10.仕掛けられた罠

 ジン、藍蘭、サクヤ、ジミーの四人が三日間の監禁生活を終えて解き放たれたのは扉と通路の続く空間であった。通路の壁に設置された、いくつもの扉は試験を行った講堂の様な部屋に繋がっており、ここで様々な研修が行われていることは想像に難くない。

「さて、まずは出口を探さないとな」

 サクヤが先導して通路を進む。目的はここからの脱出。出口さえ見つければ他の部屋に目もくれる必要はないのだ。まずは通路を突き当りまで進む。三日間を過ごしたあの部屋がエレベーターの様な役割を果たしているのだとすると、その反対側にも似た様な設備があってもおかしくない。

「ここだな……」

 一行は突き当りに辿り着く。しかし案の定というべきか、扉には鍵が掛かっており開くことは出来ない。

「ジン、鍵開けは?」

「ダメだ、電子キーは専門外だ」

 藍蘭がジンの鍵開けに期待したが、ここの鍵はカードキー。ジンはハッキング技術など持ち合わせていない。彼は扉を叩いて剣で破れないか模索する。

「硬い扉だな。逆に剣がダメになりそうだ」

「そんな暴漢めいたやり方で試験を突破しても認められないだろう」

 サクヤは鍵開けや力ずくによる突破をよしとはしなかった。シーカー試験では己が持つ力を全て出し切ることが望ましいとされるが、彼は正々堂々と突破することを選んでいる。

「見たまえ、ここにもカメラがある。不審な行いは試験官に全て見透かされてしまうよ」

「俺の特技が不審な行いで悪かったな」

 あくまでジンは特技の活用として鍵開けを行っているのだ。まだ何もしていないジミーよりは公平な目線でも貢献しているというものだ。それでもサクヤはジンを認めない。

「ここのどこかに鍵があるはずだ。手分けして探そう」

「ほーい」

 そんなわけで一行はサクヤの指示によって鍵探しを開始した。ジミーは初めから戦力にならないことが分かっているので、実質三人での捜索だ。手分けして、見かけた部屋を手当たり次第に探すことにする。ジンは残りの二人と別れ、三日間を過ごした部屋の付近から捜索を開始した。

「鍵……?」

 しかしまた鍵が掛かっている。だがここはアナログな鍵である。ジンはいつもの様に鍵を開ける。特に問題無く開錠することが出来た。鍵を使わないと警報が鳴るなどといった仕掛けは無いようだ。

「ちょろいちょろい」

 ジンは部屋に入る。そこはシンクやコンロがいくつも並ぶ、所謂家庭科室であった。が、ジンが学校に行ったことが無いのでこれが家庭科室というものとは分からなかった。シンクを一つひとつ確認していくと、三角コーナーに野菜や果物の皮が残されているではないか。ジンはこれを持って、他のメンバーのところに合流する。

「おーい、食料見つけたぞー!」

「食い物だで?」

 食べ物と聞き、一切仕事をしていないジミーが反応を示す。しかし、ジンが持っているものを見て落胆する。

「生ごみは食っちゃいかんで」

「おい。まだそんなに酸っぱくないから大丈夫だろうが」

「いや少しは酸っぱいの? 食べちゃだめなやつでしょそれ!」

 流石に藍蘭もこれを食べるのをやめさせた。ジンから見れば立派な食料だが、普通に暮らして来た彼らからすれば普通にゴミ。

「いや、これは普通に片付け忘れだろう。それより見てくれ、家庭科室の鍵を手に入れたぞ」

 サクヤも合流して、家庭科室のタグが付けられた鍵を見せる。ジンはその家庭科室がさっき調べた場所だとは知らず、藍蘭に聞いてみた。

「家庭科室ってなんだ?」

「家庭科の授業をするところ。家庭科ってのはお料理とか裁縫とかの授業ね。そのためにキッチンみたいなのがあるの」

「それならこの食い物見つけたとこに似てるな」

「というか絶対そこよ。鍵開けで入ったのね」

 ジンが持っている生ごみから藍蘭は彼が既にそこへ入ったことを悟った。剥いた野菜や果物の皮といった生ごみが捨てられている場所など、そこくらいしか想像がつかない。やはり鍵開けか、となればサクヤも当然いい顔はしない。

