第21話 おねだり。




 ガリアンの館では、ルアンの噂で持ちきりだった。集団脱獄犯のお仕置きを目撃したガリアンメンバーが、噂を広げたのだ。


 レアン・ダーレオクの娘だ。


 血を濃く受け継いでいるという意味を込めて、そう囁く。

 館の窓から、監獄の前の植木に座るルアンを見るメンバーがあとを絶たなかった。


「今更ルアンのすごさに気付いたのかよ」


 門番として立つシヤンが、ぶっきらぼうに呟く。


「今のうち、媚売ろうとする連中から守らないとね……」


 同じく門に立つクアロは、その視線を向けるメンバーがルアンに群がらないようにしなくてはいけない。

 子どもなら、と油断するメンバーの血の海が出来るだろう。

 リリアンナの滞在中は、ルアンはレアン並みに危険だと彼らは知らない。

 そんなルアンは、視線など気にした風も見せなかった。いつもの木の根のそばに座るが、今日は本を持って来ていない。試験が近いと予想しているため、ギアの練習をしていた。

 氷の紋様を描き、目の前で円錐形の氷を作り出す。指先をくるくる回しながら、その氷を少しずつ大きくしていった。


「ルアン、ギアの加減のコツ掴めたのか?」


 シヤンが声をかける。

 少しずつ氷を増す技は、器用さが必要だ。それを見れば、わかる。


「多少はね」


 ルアンは、答えながら続けた。


「わっかんねーな。加減なんて覚える必要か? 犯罪者なんてぶっ飛ばしゃいーじゃん」

「単細胞め。加減しなきゃ、炎のギアで犯罪者が炭になる。ガリアンは殺し屋じゃなくて、自警組織。いちいち殺してたら意味ないの」

「……あ、そうか。最初のギア、ぱねーかったもんな」


 ルアンが呆れて言えば、シヤンは納得する。初めてルアンのギアは、地を抉り消し去った。膨大な光の持ち主故、人間を消し去ることも容易い。ぶっ飛ばすどころではないのだ。

 だから集団脱獄犯で、気絶させる程度の加減を覚えた。風邪で意識が朦朧としていても、誰も殺していない。


「そう言えば、ルアンのかあーさん、戻って来たんだろ?」


 シヤンが藪から棒に言った。クアロは固まる。

 街一の美女であり、支配者レアンの元妻が戻ってきたことは、シヤンの耳にも入った。話題に出さないようにクアロは黙っていたが、裏目に出たようだ。

 ルアンは炎のギアを描くと、自分の身長ほどある円錐形を、炎でたった一瞬で掻き消した。

 それを見て、シヤンはまずい話題に触れたと知る。


「あ、ロアンよ」


 館から出てきたロアンを見付け、クアロはつかさずルアンに言う。意識を逸らすことに成功した。

 躊躇しながら、ロアンはルアンの元へ歩む。クアロは、声をかけて励ました。


「……おかし……あげる……」


 ちっちゃな声を出して、ロアンはルアンに飴玉を差し出す。幼いロアンは、見舞いを許されなかった。その見舞いの品だ。

 ちらり、とルアンは小さな掌の中の飴玉から、クアロに目を向けた。クアロの差し金だと気付いたが、何も言わない。


「……ありがとう」


 ルアンが飴玉を受け取る。ロアンは唇を強く結び、両手でズボンを握り締めて俯いた。


「……母上に会えて、嬉しい?」


 ルアンが問えば、ロアンはビクリと肩を揺らす。少し考えるように間を開けてから、コクリと頷いた。


「そう……」


 母親に会えて嬉しさを感じている。ルアンとは大違いだ。置き去りにされて大泣きしても、憎むどころか恋しがっていた。純粋ないい子、ロアン。


「……さ、さよなら……いえるから……」


 ロアンが次の言ったことに、ルアンは目を丸めた。

 母親へ、別れを告げる。

 ロアンも、家族が元に戻らないと理解しているのだ。だからこそ、さよならを言うつもりなのだ。

