第19話 似た者父娘。




 自警組織ガリアンが守る街、エンプレオス。

 その街一番の美女として、リリアンナは知られていた。

 ブロンドと青い瞳を持ち、豊満な胸とくびれたウエストと美しい体型の美女。その性格は、とても明るく社交的で自由奔放だった。

 男達は皆が魅了されたが、エンプレオスの支配者であるレアンが射止めた。

 多忙のあまり教会で正式な結婚をしないまま、3人の子に恵まれたが、やがて不仲になりリリアンナはレアンの元を去った。

 リリアンナは、子に愛を注ぐことを知らない母親である。自分の美しさを誇り、そして自慢することが生き甲斐。

 そんな母親が、他の男と結婚し、連れ子とともに戻った。ラアン、ロアン、ルアンは、笑顔で迎えることは出来なかった。


「ほら、ほら、挨拶して。この子は、ラビくん。ロアンとルアンと同じ歳よ」


 花の刺繍が施された黄色のドレスを身に纏うリリアンナは、連れ子を紹介する。押し出す手には、大きなダイヤモンドがついた結婚指輪がきらめている。

 ルアン達と同じ五歳のわりには、ロアンよりも小さく、白い髪と赤い目が特徴の男の子。ラアン達と目を合わせないあたり、気が弱いようだ。


「この子、友だちが少ないの。だから、仲良くしてあげて。ね!」


 リリアンナがこの街に戻ってきた理由は、結婚相手の連れ子の友だちを作るため。

 ラアンは緊張で息を飲み込んだ。後ろで椅子に座っているルアンの威圧を感じた。

 ラアンとロアンは、ルアンを守るように前に立っている。久しぶりに会う母親とルアンの衝突を防ぐためだが、腕を組んで黙り込んでいるルアンが口を開くのは時間の問題だ。

 赤の他人であるクアロもその場にいて、ルアンの後ろから見守っていた。そして、レアンの元妻も観察する。


「まぁ、本当にルアンの髪が短い!! ラアンったら、なんてことをしたの!」

「も、申し訳ありません」


 ようやくルアンの髪の短さに気付き、リリアンナは声を上げた。謝罪を口にしながら、ラアンはルアンを背中で隠す。

 しかしリリアンナはそんなラアンを避けて、ルアンと目を合わせた。


「ルアンったら、可哀想に!!」

「……」


 哀れむリリアンナに、ルアンは何も言わない。ギロリ、と鋭く睨み付けるだけ。

 話し掛けるな。消えろ。

 そう言いたげな目に、リリアンナは震え上がる。


「母上! 長旅でお疲れでしょう、お部屋で休んでください。話はまたあとで聞きますので」


 ラアンが割って入ると、ルアンは椅子から飛び下りた。クアロの腕を掴むと、リビングルームをあとにする。

 クアロを連れて部屋に戻ったルアンは、枕を掴むなり壁に力一杯に投げ付けた。それだけでは満足せず、ナイトテーブルを持ち上げると壁に向かって投げようとした。その前にクアロは、取り上げて阻止する。

 怒りを発散したいルアンは、ベッドに飛び込むと枕に顔を押し付けて絶叫した。


「……」


 ナイトテーブルを元に戻しながら、クアロは呆然と見る。ベッドの上で、ルアンは枕とともにのたうち回っていた。


「……だ、大丈夫? ルー」


 恐る恐る声をかける。三日前からラアンに覚悟しろとは言われていたが、ここまで荒れるとは予想外だ。

 だが、気持ちはわかる。家を出て一年未満で結婚をし、戻ってきたかと思えば連れ子の友だちになってもらうため。子を置き去りにした謝罪も反省もない。何事もなかったかのように、笑いかけている。


「呪いだ……因果だ……死にたい」

「気をしっかり持って!」


 目を押さえているルアンの呟きに、クアロは焦った。ベッドに腰を下ろして、励まそうとするも、言葉が出てこない。どんな言葉なら、励ませるのだろうか。


「……病み上がりなんだから、まだ暴れないで。怒りの発散なら、ギアの特訓ですればいい」


 静かに、そう声をかける。目元を覆ったままルアンは、気を鎮めるために深く息を吐く。

 ルアンの暴れっぷりで思い出す。クアロが子守りを始めた頃、枕やクッションを投げて口論した。あの時のルアンの罵倒はすさまじかった。汚い言葉のオンパレード。


「……さっきはよく、我慢できたわね。何も言わなかった」


 この嫌いようならば、罵倒の言葉は次から次へと飛び出すだろう。


「……だって……傷付ける言葉しか……」

「え?」

「……言っても、しょうがない」


 ルアンは小さく言いかけたが、最後まで言わずシーツを被った。もう寝るつもりらしい。

 肩を竦めて、クアロはルアンを見つめた。ラアンと仲直りをした矢先に、家庭崩壊の根源とも言える母親が再び来た。

 兄と妹の仲は改善に向かっているが、母子の仲の改善は難しいだろう。

 嵐のような彼女から、ルアンをどう守るか。心を乱されているルアンに、何をしてあげられるのか。

 クアロは考えながら、右手でルアンの短い髪を撫でた。

 そこで部屋の扉が叩かれる。まさかリリアンナではないかと、クアロは顔をひきつりながらも扉を開いた。


「ボス!」


 そこにいたのは、レアンだ。捕まえた強盗団を監獄に入れ、留守の間の報告を受けていたが、家に帰ってきた。


「ルアンは? キレたか?」

「え、まぁ……。でも、今はふて寝してますが」


 挨拶もなしにルアンのことを訊かれ、クアロはおかえりなさいを言いそびれたが、現状を報告した。

 レアンもルアンがどんな反応をするか、予想できていたのだろう。

 詳しく報告すべきだと思い、クアロはルアンの部屋を出て扉を閉めようとした。

 その前に、ガッとクアロの頭を鷲掴みにされる。レアンは、そのままクアロを廊下に放り投げた。


「帰れ」

「えっ!?」


 その一言で追い返された。ギョッとしている間に、レアンはルアンの部屋の中に入って扉を閉じる。

 相変わらずの横暴に絶句しつつも、クアロは父子の邪魔をしないように、とぼとぼと久しぶりの我が家に帰った。




 ◇◆◆◆◇




 ドスンッ、とレアンはルアンの隣に横たわった。ルアンはピクリとも動かない。レアンもその背中を見るが、声をかけることをしなかった。

 左手を伸ばして、甲をルアンの首に当てる。熱を確認した。風邪は治っている。ルアンの無事を確かめ、レアンはベッドを降りようとした。

 そこで、ルアンがやっと動き出す。レアンを向いたかと思えば、寄り添ってきた。

 レアンは固まる。ルアンのその行動は予想外だ。

 すりすりと頬擦りをすると、レアンの腕に頭を乗せてルアンは動かなくなった。


「……」


 ルアンが寝ていないことはわかっているが、レアンは退けとは言わない。振り払うこともせず、レアンはベッドから降りることは止めた。

 このまま、ルアンのベッドで寝ることを決める。


「……おかえりなさい」


 ルアンは一言告げた。


「……おう」


 レアンも、その短い返事だけをする。

 ルアンの心情を察して、レアンは部屋に来た。しかし、元から口数は少ない。優しい言葉をかけるような柄でもないレアンは、口を開かなかった。

 ルアンもわかっていて、そして同じため、ただ寄り添うことにしたのだ。レアンの気遣いは、伝わっていると示すためでもある。

 似た者同士のこの父子には、それだけで十分だった。


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