「またお前はコソ泥みたいな真似を……」

「開けちゃったものは仕方ないね。鍵の為に鍵を探すのも二度手間だし、ジンに開けてもらう?」

「いや、結構だ。鍵は自分で探す」

 明らかにジンが開けた方が早いのに、頑なにサクヤはそれを拒んだ。このチームは藍蘭がいなかったら既に瓦解していただろう。ともあれ、ジンの報告もサクヤの報告も完全に無駄だったので一行は再び分かれて鍵の捜索を行うことにした。


   @


 藍蘭はジンとサクヤの仲をなんとか取り持てないかと考えた。ジミーには初めから何も期待していないのであれは置いておくとして、問題はこの二人だ。サクヤはともかく、ジンの実力は藍蘭もよく知っている。一人のお荷物を抱えた状態では、彼らの連携が欠かせない鍵になっている。

 本来なら親睦を深めるのはあの三日間に行っておくべきだったが、ジンは雨が降るくらいなら地が固まらなくてもいいタイプ、サクヤはジンが気に入らないもののわざわざ争いを起こさないタイプと対立もしなければ理解もしない方向で定まっていた。

 彼女はジンについてよく知っている。彼は生活の為に盗みをしてきた人間で、そうでなければ生きてはいけなかったのだ。こればかりは彼を責めても過去のことなので改められる部分ではなく、またこれを否定することは彼に死ねと言っているに等しい。

 また、ジンは現在、ギアズで真面目に働いており現状汚点は存在しないといってもいいだろう。よほど潔癖な人間でない限り彼は更生したと考えるはずだ。となると、同じネクノミコ出身でありながらジンの立場に共感出来ないサクヤに何かがあるはずだ。藍蘭は彼を探していろいろ聞き出すことにした。

「あ、いた」

 サクヤはジンの開けた家庭科室にいた。机の裏まで徹底的に調べている様子だった。藍蘭は躊躇うことなく、サクヤに声を掛ける。

「サクヤくん」

「なにかな?」

 彼は探し物を中断してその声に応えた。まだジンへのいら立ちを引きずっているように見えた。

「サクヤくんはジンを同じネクノミコ出身でしょ?」

「そうだな」

「でも二人はなんだか違うみたい。なんか、生きて来た環境っていうのが?」

 サクヤもその違いは認める。ジンが盗みで生きて来たのに対し、彼は貧しいながら労働をして生きてきた。そこが決定的な違いなのだ。

「そうだね。俺は家が貧しかったけど、ちゃんと働いているよ。あいつみたいに恥も外聞も投げ捨てた行動には決して出なかった」

 どんなに貧しくても努力して生きて来た。それはジンも一緒なのだろうが、そこに誇りを持つサクヤはジンも同じであることが理解できなかった。

「でもそんなにジンのしたことっていけないかなぁ? だってあの人、そうしないと生きていけなかったんでしょ? 今はちゃんと働いているみたいだし」

 藍蘭はジンに寄った意見を言う。本音でもあるが、サクヤに対する揺さぶりでもあった。するとサクヤは強い口調でそれを否定する。

「藍蘭さん、例え生きていけなくてもしてはいけないことがあるんだよ。彼はそれに手を染めていた。だから俺は許すことはできない」

 サクヤはジンと違い、家があり、きちんとした仕事があり、最低限恵まれていた。だからこそジンとは分かり合えないのだ。自分が努力している裏で、ジンが窃盗という他人の努力を奪う行為を働いていることで楽をしている様に見えている。実際にはジンも命懸けでありそれ以外生きる選択肢が無いので楽をしているわけではないのだが。

「それに、あいつは贅沢な暮らしがしたいという不純な動機でシーカーを目指している」

「それはどうかと思うけどさ、サクヤくんは何でだっけ?」

 藍蘭がどうかと思うのはシーカーになって贅沢が出来るかどうかといった部分だったが、ジンにとってみれば窃盗を行うより低いリスクで生活の糧を稼げるシーカーは確かにゴージャスと言えるのかもしれないと彼女は感じた。

