7.シーカーの氷霧

「うぅ……ギアズの夜は冷えるな……」

 ある日の夜中、クインはいつもはだけているツナギをしっかり着込んでヘッケラータウンの見回りから帰ってきた。フェアウルフの襲撃が多いこの町では、夜の見回りも大事な仕事だ。先日の襲撃から日が浅いのか、街の外で見かけたのはその時に出た死骸を貪る動物達だけであった。この町の周囲は自然に溢れていて、天然の掃除屋には困らない。彼らも餌が定期的に確保できるので肉食ながら人を襲うことは無い。

 もし人の味を覚えた様ならそれこそシーカーとしてクインが始末すべき対象になる。

 自宅であるシーカーズカフェに帰ってきたクインは、二階に電気が点いていることに気づいた。確かあの一角はジンに貸した部屋のはずである。

「あいつ、夜更かしして何してんだ?」

 彼はカフェの仕事も手伝っているので、別に昼まで寝ていていい身分ではない。なので夜更かしもするべきではないのだが、こんな時間まで何をしているのだろうか。クインはカフェに入ると二階まで上がりジンの部屋を覗いた。

 すると、彼は机に向かって読書をしているではないか。本をよく見ると、シーカー試験対策の本だ。どこぞで買うなり、図書館で借りるなりしてきたのだろう。シーカーになるというのは口先ばかりのことではなく、キチンと勉強もしている様だ。

「なるほどね」

 ジンはよほど夢中で勉強しているのか、クインが覗いていることに気づかなかった。彼女は扉をそっと閉めると、自分の寝室へ向かった。


   @


 翌日、ジンは大あくびをしながら皿洗いをしていた。彼のカフェでの仕事は基本、皿洗いか掃除である。料理まではまだ作れない。店のエプロン姿が似合うんだか似合わないんだがという段階だ。朝方から昼間に掛けては相変わらずガラガラであり、カノンもクインもカウンター席に座ってのんびりするしかやることが無かった。

「そういえば俺の戸籍ってどうなってんだ?」

 ジンはふと、自分の在留資格について気になった。ネクノミコには複数の国があり、外の国へ行くには在留資格が必要だ。それはネクノミコからギアズの間でも変わらないと思われた。

「そうか、ネクノミコには国が複数あったな」

「え? ギアズって国一つなの?」

 クインの言葉にジンは驚く。ネクノミコの常識では考えられない状態である。といっても、ギアズは単に人口が少なく、国が分かれるほど人がいないというのが正確なところである。

「まぁな。ネクノミコの人口が百億以上いると言われている中、ギアズは一億未満。国が分かれる様な力はないのさ。だから在留資格無しでギアズ中を旅出来るぜ。その実力があればの話だがな」

「じゃあ、惑星間ではどうなのさ」

 ギアズを旅するのに在留資格は不要、であれば、ギアズから他の惑星に行く場合はどうなのであろうか。

「他の星も国は一つだから、星を移動する資格さえあればいいんだ。そうだな、本題のお前の在留資格だけど……今、ギアズの戸籍を申請してるところだよ」

 ジンはネクノミコでも戸籍の所在が不確かな存在だ。そのため、クインはまずそこをハッキリさせるためにジンをギアズ国民にするための手続きをしていた。

「へー、じゃあ俺ギアズ国民になるのか」

「ギアズの国民になるには住むところと仕事、それから未成年は保護観察者の設定が必要だよ。お前の保護観察者はお袋だ」

「なるほど」

 とりあえず心配は一つ潰れた。せっかくネクノミコを脱出しても在留資格の関係で送還されてはたまったものではない。しかしクインは本当に暇そうである。

「なぁ、クイン。クエストボードの依頼でも行ってこいよ」

「今日は人を待ってんだよ」

「人ぉ?」

 暇そうにしているクインにジンは言ってやるが、彼女は用事があるのでここを動けないとのこと。逆にクインはジンに聞く。

「お前、本当にシーカーになる気かよ?」

「なるぞ? シーカーの英雄になってゴージャスな暮らしをするんだ!」

 ジンは当初から、そのゴージャスな暮らしとやらのために動いていた。どんなモデルケースを持っているのかは分からないが、なぜそこまでゴージャスな暮らしに夢を見ているのか、初めからある程度恵まれた暮らしをしているクインには分からなかった。