 恐らく、ロアンはそれをラアンに言い、ラアンはレアンに伝えたのだろう。だから、レアンはリリアンナを連れて戻った。


「……ロアン」


 ルアンは飴玉を膝の上に置くと、手を伸ばす。そっと怯えたロアンの頭に手を置いて撫でた。


「お前は強いな」


 同じ顔をしているが、ロアンは母親を恨んでいない。幼くとも受け入れた。


 ――あたしには出来なかった。根っからのダメ人間だ。


 前世のルアンには、到底出来なかったこと。ロアンの強さを、ルアンは称賛する。

 それがロアンにとって、どれほど嬉しいことか、ルアンは知らない。

 まるで熟した林檎のように、耳まで真っ赤にしたロアンは、館へと一目散に逃げた。

 かと思いきや、全力疾走でルアンの元へ戻ると、植木に飛び込みルアンに抱き付いた。


「おねえちゃん、だいすきっ!!」


 それを真っ赤になったまま言うと、また館へと逃げ込んだ。

 クアロもシヤンも、双子のやり取りに唖然とする。二人が言葉を交わした姿は、初めて見た。なかなか微笑ましい光景。


「……フッ」


 木陰のルアンが息を漏らす。手を口元に当てているため、クアロ達からでは笑っているのかわからない。

 だから二人は身を乗り出して、ルアンの微笑みを確認しようとした。


「なんだよ」


 ギロリ、とルアンの鋭い眼差しが向けられる。クアロもシヤンも身を引くと、シャンと背を伸ばした。

 少ししてから、クアロは目を向ける。ギアの練習を再び始めるルアンは、機嫌がいいように感じて、口元を緩ませた。




 しかし、不機嫌の元凶がいる以上、長くは続かない。

 リリアンナはラビと親しくなってほしいがために、ルアン達に声をかけた。ルアンはリリアンナの前で一言も喋らず、無視をする。

 挙げ句にはロアンを使ってルアンを誘うように言った。ロアンはルアンが嫌がっていると理解し、黙って俯く。

 三日続き、ルアンの限界が近付いた。

 部屋にこもる度に、ルアンはベッドの上でのたうち回る。


「……クアロ」

「え、なに?」


 見守っていたクアロに、話しかけてルアンが起き上がった。


「部屋に泊めて」

「……えっ!?」


 クアロの家に泊まりたい。それにはギョッとしてしまう。


「あたしの部屋にアイツが入ってきたら、入ってきたらっ……殺る」

「わかった! わかったから!」


 追い込まれているルアンが、殺気立っている。クアロは慌てて許可した。だが、問題がある。


「……ボスが、許すかどうか……」


 レアンが外泊を許すわけがない。そう思った。

 しかし、レアンにおねだりしに部屋を訪ねると。


「……いいぞ」


 ルアンとクアロをチラリと見て、あっさりと許可を出した。唖然とするクアロから顔を逸らして、レアンはウォッカを喉に流し込んだ。

 我慢の限界を超えそうなルアンは、リリアンナから離れるべきだ。クアロが守ると信用して、ルアンの外泊を許す。

 タタタッ。

 ルアンはいつも通り立派なチェアに座っているレアンに駆け寄るなり、腹に飛び込んだ。そして、むぎゅうと抱き締めた。

 クアロは硬直し、レアンは目を見開く。戸惑いを露にして、ルアンを見下ろす。


「父上、大好き!」

「……」


 子どもらしい弾んだ声を出すルアンに、レアンはピクリとも動かない。

 ルアンは返事を期待せず、スキップをするような軽い足取りでクアロの手を掴み、部屋を出た。

 ルアンの上機嫌な足取りだったが、それは止められる。

 目の前に、リリアンナが立ちはだかったのだ。


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