「それはシーカーになって人々の平和を守るのが俺の使命だからさ」

「なんでそう思ったの?」

 初めて聞いた時も藍蘭はそこが疑問だった。その時は大して重要な情報ではなかったからスルーしたが、今はジンと彼を何とか取り持つ情報が欲しいところである。

「父親がシーカーだってことがわかってね。それでネクノミコのシーカー支部に引き取られたのさ。だから、父親の後を継いでシーカーになるのは当然だろう?」

 サクヤは何食わぬ顔でそう言った。シーカーになる目的も他人の為か自分の為か、ここまで違うのだ。今の藍蘭ではどう頑張ってもジンとサクヤを取り持つことは出来ない。

「俺はノアのシーカーの血を引くことを誇りに思っている。だからこそ、アークウイングという地球を汚しリュウオウ太陽系まで毒牙に掛けるアークウイングの末裔であるジンをその一員として余計に認められない」

「そう、シーカーであることを誇りに思っているのね」

 藍蘭は流石に彼からジンに寄ってもらうことは諦めていた。ここまで意思がしっかりしていると、表立ってジンと対立しないだけマシである。ジンがプライドで腹など膨れないと言い切ったのに対し、それで空腹を誤魔化すのがサクヤなのだから。

「んじゃ頑張ってね。私も鍵探すよ」

 藍蘭はサクヤと別れた。これはどうにかしてジンに譲ってもらう他無さそうだ。そう思って、彼女はジンの姿を探した。

「あー、ここも開けたのね」

 ジンは鍵開けを駆使し、他の扉の開錠も行っていた。自分のスキルを使って鍵を開けて捜索範囲を広げる。これが自分の仕事だと思ってやっている様だった。

「そういえばジンってゴージャスな暮らししたいって言ってたよね? どうして?」

「ああ、それなんだけどな……」

 藍蘭は以前聞いた話の続きを尋ねてみた。ジンがシーカーを目指すのはそのゴージャスな暮らしのためだが、詳細についてはよくわかっていないところが多い。それはどうも、ジン自身もそうだったようだ。

「俺もよくわかんねーっていうか、カノンさんにも『なってみないと理由は分からない』って言われたし、英雄になってゴージャスになれば理由も見えてくるだろ」

 ならないと分からない。それは恐らく、もっと自分でも自覚出来ないほど内発的な動機なのだろう。


   @


 藍蘭とジンが話していると、遠くからジミーの情けない悲鳴が聞こえた。

「だでぇー! だでぇー!」

「なんだ? 何の珍獣だ?」

 ジミーは部屋から飛び出し、そのまま閉ざされた出口の方へ向かった。ジンと藍蘭、サクヤがその後を追いかけると、何と出口のカードキーを持っていたらしく、出口を開けてそのまま閉めてしまう。突然の行動に一同はただ困惑するしかない。鍵を見つけたのならジミーは自慢げに持ってきそうなものだが、実際には情けない声を上げての逃走である。

「ねぇ、あれ!」

 藍蘭がジミーの逃げてきた方を見て指さす。なんと、金属の甲羅を持つ通路を埋め尽くさんばかりに巨大な陸亀のシャドウが三人に迫っているではないか。長い首を甲羅から伸ばし、その頭部はヘルメットの様な金属で覆われていた。頭にコアの赤い宝石があるが、瞬きする様に被膜のシャッターが下りて攻撃を通しそうにない。

「ありゃなんだ?」

「ルーク級、ガントータスだ!」

 剣を抜いて戦闘態勢を整えるサクヤ。だが、藍蘭は冷静だった。ビショップ級の次とはいえ、その間の隔たりはポーンとビショップのそれよりも大きい。今の自分達で勝てる相手ではないと判断して、逃げることを優先した。

「待って! ジミーが開けた扉がある! そこから逃げるのよ!」

「戦わずに逃げるのか!」

 サクヤは反発するも、藍蘭は試験の前提を忘れていなかった。この試験は『ガントータスの討伐』が目的ではない。

「試験はここからの脱出! そもそも試験にシャドウなんか使う訳ないでしょ! これは明らかに何かのアクシデントよ!」

「そうだそうだ! 逃げるが勝ちだ!」

 ビショップ級の討伐経験があるジンも、ガントータスの体躯から勝ち目がないと判断した。二人は逃げないサクヤを置いて、脱出経路の確認をする。ジミーが出たということは、そこが開いているはずだ。