「今だってネクノミコ時代から比べりゃゴージャスな暮らしじゃないか」

「まぁそうなんだけどね」

 クインが言う様に、今の仕事があって屋根の下で暮せる状況も、ネクノミコにいた時期と比べればゴージャスとも言えなくもない。だが、ジンは明らかにそれ以上を求めている。常人なら十分満足しそうな環境に身を置いても、彼は上を目指していた。カノンもそれには気づいていた。

「きっとお前自身にも分からないんだろうな。ゴージャスな暮らしという夢に内包した真の目的が。なら、尚更シーカーになっていろんな経験をしてみな。シーカーの英雄ってのになってみりゃ、見えてくるだろ」

「お袋……こいつ本当にシーカーにする気かぁ?」

 クインは未だ、ジンがシーカーになることには反対だった。なれるとは思っていないことと、動機が不純過ぎてシーカーをやらせたくないという思いがあった。

「そうだ、今日の依頼、こいつ連れてくけどいいよな?」

 クインはふと、あることを思いつく。シーカーを諦めさせるには、今日、待ち人と共に熟す予定の依頼は丁度いいと思っていたところだった。

「今日は暇だからいいけど、どうして?」

 カノンも了承した。しかしその理由には疑問があったようだ。ジンはシーカーではない。なので戦力としても乏しいと思われたからだ。

「いや、シーカーの仕事を見てもらおうと思ってさ。実際の現場見たら気も変わるでしょ」

 クインとしては是非ともここで諦めてカフェの手伝いに専念してほしいと思ったのである。今回の仕事はそんな彼女の目論見にピッタリだった。

「あ、いらっしゃいませー」

 その時、一人の客がカフェに入ってくる。ジンが扉の音で客に気づいてそちらを見ると、明らかにこの町の者ではない。右目を前髪で隠した白髪の少女で、歳はジンやクインと同い年くらいだった。藤色の着物と袴を身に着け、弓を持っている。着物の袖は襷で留めており、除く腕には革の小手が付けられている。耳はよく見ると尖っている。

 やはりシーカーなのか、傍らにはドゥーグが浮かんでいる。

 ネクノミコやギアズではまず見ないタイプの美少女が現れ、ジンは思わず息を呑む。

「あ、氷霧ひょうむじゃん」

「クイン、久しぶり」

 氷霧とクインに呼ばれた少女は、ジンの方をじっと見る。

「この人がクインの言ってた……」

 それだけ言うと、以降は全くジンとも目を合わせず、クインの方へ向かう。そして、要件を静かに切り出した。

「クエスト行く」

「そうだな。ついてこい」

「待て待て! いろいろ聞きたいことがある!」

 親友特有の最小限のやり取りに巻き込まれたジンは、ストップをかける。

「まず、どちら様? 耳尖ってらっしゃるけど?」

「ああ、お前はネイチャールの先住民、エレシアを見たことないんだったな」

 クインが言うにはギアズでもネクノミコでもない新たな惑星、ネイチャールの先住民、それが氷霧らしい。

「正確には地球移民とのハーフ」

「へぇ、エレシアってのは耳が尖ってるのか」

 ジンは漫画で見たエルフ耳みたいだなーと思った。これがネイチャール先住民のエレシア。アニマに比べるとまだ人間に近い姿をしている。

「そんで、こいつはあたしの相方さ」

「そうなのか」

 そして、氷霧とクインは相方同士ということらしい。シーカーとしてチームを組み、様々な冒険を繰り広げた仲なので、会話も最小限で済ませてしまうのだ。

「紹介終わった? じゃ、行くよ」

「おし。ジン、付いてこい」

「え? ええ?」

 今回のクエストはジンも付いていくことが二人の間で既に決定していた。

「気をつけてねー」

「は、はーい……」

 カノンに見送られ、何が何だか分からないジンは剣だけを持ってカフェを出る。街の駐車場に止めたクインの屋根付きジープに辿り着くと、それに乗り込んで街を出発する。クインが運転、助手席に氷霧、後部座席にジンが乗り込む。

車はアスファルトで舗装された道路を突き進む。ジンが座席からトランクを覗き込むと、ショットガンやら弾薬やらがいっぱい乗っていた。これは全部クインのものだろう。

「おいおい、何倒しに行く気だ?」

「一言で言えば、お前がシーカーやめたくなる様な相手だ」

 運転しながらクインは悪戯っぽく返す。しかし氷霧が淡々と今回の依頼内容を明かしてしまう。

「今回の依頼は宇宙港からヘッケラータウン間で目撃されたダウンレックスの撃退。ダウンレックスは大型で狂暴な危険生物」

「おいおい、バラしてどうする」

 大型で狂暴、そのワードを聞いただけでジンは少し帰りたくなった。しかしネクノミコでは毎日が命懸けだったわけであり、大型のシャドウもいたのでこの程度どうということはないという気分でいた。

