分の少女時代の写真を置いていたかというと、女子大生の生徒さんから頼まれたからだそうだ。


「いやね。その子、春から大阪の方の芸術大学に行ってるんだけどね、デザイン科で漫画を専攻しとるそうな。漫画を大学で教えるとは世の中も進んだもんだねえ」

「そんなの常識。だって漫画は芸術だもん」

「なるほどねえ。で、その子はキャラクターが甘い、って教授からダメ出しされとるそうな」

「ふうん」

「んでね。どこから聞いたか知らんけど、わたしがだった、って知ったんだと」


 まあ、紛れも無い事実なのでツッコミようもない。わたしは気分良く祖母に喋らせる。


「わたしをモデルにしたヒロインを描いてコンテストに出すんだと。つまりわたしが美人コンテストに出るようなもんかねえ」

「漫画のキャラは見た目だけじゃなくて性格から内面まで深く描かれるから微妙に違うけどね。でも、おばあちゃんなら外見も内面もすごいよ。ピアノと同じで」

「あら、嶺紗ちゃん。ありがとね」


 事実、祖母のピアノはすごい。

 ううん、さすがに高齢で超絶技巧が要求される曲はもう無理だけど、誰も聴いたことのないような曲を選曲して、それをスローだとしても完全に自分のピアノの世界にしてしまっているのがすごい。


「ねえ、おばあちゃん。その女の子のSNSのアカウント教えて」

「なんだい、それ」


 さんざん説明してもおばあちゃんの答えは要領を得ず、あ、そうだ、ペンネーム、ペンネーム、というとようやく思い出してくれて、わたしはそのペンネームを頼りに彼女のツイートなぞを見てみた。


「わー。これでダメ出しされるのかー」


 淡いパステルを使ったとてもステキなイラストがツイートされていた。

 少女のイラストが多い。

 それだけでなくって、湖面や、海など、水の描写が素晴らしいと思った。小さな滝が可愛らしい丸い滝壺に落下するイラストが特に気に入った。


「よし。この滝のイラストに返信しよう。『わたしはあなたのピアノの先生の、孫です』っと。とりゃ」


 ヴッ、と通知が入る。


「えーと。『わ。ほんとですか? もしかしてあの背の高いきれいな女の子?』か。気ぃ遣ってくれてるね。じゃあ・・・『祖母から写真が郵送されると思います。もしその写真でキャラをなんパターンか描くのなら、わたしの小説用に1人くれませんか?』と」


 しばらくしてまた通知が入る。


『小説? 投稿とかしてるの?』


 うん。じゃあ今は、


『はい。ペンネームは・・・で、コンテストに投稿してます。因みにリアルの恋愛体験をネタに書いてます』


『相手は?』


『中1の男の子。12歳です』


『わ! いい! 妄想・・・いやいや、創作意欲を掻き立てられる! 』


 なんと彼女は時間のある時にわたしのコンテスト参加小説を読んで、イメージを膨らませて見るという。それから描けるかどうか考えてくれるそうだ。


 いやー。受験生でワナビで彼氏とバカンスできなくても、こういうことができるのが現代なんだねえ。


 一週間経った。


「あ。通知だ」


 彼女からのDMだった。画像が添付されている。


『小説の中の、です』


 2人を描いてくれたんだ。

 わたしはタップして画像を大きくする。


「わあ♡」


 わたしがつぶやきに思わずハートを入れてしまうほど、可憐でかわいくて清らかで思わず微笑んでしまうような男の子と女の子のツーショットだった。


 それも、散りゆく桜の木の下で。


「いーーー、ヤッフーっ!!」


 ロフトではしゃいで天井に頭をぶつけた。

 それでもわたしのテンションはピークを維持しつつ、まずは彼女にお礼のDMを返信する。


『ありがとう! 素敵! 素敵! かわいい! 美人!』


 すぐさままた返信が来る。


『モデルは先生だけど、これはあなたと彼氏さんだからね!』


 なんだろう。

 こんなにも幸せな気分になれるなんて。思わず訊いた。


にもこのイラスト送っていいですか?』


 ワクワクしながら返信を待つ。


 なかなか来ないな。

 なんだろ、手が離せないのかな。


『ダメ』


 え。


『下手だから、ダメ』


 ・・・下手?


 最後に、こう送られてきた。


『わたしはプロにはなれない』


 どうしよう。

 彼女に会いたくて会いたくて堪らない。

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