「なんだと?」

 だが、その扉は未だ硬く閉ざされたままだった。ジミーは何と、自分だけ逃げて扉をロックしたのだ。鍵はジミーが持ったまま、つまり三人にはここから脱出する手段がないのである。

「やるしかないみたい」

「あのやろー……次会ったらぶっ飛ばしてやる!」

 藍蘭もジンも観念して剣を抜く。彼女の構えは独特で、三本の刀を片手で龍の爪の様に保持するというもの。とにかく、今はこの壁へ迫ってくるガントータスの動きを止めることが優先だ。そうでなければ、壁と甲羅に挟まれて圧死してしまう。

「まずは足を狙いましょう!」

「そうだな!」

 二人は足を集中攻撃することにした。まずは右前足から。ジンが斬り掛かり、同じ場所を藍蘭が追撃する。シャドウは血を流さないが、雄たけびを上げていることから効いているのかどうかは判断できる。

「頭のコアを狙わないのか?」

 サクヤは頭を狙っていた。その甲斐あってか、被膜が少しボロボロになっていた。それには藍蘭も考えがあって足を狙っていた。

「倒せなくても行動は止める! 流石に部屋に水入れる様な試験官でもあのジミーの情けない声聞いたら事態を察するでしょ。そうしたら助けが来ると思うから、それまで持たせるのよ!」

「そうか、これは試験の仕込みじゃないもんな、多分!」

 ジンも納得し、足への攻撃を続ける。生物の胃酸に耐えるキャタサイトの素材で強化しただけあり、剣は弾かれることなくガントータスの脚を切り裂いた。ルーク級とも対等にやり合えるだけの剣、これがお金を出しすほどの仕事ぶりというわけか。

「すげー、こんな化け物にダメージ与えてるよ俺……」

 これには強化してもらったジンも驚きだった。ガントータスは右前足を崩し、甲羅を床に着ける。それでも体を引きずりながら、壁へと迫ってくる。今度は左前足だ。ジンと藍蘭は共に残るその足を狙って攻撃し、ガントータスの体勢を崩していく。

「よし!」

 左前足にもダメージを与え、ガントータスが雄たけびを上げて崩れ落ちる。これで相手の行動は防いだ。後は助けが来るのを待つだけだ。

「これでよし」

「追撃は?」

 ジンは倒せそうな気がしたが、一応藍蘭に確認を取る。同い年くらいだが特殊な扱いの刀といい、どうにも戦闘には慣れている様に思われたからだ。それに、学校へ通っているかいないかという点で知識についてもジンは大きな遅れを藍蘭に取っている。

「しない方が賢明ね。下手に追い詰めると何するかわからないから」

「そうだな」

 その方針が二人の間で決まった時、サクヤが行動を開始した。ガントータスの頭にあるコアに向けて飛び掛かり、攻撃を加えているではないか。それも剣の性能がいいのか腕がいいのか、被膜のシャッターを破ってコアにダメージを与えているではないか。

「いけるぞ!」

 サクヤは着地しながら確信した。このままなら倒せると。しかし現実はそんなに甘くなかった。その着地を待って、ガントータスが口を大きく開いたのだ。そして爆炎と共に砲弾が発射されたのだ。

「何?」

「いけない!」

 藍蘭は咄嗟にサクヤの前に立ち、砲弾を防ぐため龍の爪の様に構えた刀を振り下ろす。

「絶爪!」

 甲高い音が通路に響き、藍蘭が吹き飛ばされる。しかし砲弾も弾かれ、床にめり込んだ。

「うぁっ……!」

 彼女は刀を落とし、右腕を抑えて床に転がった。しかしガントータスは攻撃の手を緩めない。また大きな口を開けて、砲撃をしようとしているのだ。ガントータスのガンとは、この砲撃を指していたのだ。窮地にならなければ使わなかっただろう隠し玉を、サクヤが不用意に攻撃して使わせてしまったのだ。

「く……藍蘭!」

「おめーなぁ、話聞いてたか?」

 完全にサクヤのミスなのでジンは彼を責める。藍蘭はなんとか意識があるものの、起き上がってみても右腕を痛めているので戦闘は不可能だ。このままではここにいる全員が危険だ。