「へへ……脅かそうったってそうはいかねーぞ? なんたって俺はあのフェアウルフをちぎっては投げ、ちぎっては投げしてきた男だ。今更大型の危険生物? とかでビビるとでも思って……」

ジンが強がっていると、車が急に停車する。道路に数体の人型で爪を持ったシャドウ達がたむろしているではないか。ネクノミコで見たシャドウとの差異は、鎧部分がさらに少なくなており腕が爪なことくらいか。

「ポーン級、スカヴェンジャーか」

「ポーン級? なんだそりゃ?」

 クインが車を降りて、撃退の準備をする。氷霧も車を降りて弓を番えている。ポーン級という慣れない単語に戸惑いながら、ジンも車を降りて剣を抜いた。

「シャドウにはポーン、ビショップ、ルーク、ナイト、クイーン、キングって級があるんだ。あの騒動で使われたシャドウ、ソルジャーはポーン級。このおこぼれを狙って徘徊するシャドウ、スカヴェンジャーもポーン級だ」

「なるほど」

 クインの説明を聞き、ジンは大体理解した。このスカヴェンジャーがシャドウの中でも弱い部類に入ること、そしてこいつを倒せればネクノミコで徘徊していたシャドウ、ソルジャーも倒せる様になるということだ。

「行くぞ!」

 ジンは剣を手に、スカヴェンジャーの群れへ突撃しようとした。しかし、それをクインが制する。

「待て!」

「なんだよ!」

 ジンが振り向いている間に、氷霧が弓を連射してスカヴェンジャーの胸部にある赤い宝石を撃ち抜く。スカヴェンジャーは甲高い悲鳴を上げて、凍り付いてそのまま砕け散る。ただの弓矢による攻撃とは思えなかったが、ジンとしては獲物を取られた状態だ。スカヴェンジャーは金属の部分だけを残して黒い靄になって消える。氷霧は放った矢を回収する。

「あー! 俺の獲物!」

「シーカー以外が倒すと一銭にもならねーんだ我慢しろ」

「なんでシーカー以外が倒すと金になんねーんだ?」

 ジンは気になった。別にシャドウを倒すのなら、誰がやっても同じはずだ。逆に増えることが脅威なら、倒す人間は多い方がいいだろう。

「そりゃ、危ないからだろ。ある程度実力を認められていない人間が不用意に手を出すと死ぬかもしれねーから、軽い気持ちでシャドウに挑まない様にシーカー制度が出来てんだよ」

「はーん、シーカーにならないと金にならねーのか。残念」

 がっかりするジンだったが、クインがそんな彼に皮の大きな袋を渡して、残った残骸の金属を入れてやる。

「この金属を鍛冶屋の爺さんに売りな。討伐自体では金にならねーけど副産物が金になる」

「よっしゃ!」

 シーカーにならなくてもいい理由を着実に重ねてくるクイン。だが、ジンは騙されなかった。この金属は見かけより軽いとはいえ、やはり嵩張る。なら、討伐でお金を貰った方が楽だろうと彼は考えていた。

「スカヴェンジャーがいるってことは、だ。ここに『おこぼれ』を作る奴がいるってことだ」

 クインはスカヴェンジャーの存在から今回の獲物を感じ取った。おこぼれ狙いのシャドウがいたということは、本命を食べた奴が必ずいる。アスファルトの外を見ていくと、大きな三つ指の足跡が微かに残っていた。これが今回の目標、ダウンレックスの足跡だろうか。

「見ろ、羽毛が落ちてる。間違いなくダウンレックスの足跡だ」

 クインは道端で羽毛を見つける。一行は残った足跡を頼りに、ダウンレックスを追った。道中、ちらほらと彼らほどの背丈がある二足歩行のトカゲらしき生物が姿を見せる。色合いは茶色く、とても地味で目を凝らさないと荒野に紛れてしまいそうだ。