「相手の動きを封じて時間稼いで助けを待つ作戦だったんだよ! それを台無しにしやがって!」

「シーカーならばシャドウを倒すのが使命だ!」

「まだ俺らはシーカーじゃありませんー!」

 言い合っている場合ではない。ガントータスが次弾を発射してきたのだ。全員が一斉に避けると、砲弾は恐ろしいスピードで壁にめり込む。これ自体はただの鉄球だが、撃ち出される速度が生半可ではない。早く倒さなければ、この狭い空間で避け続けるのは不可能だ。

「光よ!」

 その時、サクヤの剣が光り輝いた。あまりに眩く輝くので、ガントータスも首を持ち上げて目を閉じる。

「俺の聖剣、ランスロットは光のマナを宿す! これで貴様の狙いは付けられない!」

「ああ! バカ野郎!」

 サクヤは自信満々に言うが、ジンはその危うさに気づいた。ガントータスの目は潰れた。だが口を封じたわけではない。このことから導き出される答えは一つだ。

「そんなことしたら……」

 言いかけたジンの顔面すぐそばを砲弾がすり抜ける。そして壁に直撃して轟音を鳴らす。そう、狙いが付けられないので滅茶苦茶に撃ってくる様になるのだ。

「なぜだ?」

「なぜだもクソもあるかバカ!」

 サクヤは意識に対して、知識はともかく経験が足りていない。ジンは一応シーカー試験の勉強などで『目つぶしが有効なのは遠距離攻撃手段を持たない相手のみ』という知識があったのだ。

「どーすんだよこれ!」

 余計にピンチを迎えることになったジン。その時、藍蘭がジンの剣に付いているチャームを見て気が付いた。

「ねぇ、それって風のマナ結晶じゃない?」

「そうだけど?」

「私の刀拾って! 雷のマナが溜まっているから、合わせれば嵐を起こせる!」

 藍蘭の言うことがイマイチ分からないジンだったが、もうそれに賭けるしか方法は残されていなかった。ジンは散らばった藍蘭の刀を三本とも集め、左手で彼女と同じ様に三本とも保持する。右手には自分の剣も持っている。

「いででで! 結構握力いるなこれ!」

 ガントータスは再び口を開け、砲撃を開始しようとする。そうはさせまいと、ジンは鍛冶屋の爺さんに習った方法でマナを解き放つ。マナの起動は簡単だ。ただ、こうマナを放ちたいと強く思えばいいのだ。それには、口で叫ぶのが一番のコツだ。剣と刀をガントータスに向け、ジンは思い切り叫んだ。

「嵐よ! 巻き起これ!」

 剣のチャームと刀の鍔に取り付けられた結晶が強く輝く。室内の扉を揺らすほど、猛烈な突風がガントータスを襲う。そして立て続けに雷鳴が轟き、敵を襲う。それでもガントータスは負けず、砲弾を放つが嵐に圧し負けて自分の方に返ってきてしまう。その砲弾が頭のコアに激突し、そのままコアが砕ける。

 結晶の輝きが途切れ、嵐が止んだ。ガントータスの姿は既になく、甲羅やヘルメットなどの一部装甲だけがこの場に残されていた。

「や、やったのか……」

 ガントータスの討伐に成功した。これだけは確かなことであった。ジンは試験中という事実も忘れて大いに喜んだ。

「やった! ルーク級を、ガントータスを倒したぞー!」

「それで、どうやってここから出ようか?」

 藍蘭はジンから刀を返してもらいながら、鍵を開ける方法について考える。確かに、鍵はジミーが持って行ったままだった。ガントータスも本来は動きだけ止めてやり過ごす予定に過ぎなかった。

「ホントだ、どーしよ……」

 ジンも考えていると、再び聞き覚えのある情けない悲鳴が廊下に響いた。

「だでぇー! だでぇー!」

「あ、てめぇ!」

 ジミーが扉を開けてこちらにやってきたのだ。その顔を見るなり、ジンは思い切り顔面に拳をくれてやる。見事、サングラスと眼鏡を同時に叩き割る快挙を達成した。

「ぷげぶッ!」

「よくも一人で逃げてくれたなこの野郎!」

 殴られたジミーはその場に蹲り、鼻血をぽたぽた流していた。カードキーも落としたので、これ幸いとジンは拾って出口まで向かう。もうジミーのことは藍蘭もサクヤも諦めていた。

「よし、開けるぞ」

 ジンが扉を開き、試験の会場を出る。そこは体育館の様な広場になっており、壁にはいくつもの扉があった。ここがゴール地点なのだろうか。しかし、彼らはここへ一歩入るなり、ジミーが逃げ出してきた意味を知ることになる。

「マジ……?」

 なんと、広場の中央にガントータスが鎮座していたのである。他の受験生が来ていないのが幸いだろうか。ガントータスは彼らの姿を見るなり、甲羅に手足を引っ込めてその穴からジェットの様なものを吹かして高速回転を始める。

「な、なんだ?」

 そのままガントータスはジン達に向けて突撃しようとしてくるではないか。先ほどのガントータスはそれでも脅威だったが狭い通路に押し込められていたため口から砲撃をしてくることしかしてこなかったが、こんな技も持っているのだ。

「うわああ!」

 安心しきっていた三人はその突撃を寸前で回避する。ガントータスは金属がひしゃげるような大きな音を立てて壁にめり込み、先ほどまで使えた扉を完全に封鎖してしまう。ジンは直前にガントータスを倒した時の様に、剣を振りかざしてマナを解き放ち、嵐を起こそうとする。

「あ、嵐よ!」

 しかしそよ風一つ起きなかった。チャームに取り付けられたマナ結晶の輝きは失われていた。

「な、なぜだ!」

「もうあの一撃でマナを使い果たしているの! しばらくは使えない!」

 藍蘭の言う通り、ジンは渾身の力であの嵐を起こしたためマナ結晶のマナが尽きてしまったのだ。藍蘭の刀も同じ状況であった。空気中のマナを取り込めば再度使える様になるが、それには時間が掛かる。

「く、来るぞ!」

 サクヤにも手立ては無かった。ガントータスは再びジェットを吹かして、ジン達へ向けて突進を繰り出してくる。その速度は増しており、負傷した藍蘭を庇っての回避はもう不可能だ。

「ん?」

 その時、ジンの視界に影が差した。それと同時に何者かが高速回転するガントータスを弾き飛ばしたのだ。ガントータスは大きく横転し、ひっくり返った。陸亀の形が完全に仇となり、ガントータスは起き上がれない。

「なんだ? 何が起こっているんだ?」

 ジンは困惑する。そして転がったガントータスの頭に一発の弾丸が叩き込まれ、コアが砕かれた。ガントータスは金属の装甲を残し、黒い霧となって霧散していく。ジン達の前に降り立ったのは、試験官のガイアであった。そして後ろからはクインが歩いてくる。クインは狙撃銃を手にしており、これでガントータスのコアを狙い撃ったのだと思われる。

「大丈夫か?」

「シーカー試験に二体のルーク級が紛れ込むとはな……」

 ガイアとクインはこの騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。どうにか窮地を脱出し、ジンは一安心した。

「クイン! なんでここに?」

「シーカー試験の見張り役を任されてんだよ。この試験は毎年アークウイングの嫌がらせかどこからともなくシャドウが紛れ込むからな……今年はルーク級二体とはまた派手になったもんだ」

 そんな経緯があってクインは妨害を防ぐ役割を担っていたのだ。ジンは安心したのも束の間、妨害など一言も聞いていないのでクインに巻くし立てる。

「妨害? そんなもんあるんなら教えてくれよ!」

「ほら、試験前に確証もない情報で惑わすわけにもいかんからさ」

「ていうかカメラで見張ってんじゃねーのかこの試験?」

「あのグラサン眼鏡が箱開けた瞬間にシャドウが出現したからこれでも慌ててやってきたんだ。ほら、お前もネクノミコで箱からシャドウが出てくるの見たろ? ああやってシャドウは小さくなるから運搬や持ち込みが容易なんだよ」

 クインとガイアはジミーがガントータスを出現させた直後から救援には来ていたのだ。よくこの広場を見ればジンがネクノミコで見た様な箱が置いてあり、ジミーは一度箱を開けてシャドウを出現させたのに逃走して安心した直後にまた同じミスをしでかしたことがよくわかる。

「とにかく、君達の試験はこれにて終了だ。シャドウを撃破したことに関しては合否に考慮しよう」

 ガイアは試験官としてこの場を預かり、試験の終了を告げた。これにてジンのシーカー試験、全ての日程が終了した。果たして、彼らの合否はいかに。

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