「あの生物は? あれはダウンレックスと違うのか?」

「違うな。あれはアードラプトル。死肉を喰らう掃除屋だ。危険生物じゃないから無暗に狩るなよ」

 クインによると、あれは特に危険の無い生物らしい。死肉を食べる荒野の掃除屋だ。彼らを狩ると逆に死肉を掃除する生物がいなくなって衛生によろしくないのだ。

「それよりさ、氷霧のさっきの弓矢、なんだったんだ? 敵が凍り付いて、魔法みたいだったぞ?」

 安全を確認したジンは、氷霧に先ほどの矢について聞く。あれは魔法の矢だったのだろうか。

「それは、これ」

 氷霧は矢筒から一本の矢を取り出してジンに見せる。一見すると何の変哲もない矢であった。矢じりにも羽根にも仕掛けは見当たらない。

「矢じりがユキガムツの牙で出来ていて、マナを解放すると氷の力を放つ」

「マナ?」

 仕掛けはこの矢じりにあるようだが、本当に動物の牙で出来ていて、そんな氷を放つようには見えなかった。しかしスカヴェンジャーに使った後、回収していたのだから特殊なものなのだろう。

「そうか、お前はマナ技術について知らないんだったな」

 クインがそう判断したが、ジンはしばらく考える。何か心当たりがあるらしい。

「いや、本で読んだな、昨日。確か、俺のこれもマナ結晶だとかなんとか……」

 ジンは首に掛けている弾丸のペンダントをクインに見せる。そして、昨日勉強したばかりのことを反芻する様に話した。

「たしか宇宙にはマナってのが満ちていて……だな、それが固まったものがこのマナ結晶だ。うん、そうだった。で、このマナ結晶に空気中のマナが集まって、結晶の種類によって発揮する力も違うんだっけ。俺のペンダントは鋼鉄、所謂防御の結晶で、攻撃を受けると防御結界を発生させる。そうして効果を発揮したマナはまた空気中に放たれるんだったな。そんでまたそれを結晶が取り込む」

 驚くことに、ジンはマナ技術の基本をもう習得していた。クインもこれは予想外だった。ここまで勉強しているとは。しかし、これは基本中の基本。これだけではなぜ氷霧の矢が氷を放ったのか、分からない。

「で、このマナ技術のなんか関係あんのか? それ」

「いや、大有りだ。危険生物の肉体はマナ結晶と同じ働きをするものがある。それを応用して危険生物は火を吹いたり氷を吐いたりできるんだ」

 クインがジンの説明に付け足す。このマナ技術の恩恵に預かるのは、何も人間だけではない。危険生物達もこれを使いこなして狩りを行うのだ。クインはツナギのポケットからあるものを取り出す。ジンが見たこと無いほど大きな、弾丸であった。

「このマナ技術を使いこなせば危険生物と渡り合える。逆に使いこなせないなら相手にアドがあるだけだ。今回の獲物、ダウンレックスは羽毛で凌いでいるとはいえ変温動物だ。極端な温度変化に弱い。スノウレイオの爪を削って作ったスラッグ弾だ。今回はこいつを使う」

 この弾を使う黒いショットガンを、クインは車から持ってきていた。ポンプアクション式のいかにもなショットガン。ジンは名前を知らないが、これも地球由来の銃でベネリM3というものだ。

「おいおい、さっきからユキなんたらとかスノウなんたらとかわけわかんねーよ!」

 ジンは新しい危険生物の名前が出てきて、早速混乱する。畳み掛ける様に、クインが問題を出す。

「そこで問題だ。ユキガムツとスノウレイオの違いを答えよ!」

「す、住んでる惑星?」

「それ以外な」

 必死でジンが絞り出した答えも、さっそく却下するクイン。彼がしばらく唸っても答えが出せなかったので、氷霧が見かねて答えを言う。

「ガムツ種は縦縞模様があって、レイオ種はオスに鬣があるけど模様が無い。基本の対処は一緒」

「な、なるほど……」

 ジンはその説明をしっかり記憶した。種、ということはこれに近い種類の生物も各惑星に存在しているということだ。筆記試験の応用問題で別のガムツやレイオの名前を出されても答えられる様にしなければならない。

「シーカーのテストって難しいんだな……」

「あー、テストに出ないからな」

 必死なジンにクインが情け容赦無い一撃を加える。

「おーい! テストに出ない問題で俺を混乱させないで!」

 クインの罠に嵌り、お怒りのジン。そんな和気藹々とした会話に、氷霧は入って来ない。無表情で付いてくるだけだ。これには流石にジンもクインに相談する。

「なぁクイン」

「なんだ」

「氷霧がさっきから無言なんだけど。こえーよ、なんか怒らせたかな?」

 ジンの心配は杞憂だった。クインはこんな様子の氷霧など見慣れている。

「気にするな。いつもの人見知りモードだ」

「いつもなんだ……」

 案外コミュ力が必要なネクノミコの底辺層では見ないタイプの人間にジンは戸惑いしかなかった。

 そんな会話をしていると、荒野に残る森を見つけた一行。足跡はここに続いており、この先にダウンレックスがいるのは間違いない。クインがいつになく真剣な表情でジンに告げる。

「気を付けろ。ここからはいつどこで襲われてもおかしくないと思え」

「お、おう……」

 ジンも緊張して森に入る。確かに、この視界の悪い森ではどこから襲われてもおかしくない。ダウンレックスはここをねぐらにして活動していた様だ。森に入ってしばらくすると、一行の傍でガサガサという草をかき分ける音が聞こえる。

「あれか?」

「いや、あれじゃないだろ……」

 ジンが剣に手を掛け、警戒する。そんな中、クインは無警戒。警戒しろと言った人間がこれである。やはり自分の身は自分で守らねばならないとジンは剣を抜く。

「ほら絶対ダウンレックスだって!」

「いやあれ違うだろ」

「ほら目が光った! こっち見たってぇ!」

「あんな小さいわけねーだろ」

 ジンとクインがあーじゃないこーじゃないと言い合う中、氷霧はその様子を傍観していた。

「こっち来てるよ! あれダウンレックスだって!」

「でもあれダウンレックスにしては羽毛ないよな?」

「あの胴体絶対そうだって!」

「お前ダウンレックス見たことねーだろ……。ギアズシカじゃね?」

 一人だけ緊迫感に包まれるジン。そんな彼の目の前に現れたのは、角を持った四足歩行の生物。すなわち。

「シカでした」

 クインが完全にこの生き物をシカだと判断する。ギアズシカ。数多くいるシカ系の生物でもギアズにしか住んでいない種だ。

「なんだシカかぁ……脅かしやがって」

 そのシカをひょいと何かが咥え、天高く放り投げて大口で喰らった。全身に羽毛の生えたその生物は大柄な胴や頭部に似合わず細い足で体を支え、小さな手を持っていた。そのサイズ、ジンがネクノミコで見た下手なバスなんかよりは大きい。

「あ、ダウンレックス」

「出たぁあああ!」

「あ、バカ!」

 ジンは一目散に逃げ出した。しかし大声を上げて背を向け、逃走するなど野生動物相手には愚の骨頂。目標をジンに定めたダウンレックスはゆっくりとジンを追跡する。足の細さ故に走ることは出来ないが、大股で進むそのスピードは全速力のジンと同等。彼が少しでもペースを落とせば追いつかれそうだ。

「クイン……!」

「おうよ!」

 しかし、今が好機である。ダウンレックスはジンを追うのに夢中であり、氷霧とクインには全く目もくれていない。この狂暴な危険生物の弱点は見ればわかる通り、羽毛で凌いでいる寒さと巨体を支えるには細い足だ。二人は一斉に攻撃を足に仕掛ける。

「喰らえ!」

 クインがショットガンを足に向けて放つと、氷霧も矢を射る。左右の足を同時に攻撃され、弾ける氷で凍傷を負ったダウンレックスは走っていた勢いも相まって激しく転倒する。獲物の動きを封じた。

「よし、このまま一気にトドメだ!」

 クインと氷霧は両サイドに別れ、ダウンレックスの両目に足と同じ攻撃を仕掛ける。普通に頭を狙ったのでは、頭蓋骨が硬くて攻撃が通らない。目に弾丸と矢が直撃し、脳を傷つけられた獲物は遂にこと切れる。ダウンレックスが息絶えた音に気づき、ジンも逃げる足を止めて振り向く。

「すげぇ、こんなもん倒しやがった……」

「シーカーならこれくらい倒せないとね」

 目的のダウンレックスの討伐が完了した。クインは少し気を抜いてナイフを取り出し、獲物の解体に入る。これほど大きな物なのに、慣れた手つきで毛皮や肉をナイフ一本で解体していく。

「何してんだ?」

「せっかくの獲物だ。使えるところは頂いていかないとな」

 シーカーはこういうことも出来ねばならないのだというのをジンに見せつける。肉は食えないとしても、毛皮や牙、爪は確保して袋に入れる。その作業を見守っていると、ダウンレックスの中から何か黒いものが出てくる。その黒いものは触手を伸ばし、クインと氷霧を弾き飛ばした。

「うわ!」

「きゃっ……」

 飛ばされた二人は武器を落としてしまう。ダウンレックスの口から出て来たのは、芋虫の様な姿をしたシャドウだった。ヘルメットの様な頭だけが金属で出来ており、赤い宝石が輝いていた。胴体は黒い物質で、ずるずるとダウンレックスの中から出てくる。そのサイズはダウンレックスの一回りか二回り小さいほどであったが、決して小さくはない。触手は口から出ているものだった。

「なんじゃこりゃ! すっげえキメェ!」

「ビショップ級、キャタサイトか……お前じゃ無理だ! 逃げろ!」

 クインは起き上がりながらジンに警告する。しかしジンは剣を抜き、キャタサイトに向き合う。このまま逃げても、身動きの取れないクインや氷霧に標的が移るだけだ。それに、ビショップ級といえば雑魚のポーン級の一個上程度。このくらいで逃げていては、英雄になどとてもなれない。

「いくぞ!」

 キャタサイトはジンの姿を見つけ、触手を伸ばす。咄嗟に剣でそれを振り払うと、その剣の鋭さ故か、スッパリと触手を両断する。武器を失ったキャタサイトは体を揺すって戸惑う。

「なんだと……?」

 これにはジンも驚きを隠せない。ここまでの切れ味を持った剣を、あの鍛冶屋の爺さんは売り物にならないとただでくれたのだ。一体金を取る様な剣はどんな性能になってしまうのか、それが恐ろしく思えてしまう。

「とにかく行ける! オラァ!」

 ジンは背を向けて逃げるキャタサイトに向かって走り寄る。そして胴体を切り裂いた。敵はそのまま転がっていき、うぞうぞと悶える。武器である触手も失い、弱点である赤い宝石がその先端で輝いている。

「オラァ!」

 剣を振り上げ、その宝石に向かって叩きつけるジン。宝石は粉々に砕け散り、キャタサイトの体は黒い霧になって消滅する。後に残ったのは、ヘルメットの様な頭部だけであった。

「ビショップ級を倒した……のか?」

 クインはこの状況に驚きを隠せなかった。目の前の少年はついこの間まで、ただのコソ泥だったのだ。それが今や、ビショップ級のシャドウを倒せる様になっていた。

「なるほど……」

 氷霧は弓を拾い、ジンの力を確かめる様に見ていた。

「よっしゃー! ビショップ級を倒したぞ!」

 喜ぶジンだったが、体勢を立て直したクインが一つ忠告をする。

「いいか、これはお前の実力じゃない。その剣がいいものじゃなきゃ最初の触手攻撃でアウトだ」

「重々承知してますー」

「ホントかよ……」

 結局はジンの実力というより剣の凄さが勝っていたが、それでも倒せたことには変わりない。こうしてジンはクインの思惑とは逆に自信を付けたのであった。


「というわけなんだ」

「なるほど、それでこの素材か」

ジンは帰った後、鍛冶屋で爺さんに今回集めた素材を見せる。スカヴェンジャーの素材に、キャタサイトの頭部である。この素材を見た爺さんはしばらく考えてこう言った。

「スカヴェンジャーの素材は買い取ろう。そんでこのキャタサイトの素材でお前さんの剣を強化しよう。貰うもんは貰うが、スカヴェンジャーの素材を売った金で足りるだろう」

 持ち掛けたのは、剣の強化である。シーカー試験には当然、戦闘の試験もあるだろうからジンにとっては悪い話ではない。

「ここにいた」

 話が纏まった時、氷霧が鍛冶屋に顔を見せた。爺さんも彼女には馴染みがある様だ。

「おお、氷霧か、久しいな」

「ジン……」

 氷霧はジンに用事があった。彼女はジンに近づくと、ある物を手渡した。それは三日月を模した金属とマナ結晶のチャームであった。鎖で何かに吊り下げられるようになっている。これを使えば、氷霧の様に武器へ何等かの効果を与えられそうだ。

「必ず、シーカーになって。応援してる」

「お、おう……」

 氷霧はジンをシーカーにしたい様であった。クインとは違って応援してくれるので、ジンも戸惑う。その狙いは如何に。やけに目を輝かせて言うその姿勢は、ヘッケラータウンの者達がする応援とは違うものである様な気がジンにはした。

「なるほど、こいつを剣に付ければ風のマナを剣に付与できるぞ」

「風?」

 爺さんはこのチャームを見て、彼女のしたいことが理解できた。このチャームを剣に取り付ければ、切れ味を増すため風のマナを纏わせることが出来るのだ。

 武器を強化し、挑むはシーカー試験。果たして、ジンはシーカーになることが出来るのか?

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